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道を外れたもの(4)日常の非日常
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「こんなもんか」
向里が火葬炉を窓から覗いて言う。
穂高が覗くと、体中からピューピューと体液が吹き出し始めていた。
「何度見ても、慣れないです」
穂高は眉を寄せて言いながら小さく言った。
遺体は血を噴き出すかのように体液を吹き出し、今度は起き上がって、身をよじりだす。
「皆一緒だ。誰でもこうなる」
「はあ」
有休を使い終わった向里は勤務に戻り、何事もなかったかのように仕事をこなしていた。
「この前は助かった。サンキューな」
言われて、穂高は向里を見た。
珍しく、向里は照れている。
穂高はからかおうかと思ったが、どうせその後お返しが来るに違いないと、クスリと笑うにとどめた。
「何だよ」
「いえ。何か困った事があったら、今度は遠慮なく言って下さいね」
「ふん。お前に?」
「はい!お兄さんにも頼まれましたしね!」
「……ま、そうだな。職場が職場だし、そのうち何かあるかもな。
恨みを残した死者が歩き回るとか、よくも焼いてくれたなと怒りに燃える死者に付きまとわれるとか、憑いて来て体を乗っ取ろうとするとか」
「ちょっと、やめてくださいよ」
穂高は言って、誤魔化すように窓から中を見た。
「もう新人じゃないですからね。そんなのでビビリませんよ」
その時、炉の中で起き上がって踊るようにしていた遺体が、振り返って穂高の方を見た。
目が合い、恨めし気に睨みつけられたような気がして、穂高は飛びのいた。
「どうした?」
怪訝な顔で向里が訊く。
「い、いえ。何でもないです」
黒い眼窩に血走った眼球が見えたような気がしたなんて、言えるわけがないと思った。
「さ!お昼にしましょう!」
「お?おう」
連れ立って事務室へ向かう。
ここは斎場。死が日常で存在する場所だ。おかしな事も起こる、日常と非日常が入り組んだ空間である。
そして、誰もが必ず否応なしに訪れる場所であり、現世との別れの場所である。
向里が火葬炉を窓から覗いて言う。
穂高が覗くと、体中からピューピューと体液が吹き出し始めていた。
「何度見ても、慣れないです」
穂高は眉を寄せて言いながら小さく言った。
遺体は血を噴き出すかのように体液を吹き出し、今度は起き上がって、身をよじりだす。
「皆一緒だ。誰でもこうなる」
「はあ」
有休を使い終わった向里は勤務に戻り、何事もなかったかのように仕事をこなしていた。
「この前は助かった。サンキューな」
言われて、穂高は向里を見た。
珍しく、向里は照れている。
穂高はからかおうかと思ったが、どうせその後お返しが来るに違いないと、クスリと笑うにとどめた。
「何だよ」
「いえ。何か困った事があったら、今度は遠慮なく言って下さいね」
「ふん。お前に?」
「はい!お兄さんにも頼まれましたしね!」
「……ま、そうだな。職場が職場だし、そのうち何かあるかもな。
恨みを残した死者が歩き回るとか、よくも焼いてくれたなと怒りに燃える死者に付きまとわれるとか、憑いて来て体を乗っ取ろうとするとか」
「ちょっと、やめてくださいよ」
穂高は言って、誤魔化すように窓から中を見た。
「もう新人じゃないですからね。そんなのでビビリませんよ」
その時、炉の中で起き上がって踊るようにしていた遺体が、振り返って穂高の方を見た。
目が合い、恨めし気に睨みつけられたような気がして、穂高は飛びのいた。
「どうした?」
怪訝な顔で向里が訊く。
「い、いえ。何でもないです」
黒い眼窩に血走った眼球が見えたような気がしたなんて、言えるわけがないと思った。
「さ!お昼にしましょう!」
「お?おう」
連れ立って事務室へ向かう。
ここは斎場。死が日常で存在する場所だ。おかしな事も起こる、日常と非日常が入り組んだ空間である。
そして、誰もが必ず否応なしに訪れる場所であり、現世との別れの場所である。
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