31 / 34
追手(5)落ちこぼれ
しおりを挟む
直葉は殺気に飛びあがり、気配を殺すようにしながら、いつでも出られるように構えた。
が、狭霧が瀬名を連れて店を出て行ったらしいのを感じ取ると、しばらく息を殺して様子を窺ってから、部屋を出た。
誰もいない。
(どうしよう)
ここに来たのが1人という事は、1人ずつバラバラになって襲っているという事だろう。
(今なら、歳三も1人か。不意を突けば、今度こそ行けるかも)
直葉はそう考えると、素早く店を出て行った。
槐達がねぐらにしている所はわかっている。山の中にある古いお堂で、崖崩れで前を通る道が塞がっているため、通行する人はいない。
直葉がそこへ着くと、案の定、いたのは槐と歳三だけだった。
その内歳三は竹筒を持って出て来ると、川へ向かったので、直葉も後を追う。
(この前はまともに問いただして正面からかかって行ったからこのざまだけど、今日は違う)
持ち出したそれを構える。
吹き矢だ。小さい針には、毒物を塗りたくっている。かすりさえすればいい。
それを構え、狙う。
歳三は顔を洗い、水を汲み、大きく伸びをした。
(そう、そこよ、そのまま)
集中して、息をプッと吹き込もうとしたその時、背後から蹴り倒されて我に返った。
首をねじってその人物を見上げる。
「槐!」
槐は嗤って直葉の背中を踏みつけながら、言う。
「せっかく隙を見せてやってるのに、どれだけ待たせたら気が済むんだぁ?」
直葉はカッと頭に血が上った。
「わかってたのか」
「気配が消しきれてない。殺気が駄々洩れ。お粗末だったぜ」
歳三も近付いて来て、詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
「私情に囚われて冷静さを失うなんて、失格だな」
「まあ、こいつは落ちこぼれだったからな。紅葉が自分の助けにって言うから、生き延びただけだ。本来なら、とうに死んでるんだよ」
槐と歳三が言いながら、虫でも見下ろすようにしている。直葉はそれを涙で歪んだ目で見ながら、悔しさに震えた。
「何で……あんただけは――!」
歳三を睨むが、槐に顔を蹴られて頭が脳震盪でぼうっとなった。
「使えねえな」
嘆息する2人の声が、遠くに聞こえる。
(紅葉姉さん……!)
指先が硬い物に触れる。取り落とした竹筒だ。
そろりそろりと、それを握り込む。
「殺っちまうか」
「もしあいつらが失敗してた時、おびき寄せる囮にもならんか」
「親しかったとは聞いてないしな」
そんな事を話す歳三と槐の声を聞きながら、素早く竹筒を口にあてがって歳三の方へ向ける。
「遅い」
歳三が悠々と竹筒を蹴り飛ばす。
「ああっ」
直葉は腕を泳がせ、歳三の足に触った。
「ん?」
「どうした、歳三?」
「ちくっとな」
草履を履いた足を、歳三は眺めてみる。その先で、直葉は体を震わせる。
「何だ。震えてやがるぜ」
槐がバカにしたように言って、それに気付く。直葉は、クックックッと笑っていた。そして、大声で哄笑した。
「はあっはっはっはっ!」
歳三と槐は顔を見合わせた。
「狂ったのか、こいつ」
「あんたは死ぬよ、歳三!」
「何を貴様」
「もういい、殺す」
槐は笑いながら歳三を睨みつける直葉の胸に深々と短刀の刃を埋め込んだ。
すぐに直葉の目が、ガラス玉のようになる。
しかし、ゆるりと半ば開いた掌に握り込んだそれを見て、2人は顔色を変えた。
「針だと?」
「こいつがいたのは――まさか、狭霧の作った毒か!?」
草履履きの足の剥き出しの部分に、プツンと赤い血の玉が浮き出ていた。
「何の毒だ?成分は!?」
「お、落ち着け!」
言っている間に、歳三は胸を押さえ、両膝を着いた。
「歳三!?」
心臓の動きに作用する薬物らしい。そう言いたいが、喋る事もできない。
「が……あ……!」
歳三はばたんと直葉のそばに上体を倒し、そのまま心臓を止めた。
槐はそれを凍り付いたように見下ろしていたが、
「クソッ、あいつら!」
と怒りの形相を浮かべると、そこから走って離れて行った。
が、狭霧が瀬名を連れて店を出て行ったらしいのを感じ取ると、しばらく息を殺して様子を窺ってから、部屋を出た。
誰もいない。
(どうしよう)
ここに来たのが1人という事は、1人ずつバラバラになって襲っているという事だろう。
(今なら、歳三も1人か。不意を突けば、今度こそ行けるかも)
