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新設部署(3)落下事故
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悠花は消えたデータの復元に取り掛かっていた。他の皆は退社している。今日は、課内の新入社員歓迎会なのだ。
「はあ」
と溜め息をついてから、
「よし、がんばろう!もう一息!」
と気合を入れ直し、パソコンに向かって作業する。今日中にしないといけないのは本当だし、嘆いていても仕事は進まない。
それを、別室のメンバーは見ていた。
気分は「家政婦は見た」だと、涼真はチラリと思った。
今日は歓迎会で課が空になるという情報を得て、無人の課内にカメラを仕掛けておこうという作戦を立てたのだが、悠花がなかなか帰らない。
「本人を説得して、本人に録音させるのがいいんじゃないのか?場所だって、ここに限らないんだし」
「篠杜って、虐められた事ないだろ」
「……」
「できないもんなんだよ。被害者は声も上げられないしね」
湊は、その記憶がよみがえりそうになって、頭を軽く振った。
「まあ僕も本で読んだんだけど」
言う涼真に、湊が突っ込む。
「何だよ、そりゃ」
「とにかく、それは最後だよ」
「はあ。わかった。
あ、終わったみたいだぞ」
2人はそっとそこを離れ、悠花が帰り支度をして部屋を出て行くのを確認してから財務課に入り、数カ所にカメラを仕掛けた。
「上手く行くといいけど……」
涼真は祈るように言った。
翌日、コピーのフリをしたり、どこかに届け物のフリをしたりしながら、湊、涼真、雅美で様子を見ていた。
社内一のモテ男は、誰彼無しに優しく声をかけており、誰にも公平だ。
「ああいうのがモテる社会人か」
涼真は小声で言って、じいっと観察する。
湊も、その男を観察していた。
男は机の間を歩いていて左側の女性にぶつかり、
「あ、ごめん」
と爽やかな笑顔を浮かべ、彼女はぽおっとした顔で、
「いいえ、大丈夫です」
などと言っている。
男は笑ってそこを離れ、机に向かったが、そこで左側にいた若い男にぶつかり、彼が取り落とした書類を拾って
「悪い悪い」
と爽やかに笑う。それに後輩も、嬉しそうに、
「いえ、ありがとうございました!」
とにこにこしていた。
「なるほどな」
涼真は唸った。
「ふうん」
湊はそう言い、何か考えるようにした。
このモテ男こそが、悠花に対する嫌がらせのきっかけの男だ。
悠花はそれを見ていたが、視線を外し、自分の仕事に戻った。
そしてそれを、他の女子社員達が見ており、目配せをしている。
「仕事しろよ」
湊は思わずそう言った。
悠花は書類を抱えて廊下を歩いていた。
と、その斜め前方に、あのモテ男がいた。階段のすぐ際だ。そして真っすぐ前を見ながら、目の前の壁の角に肩をぶつけ、左側から落下していく。
「危ない!」
涼真が叫ぶより早く湊が飛び出していて、それと同時くらいに悠花も飛び出していた。
男を受け止めたのは湊だが、悠花も男の腕を掴もうと書類を放り出していた。
「え、うわ。危ない所だった。ありがとう」
男が言いながら、態勢を整える。周囲にいた人は凍り付いたようにこれを見ており、男が無事なのを見て取ると、ほっと安堵の息をついた。
「いえ。でも、病院にすぐに行った方がいいですよ。脳神経科」
湊が言うと、周囲の女性が目を吊り上げる。
「どういう意味!?」
「失礼ね!」
「言葉通りですが?おそらくあなたの視野に問題があります。目の前の障害物にも関わらずぶつかった。最近、左側ばかりぶつけませんか?」
「え……」
男はキョトンとしてから、ハッとしたように左肩に手をやった。
「脳腫瘍とか緑内障とかの疑いがあるので、急いだ方がいいですね」
男は急におろおろとしたようになり、
「ありがとう。そうだな。うん、そうするよ」
と、心なしか青い顔で言った。
噛みついて来た女性達は、心配そうに表情を曇らせていたが、悠花に気付いて眉を吊り上げた。
「竹内さん、何してるのよ!?書類ぶちまけて――重要書類じゃないの!!何、腕を掴んでるのよ!!」
「あ、あの、私、助けようと――」
悠花はおろおろと言いかけるが、彼女達は、鬼の首をとったようにまくしたてるだけだ。
「竹内さん?気付いていたんでしょう?左側に階段から落ちそうだって」
湊が言うと、悠花はかくかくと頷いた。
「は、はい。最近、何か左をぶつけてらっしゃるな、と思って、危ないなあと」
「いい観察眼ですね」
彼女達は何か言おうとして何も言えず、書類を指さし、
「それ、どうなるんでしょうね」
と言い捨てるようにして、足早に歩き去った。
「四六時中男を見てても、どこ見てるんだか」
