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探偵の苦悩(3)

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 今日は風が一段と冷たい。それが顔に当たって、突き刺さるかのように痛い。
 手をコートのポケットに入れて背中を丸めてよろよろと日向を歩いていると、元気な声を上げて園児が走ってすれ違う。
 子供は元気なものだ。
 私は日当たりのベンチに座ろうとしたが、猫が数匹で占領しており、肩を竦めると回れ右するしかなかった。強引に彼らの居場所を奪うつもりも権利も、私にはない。
 教室の園庭に面した大きな窓ガラスのそばに座ると、膝をさする。寒い日には痛んで仕方がない。
 そんな私のそばに誰かが立って、私はふと顔をあげた。
「痛むの?」
 さとこちゃんだった。多少頭の回転は鈍いが、優しくて思いやりがある、いい女だ。
「古傷だ」
 補助輪なしの自転車の練習をしていて、転んだのだ。母は明るくていい女だが、運動神経にはやや難があるらしい。自転車が走り出して、手を離さなくてはいけない時を見極められずにいつまでも荷台を掴んで離さなかったため、引きずられるようにして転んだ。
 父がそれを見ていて、
「これからはお父さんと自転車の練習はしよう」
とやけに真面目な顔で言った。
 そんな過去の出来事に思いをはせていたが、私は急速に現実に引き戻された。
「俊君。明日はバレンタインデーだよね」
 私はドキッとした。
「そうだな」
 まさか私に?
 いや、私は探偵だ。そんなもの。
 いやいや、彼女は現在、依頼人でも何でもない。もらったとしても、後ろ暗いものではないはず。
 そんな事を高速で無表情のままに考えているわたしのそばで、彼女はおっとりと、しかし不安をにじませながら続けた。
「悟志君、チョコレート、貰ってくれるかなあ。迷惑にはなりたくないし……」
 私は天井を見上げ、それからフッと唇を引き上げた。

 そこから私は、目まぐるしく動いた。そのせいで、先生も園児も、浮かない顔は見当たらない。
 私は悟志に、さとこちゃんのいい所をさりげなく吹き込んだ。
 それから三波に何となく気がありそうな女を探し出し、三波には彼女をアピールし、彼女にも三波が狙い目だと炊きつけた。
 そして小西には、愛する女の幸せのために身を引くのも男だと肩を叩き、新しい恋も悪くないんじゃないかと勧めた。
 その結果、見事にカップルが成立したというわけだ。
 そして私は依頼料をたっぷりともらうことができ、また、アドバイスの礼だとさとこからも友チョコを貰った。
 家に帰ると、母はチョコレートプリンとチョコレートケーキの両方を作っており、まさに私は、スイーツ週間を楽しむことができた。
 探偵が出過ぎた真似をしてしまったと、私は密かに随分と苦悩した。探偵としての領分を越えているのではないかと。
 しかし、幸せな彼らの顔を見ると、これでよかったのだと思い直した。
 そして私は、スイーツ週間を存分に楽しむ事にしたのだった。探偵だって、たまにはこのくらいの休暇は必要だ。

 そして今、私は新たな苦悩に直面している。
 このうずく痛みは……虫歯、かもしれない……。


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