直葉はそう考えると、素早く店を出て行った。
槐達がねぐらにしている所はわかっている。山の中にある古いお堂で、崖崩れで前を通る道が塞がっているため、通行する人はいない。
直葉がそこへ着くと、案の定、いたのは槐と歳三だけだった。
その内歳三は竹筒を持って出て来ると、川へ向かったので、直葉も後を追う。
(この前はまともに問いただして正面からかかって行ったからこのざまだけど、今日は違う)
持ち出したそれを構える。
吹き矢だ。小さい針には、毒物を塗りたくっている。かすりさえすればいい。
それを構え、狙う。
歳三は顔を洗い、水を汲み、大きく伸びをした。
(そう、そこよ、そのまま)
集中して、息をプッと吹き込もうとしたその時、背後から蹴り倒されて我に返った。
首をねじってその人物を見上げる。
「槐!」
槐は嗤って直葉の背中を踏みつけながら、言う。
「せっかく隙を見せてやってるのに、どれだけ待たせたら気が済むんだぁ?」
直葉はカッと頭に血が上った。
「わかってたのか」
「気配が消しきれてない。殺気が駄々洩れ。お粗末だったぜ」
歳三も近付いて来て、詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
「私情に囚われて冷静さを失うなんて、失格だな」
「まあ、こいつは落ちこぼれだったからな。紅葉が自分の助けにって言うから、生き延びただけだ。本来なら、とうに死んでるんだよ」
槐と歳三が言いながら、虫でも見下ろすようにしている。直葉はそれを涙で歪んだ目で見ながら、悔しさに震えた。
「何で……あんただけは――!」
歳三を睨むが、槐に顔を蹴られて頭が脳震盪でぼうっとなった。
「使えねえな」
嘆息する2人の声が、遠くに聞こえる。
(紅葉姉さん……!)
指先が硬い物に触れる。取り落とした竹筒だ。
そろりそろりと、それを握り込む。
「殺っちまうか」
「もしあいつらが失敗してた時、おびき寄せる囮にもならんか」
「親しかったとは聞いてないしな」
そんな事を話す歳三と槐の声を聞きながら、素早く竹筒を口にあてがって歳三の方へ向ける。
「遅い」
歳三が悠々と竹筒を蹴り飛ばす。
「ああっ」
直葉は腕を泳がせ、歳三の足に触った。
「ん?」
「どうした、歳三?」
「ちくっとな」
草履を履いた足を、歳三は眺めてみる。その先で、直葉は体を震わせる。
「何だ。震えてやがるぜ」
槐がバカにしたように言って、それに気付く。直葉は、クックックッと笑っていた。そして、大声で哄笑した。
「はあっはっはっはっ!」
歳三と槐は顔を見合わせた。
「狂ったのか、こいつ」
「あんたは死ぬよ、歳三!」
「何を貴様」
「もういい、殺す」
槐は笑いながら歳三を睨みつける直葉の胸に深々と短刀の刃を埋め込んだ。
すぐに直葉の目が、ガラス玉のようになる。
しかし、ゆるりと半ば開いた掌に握り込んだそれを見て、2人は顔色を変えた。
「針だと?」
「こいつがいたのは――まさか、狭霧の作った毒か!?」
草履履きの足の剥き出しの部分に、プツンと赤い血の玉が浮き出ていた。
「何の毒だ?成分は!?」
「お、落ち着け!」
言っている間に、歳三は胸を押さえ、両膝を着いた。
「歳三!?」
心臓の動きに作用する薬物らしい。そう言いたいが、喋る事もできない。
「が……あ……!」
歳三はばたんと直葉のそばに上体を倒し、そのまま心臓を止めた。
槐はそれを凍り付いたように見下ろしていたが、
「クソッ、あいつら!」
と怒りの形相を浮かべると、そこから走って離れて行った。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ファンティエットの海に春は来ない
Yuzuki
歴史・時代
1966年、ベトナム共和国ビントゥアン省ファンティエットで一人の青年が南ベトナム解放民族戦線に入隊した。彼の名前はVõ Văn Xuân(武文春)
海が綺麗で有名なビントゥアン省で一度も海へ行ったことがない彼は戦いを通して大人へなってゆく。
(以前、ベトナムに住んでいるときに取材をした元解放戦線のお話を元に書きました。戦死者やご存命の方のプライバシーの関係上一部の人物の名前を変更しております。)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる