柳内警備保障秘書課別室

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オシリスのカナリア(3)杮落しの悪意

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 ホールの駐車場に入ってもなお、湊は車を降りるのを躊躇していた。
「湊。子供じゃないんだから」
 涼真が言うのに、湊が唇を尖らせる。
「嫌なものは嫌なんだ。俺は外の駐車場で誘導でもしたい」
「はいはい、行きますよ。湊君も」
 雅美が笑顔でグイッと腕を掴み、嫌々な湊を囲むようにして、4人はホールへ入った。
 今日はこのホールの杮落しだ。本格的に演劇も演奏会もできるホールとして設計されており、歌舞伎の翠玉屋が上演する事になっていた。
「雪三郎さんはかっこいいし、雪四郎さんはきれいだし、楽しみだわ。何とか見えますよね、舞台」
 悠花がワクワクとしたように言い、雅美も同意する。
「ねえ。元女優の奥さんは美人で優しそうだし」
「理想の家族ですよね!」
 聞いていた涼真も、
「まあ、好感度は高いよね。理想の家族っていうアンケートで、大概上位だし」
と言う。
 湊は辺りを見回しながら、言う。
「じゃあ、楽屋周辺はお前らが頼む。俺は絶対に嫌だ」
「湊ぉ。何で?」
「湊君もカッコいいですよ?」
 涼真と悠花が言い、雅美は笑いを堪えた。
「そういうんじゃないから。
 とにかく、頼む。俺は……搬入口とかに行く」
「持ち場の割り当ては決まってるんです。皆、従って下さいね。警備課に叱られますよ」
 雅美が言って、仕方なく皆は返事し、持ち場へ向かった。

 湊は受け持ちエリアのチェックをしていた。
 その背後から、声がかかった。
「湊?お前、どうしてこんな所にいるんだ」
 振り返ると、翠玉屋の二大看板、真砂雪三郎と雪四郎、雪三郎の妻が立っていた。会場入りし、これから楽屋へ行くところらしい。
 険しい表情の男2人と困ったような表情の女に、湊は努めて無表情で答えた。
「仕事です。ホールの警備に駆り出されたので」
 それを聞く様子もなく、雪三郎は辺りを見回しながら言う。
「お前はうちにはそぐわない。異質すぎるんだ。近寄るなと言っておいただろう。タニマチもいい顔をしない」
 雪四郎も、声を潜めて言った。
「くれぐれも見つかるなよ。ましてや、今日は記者も多い。思い出させて余計な詮索をさせるな。いいな」
 湊は肩を竦め、
「仕事中なので、失礼します」
と言い、離れて行った。
 雪三郎の妻だけは何か言いたそうにしていたが、結局3人で、足早にそこから離れる。
 それを偶然、涼真は見ていた。同じ個所を手分けしてチェックしていたのだから、当然とも言える。
(今の、何だ?知り合い?)
 首を捻ったが、面と向かって訊くのもはばかられた。
 そして、インカムを通して、雅美と悠花も聞いていた。
「今の、雪三郎と雪四郎ですよね、雅美さん」
「だと思うけど……。
 そう言えば、雪三郎って昔中東へ公演に行って、テロに巻き込まれたわよね」
「え。そうなんですか?」
「確か、4歳の子供をテロリストが人質として連れ去ったとか。年齢からして、雪四郎じゃないわ。そう、弟さんがいたはずよ」
「まさか」
「湊君だと、年齢的には合うはずだわ」
 しばらく2人は無言で見つめ合っていたが、まずは仕事だと、チェックを続けた。

 客が入り始め、警備担当者は、入り口などの警備にまわる。
 別室は、ホール内の監視カメラをチェックだ。
 たくさんある画像を見ながら、皆はチラチラと湊の様子を窺っていた。
 と、堪り兼ねたのか、湊が言った。
「何か?」
「え?ええっと、その、昨日とかのあれ、何かなって。これまでも、やたらと事件発生が事前にわかると言うか」
 涼真が、まさか訊くわけにもいかず、誤魔化した。
「危険察知というのか……人の悪意が何となくわかるから。それに、爆弾はあるのに危険な感じがしなかったから、爆発はしないだろうと」
 湊は、どこか緊張感を孕んだ様子で画面を見ながら、答えた。
「凄いなあ、それ。まさに、警備のための能力だよな」
 涼真が目を丸くした。
「あ、でも、人込みだとそういうのがたくさん入って来るんですか?」
 悠花が言い、湊は頷いた。
「ああ。だから、人込みは嫌いなんだ。こういう所も」
「何かきっかけとか、あったのかしら」
 それで皆はドキッとし、湊は言葉を失った。
 が、不意に湊の表情が強張る。
「嫌な感じがする。でも、どこか、何かわからない。それが、今急に強くなって来た」
 3人が、ギョッとしたように湊に注目する。
 その時、建物の入り口ドアがいきなり閉まり始めた。
「え、何?」
 画面でそれを見て、悠花が狼狽える。
 その時、勝手に館内放送が入った。
『オシリスです。舞台に爆弾を仕掛けました。今閉まっているドアを開けると、爆発して、ホールの皆さんは全員死ぬでしょう。そのままだと、10時までは生きていられます。あと10分ですね。さあ、遺言の準備を急いでどうぞ』
 変声マイクを通しており、男か女かもわからない。
「とにかく警察に連絡を」
 雅美が電話に飛びついた。



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