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追手(1)方針転換
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それは、思いがけない再会ではあったが、再会自体には驚きはなかった。
血塗れで足元も覚束ない様子の若い女が、ねこまんまの奥の部屋で寝ていた。
「起きたか。化膿止めの薬だ。飲め」
目を覚ました途端殺気を放つ彼女に、疾風が言いながら水と薬を出す。
直葉。紅葉の妹らしい忍びである。早朝ねこまんまに出勤したら、店の中に入り込んで倒れていたのだ。それで、こうして奥で寝かせていた。
「あんた達――!」
殺気は飛ばすが、体は動かせないようだ。
「紅葉を殺したのは俺達じゃない。紅葉は、俺達は死んだと報告しておくと言って帰って行ったよ。その翌日、死体で見つかった。お前の事も、どうこうする気はない。そっちが何もしないならな」
直葉はその言葉を吟味するように考えていたが、体の力を抜いた。
「わかった」
そして、何とか薬を飲む。
「何があった、直葉」
直葉は迷うようにしていたが、やがて口を開いた。
「里の首領が変わった」
いい匂いに釣られるようにしてねこまんまに客が入って来る。
鶏の味噌照り焼き、長芋の短冊の塩焼き、なすの胡麻和え、青じそと梅干とちりめんじゃこの混ぜご飯、味噌汁、青菜の浅漬けというのが今日の定食だ。
「いいねえ。ガッツリと元気が出そうなのに、さっぱりといける」
「何杯でも行けそうだぜ」
常連の、藩邸の武家や道場の弟子達がモリモリと食べ、それに触発されたように、最近夏バテ気味かもと言っていた富田も箸を進めた。
佐倉と狭間も、朝から釣りへ出かけたと言ってきれいなアジとスズキを持って来てくれ、定食を食べて帰って行った。
そうして昼の営業が終わり、暖簾をしまうと、疾風、八雲、狭霧は小部屋の直葉のところに集まった。
「前の首領は?」
狭霧が訊くと、直葉が淡々と答えた。
「死んだの。頭の血管が切れたそうよ」
八雲がさもありなんと頷く。
「あれだけガブガブとお酒を飲んでりゃね」
「で?」
「次の首領は、息子の槐ではなく、八坂になったわ」
疾風に促されてそう言った直葉は、そこで水を1口飲んだ。
前の首領も息子の槐も、粗野で、里のトップとその息子だという特権をフルに使うタイプだった。自分の気分で、忍びに任務を振り分ける程度には。
八坂というのは合理的な考え方をする寡黙な男で、前首領とは合わない為、藩邸に詰める係に回されていた。
「八坂か」
「じゃあ、里の方針も随分変わりそうだね。
でも、よく槐が首領の座が自分の物だと主張しなかったね」
「したけど、幹部会で八坂に決定したの。八坂も根回しを済ませてたみたいだけど、首領親子のわがままに内心ではウンザリしてた人が多かったっていうのが原因じゃないかしら」
それを聞いて、八雲は
「ざまあみろだわ」
とほくそ笑む。
「で、それをわざわざ知らせに来たわけじゃないだろ」
疾風が言うと、直葉が薄く笑った。
「紅葉姉さんが死んだって聞いて、あんた達が殺したのなら、報復しようと思ったのよ。
でも、違ったみたいね。
だとすると、これも教えてあげるわ。八坂は、あんた達への追撃命令を取り消したわ」
3人の肩がピクリとする。
「昔は昔、今は数も減った小さい集団。とても、いつまでも抜け忍を追いかけて付け狙ってる場合じゃない。これ以上は、返り討ちにあって益々数を減らす可能性もある。だから、他に通じて情報を漏らさない限りは放置する。
そう決めたの。
無論、賛否両論よね。
で、何が何でも打ち果たすべき、八坂には従えないっていう人が里を出て、あんた達を狙いに来る事になったわよ」
ぐっと喉を鳴らしたのは、八雲だった。