湊が言うのに、涼真が飛びついて、
「ばか!何やってるんだよ!もう帰れ!交代!」
と湊をぐいぐいと押しやった。
「はあ」
と溜め息をついてから、
「よし、がんばろう!もう一息!」
と気合を入れ直し、パソコンに向かって作業する。今日中にしないといけないのは本当だし、嘆いていても仕事は進まない。
それを、別室のメンバーは見ていた。
気分は「家政婦は見た」だと、涼真はチラリと思った。
今日は歓迎会で課が空になるという情報を得て、無人の課内にカメラを仕掛けておこうという作戦を立てたのだが、悠花がなかなか帰らない。
「本人を説得して、本人に録音させるのがいいんじゃないのか?場所だって、ここに限らないんだし」
「篠杜って、虐められた事ないだろ」
「……」
「できないもんなんだよ。被害者は声も上げられないしね」
湊は、その記憶がよみがえりそうになって、頭を軽く振った。
「まあ僕も本で読んだんだけど」
言う涼真に、湊が突っ込む。
「何だよ、そりゃ」
「とにかく、それは最後だよ」
「はあ。わかった。
あ、終わったみたいだぞ」
2人はそっとそこを離れ、悠花が帰り支度をして部屋を出て行くのを確認してから財務課に入り、数カ所にカメラを仕掛けた。
「上手く行くといいけど……」
涼真は祈るように言った。
翌日、コピーのフリをしたり、どこかに届け物のフリをしたりしながら、湊、涼真、雅美で様子を見ていた。
社内一のモテ男は、誰彼無しに優しく声をかけており、誰にも公平だ。
「ああいうのがモテる社会人か」
涼真は小声で言って、じいっと観察する。
湊も、その男を観察していた。
男は机の間を歩いていて左側の女性にぶつかり、
「あ、ごめん」
と爽やかな笑顔を浮かべ、彼女はぽおっとした顔で、
「いいえ、大丈夫です」
などと言っている。
男は笑ってそこを離れ、机に向かったが、そこで左側にいた若い男にぶつかり、彼が取り落とした書類を拾って
「悪い悪い」
と爽やかに笑う。それに後輩も、嬉しそうに、
「いえ、ありがとうございました!」
とにこにこしていた。
「なるほどな」
涼真は唸った。
「ふうん」
湊はそう言い、何か考えるようにした。
このモテ男こそが、悠花に対する嫌がらせのきっかけの男だ。
悠花はそれを見ていたが、視線を外し、自分の仕事に戻った。
そしてそれを、他の女子社員達が見ており、目配せをしている。
「仕事しろよ」
湊は思わずそう言った。
悠花は書類を抱えて廊下を歩いていた。
と、その斜め前方に、あのモテ男がいた。階段のすぐ際だ。そして真っすぐ前を見ながら、目の前の壁の角に肩をぶつけ、左側から落下していく。
「危ない!」
涼真が叫ぶより早く湊が飛び出していて、それと同時くらいに悠花も飛び出していた。
男を受け止めたのは湊だが、悠花も男の腕を掴もうと書類を放り出していた。
「え、うわ。危ない所だった。ありがとう」
男が言いながら、態勢を整える。周囲にいた人は凍り付いたようにこれを見ており、男が無事なのを見て取ると、ほっと安堵の息をついた。
「いえ。でも、病院にすぐに行った方がいいですよ。脳神経科」
湊が言うと、周囲の女性が目を吊り上げる。
「どういう意味!?」
「失礼ね!」
「言葉通りですが?おそらくあなたの視野に問題があります。目の前の障害物にも関わらずぶつかった。最近、左側ばかりぶつけませんか?」
「え……」
男はキョトンとしてから、ハッとしたように左肩に手をやった。
「脳腫瘍とか緑内障とかの疑いがあるので、急いだ方がいいですね」
男は急におろおろとしたようになり、
「ありがとう。そうだな。うん、そうするよ」
と、心なしか青い顔で言った。
噛みついて来た女性達は、心配そうに表情を曇らせていたが、悠花に気付いて眉を吊り上げた。
「竹内さん、何してるのよ!?書類ぶちまけて――重要書類じゃないの!!何、腕を掴んでるのよ!!」
「あ、あの、私、助けようと――」
悠花はおろおろと言いかけるが、彼女達は、鬼の首をとったようにまくしたてるだけだ。
「竹内さん?気付いていたんでしょう?左側に階段から落ちそうだって」
湊が言うと、悠花はかくかくと頷いた。
「は、はい。最近、何か左をぶつけてらっしゃるな、と思って、危ないなあと」
「いい観察眼ですね」
彼女達は何か言おうとして何も言えず、書類を指さし、
「それ、どうなるんでしょうね」
と言い捨てるようにして、足早に歩き去った。
「四六時中男を見てても、どこ見てるんだか」
湊が言うのに、涼真が飛びついて、
「ばか!何やってるんだよ!もう帰れ!交代!」
と湊をぐいぐいと押しやった。
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