抜け忍料理屋ねこまんま

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かどわかし(5)幼馴染

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 それは突然だった。気配が迫り、凪は隠し持った短刀を素早く構えて飛来した石つぶてを払い落した。その時には、ユキは平太を乱暴に突き飛ばして、かんざしにしていたキリを引き抜いて構える。
 つぶての向こうから襲い掛かって来た人物は、顔を隠していてもわかった。
「疾風!」
 短刀同志で切り結び、距離を置く。
「よお、凪」
 疾風は、隙なく構えながらそう声をかけた。
 凪と背を向け合うようにして立つユキは、覆面の八雲と睨み合っていた。
「八雲……!」
「久しぶり、ユキ」
 4人は隙を窺い合った。
「元気そうだな。狭霧はどうした。長崎に行く前に死んだか」
 答えは無い。
「それとも、それ自体が嘘か」
 言いながら、凪は狭霧の気配を探ろうとした。
 しかし、疾風と八雲を前にしながら、ただでさえ気配を消したりするのが得意な狭霧を探すのは、困難だった。
「里へ戻れ。何とか取りなしてやるから」
「それはできない。
 取りなすなんて、無理な事はわかってるだろう、凪」
 疾風と凪は、同時に苦笑した。
「八雲が、里の子を産むように言われたから?」
「それだけじゃないわよ」
「じゃあ何。皆我慢してるでしょ。あんた達だけ、抜けて幸せになれるわけないでしょ。そんな事、許せるわけないでしょ!」
 ユキは、平常心を失っていた。
「ごめん、ユキ。でも、もう嫌だったの。あたしたち」
「ああああああ!!」
 ユキはやみくもに向かって行った。
「ユキ!」
 凪はギョッとしたようだが、切り替え、自身も疾風に向かって行った。
 各々、組合う。それは里で何度もして来た訓練のようだった。あの時は仲間だったが、今は違う。遠慮していたら教官に殴られるので、手加減なしの本気なのは同じだが。
 やがて八雲は、ユキの腕を払い、折った。
 それでも折れた腕でキリを振りかぶるので、胸を突く。肋骨が折れ、ユキはわずかに勢いを失くした。
 が、それでも鬼の形相で向かう。
(遠慮したら、余計苦しむだけ)
 八雲は一気にユキの顎を突き上げ、首を折った。
 疾風と八雲は、里でも実力が拮抗していた。今も、なかなか勝負がつかない。
 と、凪の足の下の枯れ葉が滑って、体が傾いだ。
 それでできた隙に、疾風が大きく短刀を振り抜いた。
 凪は地面に倒れ、苦笑した。
「ああ。俺の負けかあ」
 その凪を、疾風が覗き込む。
「凪……」
「お前が泣きそうな顔してどうするんだよ」
 八雲と、平太をそこから引き離して眠らせて来た狭霧も来て並ぶと、凪は笑った。
「狭霧も元気そうじゃないか」
「うん」
 そこで凪は咳込んで、赤い血を吐いた。
 そして、大きく息をして、言う。
「棟梁は、狭霧が病を装って、お前らは東に逃げたんじゃないかと……」
 激しく咳込み、
「逃げろ。逃げられるもんなら、逃げて見せろ」
と言って、ガクリと首を落とした。
 疾風は心臓を確かめ、
「死んだ」
と言って、短く息をつく。
「ユキも死んだ」
 八雲も言い、狭霧を見る。
「子供は向こうで眠らせてる」
 3人は凪とユキの遺体を谷に落とし、手を合わせると、眠らせたままの平太を背負って江戸へと帰って行った。

 ねこまんまは今日も賑わっていた。
 今日は、豆腐の田楽に、菜っ葉のお浸し、おろした大根とちりめんじゃこを乗せたご飯、みょうがのかつお節和え、味噌汁。
 昼時をわずかに過ぎて現れたのは垣ノ上と文太で、テーブルに腰を下ろし、お茶を運んで行った八雲に笑顔を向けた。
「いきなり休んでどうかしたのかと心配したぜ」
「ごめんなさいね、旦那、親分さん。あたしたちの恩人が危篤って知らせが来て、とにかく急いでかけつけたもんだから」
 八雲は眉を落とした。
「そうだったのかい。そりゃあ大変だったな」
「で、その間、旦那は大手柄だったんですって?」
 訊くと、文太は胸を張った。
「そうなんでえ。かどわかしをしてたやつらを一網打尽だ!流石、垣ノ上の旦那だねえ!」
 しかし、持ち上げられた垣ノ上の表情は優れない。
「あれ?どうしたんですか?」
「いやあ、一網打尽と言っても、投げ文に従って行ってみたら、犯人共は縛られて転がっていたんだ。手柄ってわけじゃねえよ」
「でも、かどわかしの犯人が捕まったのなら良かったじゃないですか」
 八雲が言うが、垣ノ上はまだぶつぶつ言っている。
「それをちゃんと確認しに旦那が行ったからでしょ?捕まえられたのは」
 狭霧が言うと、垣ノ上はポンと手を打って、
「そりゃあそうだ。だよな。ははは!」
とふんぞり返った。
 そして、食べ、自慢し、八雲をデートに誘おうとして失敗し、帰って行った。
 その後を片付けようとした狭霧に、いつものテーブルにいた織本がぼそりと言う。
「平太も、神社の境内で眠りこけているのを発見された。
 最近、どうも事件が色々と片付くようだな」
 そう言うと、勘定を置いて立ち上がり、出て行った。
「ありがとうございました」
 狭霧はそれを、笑っていない目で見送った。



 
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