抜け忍料理屋ねこまんま

JUN

文字の大きさ
上 下
29 / 34

追手(3)ヤマモモ

しおりを挟む
 疾風は風呂屋を出ると、仕入れ先へ向かった。少し遠いが、疾風の足ならどうと言う事もない。
(ヤマモモがまだこんなに残っていたとは。ついてたな)
 ホクホクしながら歩いていたが、その足を止めた。
「気付いたか」
 背後から、男が1人現れた。
「隼か」
 年は疾風と同じくらいで、目付きが鋭い。かどわかされて来たクチだ。
「元気そうだな、疾風。それに、楽しそうじゃないか」
「まあな。見ろよ。ヤマモモがこんなに残ってた」
 和やかな会話をしながらも、お互いに目は笑っていない。 
「ヤマモモねえ」
 隼は唇を吊り上げるようにして笑い、いきなり、2人は同時に走り出した。
 そして、鉄串を投げ、手裏剣を投げる。どちらもわずかな動きで相手の攻撃を避け、隙を見逃すまいと集中している。
「俺はかすかに覚えている。母か誰かに手を引かれて歩いた事を。唯一の、暖かな記憶だ」
「……」
「お前ら兄弟が、羨ましかった。里の、家族のいる奴が妬ましかった。
 お前らの親が死んで、お前らが俺達同様、大部屋住みになった時には、嬉しくて嬉しくて涙が出たね」
 言いながら、隼は体を地面スレスレにまで低くしていく。
「八雲が里女に決まった時は、どうやって屈辱的に抱いてやろうかと心が躍ったな」
「……」
「狭霧も病で処分する事になった時は、おめでとうって言いそうになったね」
 疾風は、安い挑発だとはわかっていたが、聞いていて無心ではいられなかった。
「なあ、何で俺がお前らを追撃するのを志願したかわかるか」
「さあ」
「それはな。お前らの絶望する顔が見たかったからだよ!お前らだけ逃げ切るなんて許さねえ!お前らだけ幸せになんてさせねえ!」
 言った次の瞬間には、隠れていた樹の陰から躍り出て、疾風のすぐ眼前で短刀を振り上げていた。
 それを疾風は短刀で受け、軽く口笛を鳴らす。
 と、上空から鳥が音もなく滑空して来て、掴んでいた何かを隼の襟首にポトリと落とした。
「何――ギャッ!?てめえ、疾風!」
 隼は慌てて帯を解き、着物を脱ぎすてるが、その首筋に牙を突き立てたマムシが、首筋から背中にかけて巻き付くようにしてへばりついていた。
 毒蛇に噛まれればとにかく痛みが続くので、隼の顔は、痛みと怒りとで歪んでいる。
 そして、腫れが始まる。首を噛まれたため、唇も首も腫れあがって行くし、痺れも始まって来たらしい。
「ああえ、おおう」
 何を言っているのかわからないし、涎もダラダラとこぼれ、とうとうその場に膝をついた。腫れで気管が圧迫されて、窒息しかけている。
「隼。お前の生い立ちには同情する。でも、俺は妹と弟が大事だ。済まんな」
 疾風は静かに、少しずつ距離を取る。
 それを見ているのかどうか。隼は片手を伸ばし、地面に倒れ込むと、ピクリとも動かなくなった。
 その体からマムシが離れ、するすると移動していくのを、疾風は見送った。
 そして、完全に死んだ事を確認すると、ヤマモモを1つ、そっとそばに置いて、その場を立ち去った。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~

水葉
歴史・時代
 江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく  三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中 「ほんま相変わらず真面目やなぁ」 「そういう与平、お前は怠けすぎだ」 (やれやれ、また始まったよ……)  また二人と一匹の日常が始まる

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淡き河、流るるままに

糸冬
歴史・時代
天正八年(一五八〇年)、播磨国三木城において、二年近くに及んだ羽柴秀吉率いる織田勢の厳重な包囲の末、別所家は当主・別所長治の自刃により滅んだ。 その家臣と家族の多くが居場所を失い、他国へと流浪した。 時は流れて慶長五年(一六〇〇年)。 徳川家康が会津の上杉征伐に乗り出す不穏な情勢の中、淡河次郎は、讃岐国坂出にて、小さな寺の食客として逼塞していた。 彼の父は、淡河定範。かつて別所の重臣として、淡河城にて織田の軍勢を雌馬をけしかける奇策で退けて一矢報いた武勇の士である。 肩身の狭い暮らしを余儀なくされている次郎のもとに、「別所長治の遺児」を称する僧形の若者・別所源兵衛が姿を見せる。 福島正則の元に馳せ参じるという源兵衛に説かれ、次郎は武士として世に出る覚悟を固める。 別所家、そして淡河家の再興を賭けた、世に知られざる男たちの物語が動き出す。

梅すだれ

木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。 登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。 時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

処理中です...