「つまり、安心はできないけど、そいつらさえやり過ごせば後はないって事だな」
疾風がそう言って、不敵に笑った。
血塗れで足元も覚束ない様子の若い女が、ねこまんまの奥の部屋で寝ていた。
「起きたか。化膿止めの薬だ。飲め」
目を覚ました途端殺気を放つ彼女に、疾風が言いながら水と薬を出す。
直葉。紅葉の妹らしい忍びである。早朝ねこまんまに出勤したら、店の中に入り込んで倒れていたのだ。それで、こうして奥で寝かせていた。
「あんた達――!」
殺気は飛ばすが、体は動かせないようだ。
「紅葉を殺したのは俺達じゃない。紅葉は、俺達は死んだと報告しておくと言って帰って行ったよ。その翌日、死体で見つかった。お前の事も、どうこうする気はない。そっちが何もしないならな」
直葉はその言葉を吟味するように考えていたが、体の力を抜いた。
「わかった」
そして、何とか薬を飲む。
「何があった、直葉」
直葉は迷うようにしていたが、やがて口を開いた。
「里の首領が変わった」
いい匂いに釣られるようにしてねこまんまに客が入って来る。
鶏の味噌照り焼き、長芋の短冊の塩焼き、なすの胡麻和え、青じそと梅干とちりめんじゃこの混ぜご飯、味噌汁、青菜の浅漬けというのが今日の定食だ。
「いいねえ。ガッツリと元気が出そうなのに、さっぱりといける」
「何杯でも行けそうだぜ」
常連の、藩邸の武家や道場の弟子達がモリモリと食べ、それに触発されたように、最近夏バテ気味かもと言っていた富田も箸を進めた。
佐倉と狭間も、朝から釣りへ出かけたと言ってきれいなアジとスズキを持って来てくれ、定食を食べて帰って行った。
そうして昼の営業が終わり、暖簾をしまうと、疾風、八雲、狭霧は小部屋の直葉のところに集まった。
「前の首領は?」
狭霧が訊くと、直葉が淡々と答えた。
「死んだの。頭の血管が切れたそうよ」
八雲がさもありなんと頷く。
「あれだけガブガブとお酒を飲んでりゃね」
「で?」
「次の首領は、息子の槐ではなく、八坂になったわ」
疾風に促されてそう言った直葉は、そこで水を1口飲んだ。
前の首領も息子の槐も、粗野で、里のトップとその息子だという特権をフルに使うタイプだった。自分の気分で、忍びに任務を振り分ける程度には。
八坂というのは合理的な考え方をする寡黙な男で、前首領とは合わない為、藩邸に詰める係に回されていた。
「八坂か」
「じゃあ、里の方針も随分変わりそうだね。
でも、よく槐が首領の座が自分の物だと主張しなかったね」
「したけど、幹部会で八坂に決定したの。八坂も根回しを済ませてたみたいだけど、首領親子のわがままに内心ではウンザリしてた人が多かったっていうのが原因じゃないかしら」
それを聞いて、八雲は
「ざまあみろだわ」
とほくそ笑む。
「で、それをわざわざ知らせに来たわけじゃないだろ」
疾風が言うと、直葉が薄く笑った。
「紅葉姉さんが死んだって聞いて、あんた達が殺したのなら、報復しようと思ったのよ。
でも、違ったみたいね。
だとすると、これも教えてあげるわ。八坂は、あんた達への追撃命令を取り消したわ」
3人の肩がピクリとする。
「昔は昔、今は数も減った小さい集団。とても、いつまでも抜け忍を追いかけて付け狙ってる場合じゃない。これ以上は、返り討ちにあって益々数を減らす可能性もある。だから、他に通じて情報を漏らさない限りは放置する。
そう決めたの。
無論、賛否両論よね。
で、何が何でも打ち果たすべき、八坂には従えないっていう人が里を出て、あんた達を狙いに来る事になったわよ」
ぐっと喉を鳴らしたのは、八雲だった。
「つまり、安心はできないけど、そいつらさえやり過ごせば後はないって事だな」
疾風がそう言って、不敵に笑った。
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