柳内警備保障秘書課別室

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新設部署(1)社会人第一歩

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 入社式会場にずらりと並んだ新入社員は、「事務系」と「現場系」、どちらなのかはっきりとわかる人間がほとんどだった。
 その中で、浮いている人物が2人いた。
 顔立ちは整っているし、長身でバランスのいい体型は、細く見えてかなり鍛えられているようだ。新入社員ながら安くはないと一目で察せられるスーツもよく似合う。その上、外国人幹部達の英語、フランス語、ドイツ語のスピーチを日本語訳される前に理解できているあたり、頭も悪くなさそうだ。
 事務系なのか現場なのかわからない。
 それだけでなく、つまらなさそうで不機嫌そうな顔で仕方なく座っているその姿は、新入社員とは思えない。
 湊である。
 その隣には、童顔で、中学生か高校生に見える男もいた。
 保脇涼真やすわきりょうま。中肉中背で、ハンサムでも残念でもない。
 片や新入社員らしからぬ大物感を出す者、片や高校か大学の入学式と間違えて入って来たのかと思う見かけで、この2人は浮き上がっていた。
 まあ、この2人の配属先も、関係がないとは言えないだろう。配属先は既に知らされており、指定された座席もそれにそってかためられているが、2人の配属先は社長の肝入りで新設された「秘書課別室」。何をするのかよくわからない上、室長は最近責任を取って辞める予定だった錦織で、現在唯一の部下は社内一の美人だ――訳ありの。
 ようやく式が終わり、新入社員を80名ずつくらい15班ほどに分けての集合写真を撮り、各々新しい職場に分かれて行く。
 涼真は不安と期待に胸を躍らせて、同期で同じ部署の仲間となる湊に話しかけた。
「保脇涼真です。よろしく」
「篠杜 湊だ」
 湊のテンションは低い。
「ドキドキするね」
「そうか?」
「まさか受かると思ってなかった大会社だし、不安だよ」
「気楽にいけよ。何とかなるだろ」
「がんばらないと!やる気がみなぎるね!」
「そうかあ?」
 涼真は、退屈そうな顔で応える湊に、不安で胸がドキドキしてきた。
 その後、他の本社勤務組と大型バスに分乗して本社に行き、案内に従って秘書課別室に着く。
「やあ、いらっしゃい」
 迎えてくれたのは、にこにことした初老の男と、スレンダーな美女だった。
「ようこそ。秘書課別室室長の錦織 均にしこり ひとしです」
 縁側でお茶でも啜っているのが似合いそうな男だ。
「初めまして。木賊雅美とぐさまさみです」
 大和撫子という言葉が、フッと涼真の頭に浮かんだ。
「や、保脇涼真です!よろしくお願いします!」
 涼真は直立不動でそう言った。
「篠杜 湊です。よろしくお願いします」
 湊は平坦にそう言う。
 部屋は12畳くらいか。今入って来たドアの右側の壁の中ほどにはドアがあったような四角い穴があり、向こう側に流し台が見える。ミニキッチンだろう。反対側の壁際にはスチールの戸棚が並んでいるが、その中は、まだほとんど空っぽだ。正面は、ここが地下にある為、窓はない。小さな机とデスクトップのパソコン、プリンター、テレビが置いてあった。そして部屋の真ん中に事務机が4つ向かい合わせに並べられ、奥側正面にドアの方を向いてもう1つ置いてあった。
「机は3つ空いてるから、好きなのをどうぞ」
 錦織が言う。
 向かい合う机の内の右側奥にはノートパソコンや書類らしきものが乗っており、そこが雅美の席だというのはわかった。
 涼真は素早く、左側手前に行った。
 美女の隣も真ん前も、どうも緊張してしまいそうで困ると思ったからだ。
「ボク、ここがいいです!えへへ」
 その素早さに湊は肩を竦め、どうでも良さそうに涼真の隣の椅子を引いた。
「これが支給品です」
 雅美が、部屋の隅に積んであったダンボールを運ぼうと、箱に手をかけた。
「あ、手伝います!」
 すぐに涼真が立ち上がった。
「いいわよ、座ってて」
「いや、結構重そうですよ」
「大丈夫よ」
 そう言い、笑顔で雅美は、そこそこ重そうなダンボールをひょいと持ち上げる。
「私、戸籍の上では、まさよしって読むの。男なのよ」
 涼真は頭の中で、今の言葉を繰り返した。そして、辛うじて笑顔を浮かべ、
「そうなんですか!いやあ、おきれいでわかりませんでした。ね!」
と言って湊を振り返ると、湊はつまらなさそうに欠伸をしていた。
「私は、つい最近、とある責任を取って辞める所だったんですがねえ。もう少しお勤めする事になりましたよ」
 にこにこと錦織がカミングアウトした。
(ボク、大丈夫だろうか)
 涼真は、不安しか感じなかった。




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