19 / 34
かどわかし(5)幼馴染
しおりを挟む
それは突然だった。気配が迫り、凪は隠し持った短刀を素早く構えて飛来した石つぶてを払い落した。その時には、ユキは平太を乱暴に突き飛ばして、かんざしにしていたキリを引き抜いて構える。
つぶての向こうから襲い掛かって来た人物は、顔を隠していてもわかった。
「疾風!」
短刀同志で切り結び、距離を置く。
「よお、凪」
疾風は、隙なく構えながらそう声をかけた。
凪と背を向け合うようにして立つユキは、覆面の八雲と睨み合っていた。
「八雲……!」
「久しぶり、ユキ」
4人は隙を窺い合った。
「元気そうだな。狭霧はどうした。長崎に行く前に死んだか」
答えは無い。
「それとも、それ自体が嘘か」
言いながら、凪は狭霧の気配を探ろうとした。
しかし、疾風と八雲を前にしながら、ただでさえ気配を消したりするのが得意な狭霧を探すのは、困難だった。
「里へ戻れ。何とか取りなしてやるから」
「それはできない。
取りなすなんて、無理な事はわかってるだろう、凪」
疾風と凪は、同時に苦笑した。
「八雲が、里の子を産むように言われたから?」
「それだけじゃないわよ」
「じゃあ何。皆我慢してるでしょ。あんた達だけ、抜けて幸せになれるわけないでしょ。そんな事、許せるわけないでしょ!」
ユキは、平常心を失っていた。
「ごめん、ユキ。でも、もう嫌だったの。あたしたち」
「ああああああ!!」
ユキはやみくもに向かって行った。
「ユキ!」
凪はギョッとしたようだが、切り替え、自身も疾風に向かって行った。
各々、組合う。それは里で何度もして来た訓練のようだった。あの時は仲間だったが、今は違う。遠慮していたら教官に殴られるので、手加減なしの本気なのは同じだが。
やがて八雲は、ユキの腕を払い、折った。
それでも折れた腕でキリを振りかぶるので、胸を突く。肋骨が折れ、ユキはわずかに勢いを失くした。
が、それでも鬼の形相で向かう。
(遠慮したら、余計苦しむだけ)
八雲は一気にユキの顎を突き上げ、首を折った。
疾風と八雲は、里でも実力が拮抗していた。今も、なかなか勝負がつかない。
と、凪の足の下の枯れ葉が滑って、体が傾いだ。
それでできた隙に、疾風が大きく短刀を振り抜いた。
凪は地面に倒れ、苦笑した。
「ああ。俺の負けかあ」
その凪を、疾風が覗き込む。
「凪……」
「お前が泣きそうな顔してどうするんだよ」
八雲と、平太をそこから引き離して眠らせて来た狭霧も来て並ぶと、凪は笑った。
「狭霧も元気そうじゃないか」
「うん」
そこで凪は咳込んで、赤い血を吐いた。
そして、大きく息をして、言う。
「棟梁は、狭霧が病を装って、お前らは東に逃げたんじゃないかと……」
激しく咳込み、
「逃げろ。逃げられるもんなら、逃げて見せろ」
と言って、ガクリと首を落とした。
疾風は心臓を確かめ、
「死んだ」
と言って、短く息をつく。
「ユキも死んだ」
八雲も言い、狭霧を見る。
「子供は向こうで眠らせてる」
3人は凪とユキの遺体を谷に落とし、手を合わせると、眠らせたままの平太を背負って江戸へと帰って行った。
ねこまんまは今日も賑わっていた。
今日は、豆腐の田楽に、菜っ葉のお浸し、おろした大根とちりめんじゃこを乗せたご飯、みょうがのかつお節和え、味噌汁。
昼時をわずかに過ぎて現れたのは垣ノ上と文太で、テーブルに腰を下ろし、お茶を運んで行った八雲に笑顔を向けた。
「いきなり休んでどうかしたのかと心配したぜ」
「ごめんなさいね、旦那、親分さん。あたしたちの恩人が危篤って知らせが来て、とにかく急いでかけつけたもんだから」
八雲は眉を落とした。
「そうだったのかい。そりゃあ大変だったな」
「で、その間、旦那は大手柄だったんですって?」
訊くと、文太は胸を張った。
「そうなんでえ。かどわかしをしてたやつらを一網打尽だ!流石、垣ノ上の旦那だねえ!」
しかし、持ち上げられた垣ノ上の表情は優れない。
「あれ?どうしたんですか?」
「いやあ、一網打尽と言っても、投げ文に従って行ってみたら、犯人共は縛られて転がっていたんだ。手柄ってわけじゃねえよ」
「でも、かどわかしの犯人が捕まったのなら良かったじゃないですか」
八雲が言うが、垣ノ上はまだぶつぶつ言っている。
「それをちゃんと確認しに旦那が行ったからでしょ?捕まえられたのは」
狭霧が言うと、垣ノ上はポンと手を打って、
「そりゃあそうだ。だよな。ははは!」
とふんぞり返った。
そして、食べ、自慢し、八雲をデートに誘おうとして失敗し、帰って行った。
その後を片付けようとした狭霧に、いつものテーブルにいた織本がぼそりと言う。
「平太も、神社の境内で眠りこけているのを発見された。
最近、どうも事件が色々と片付くようだな」
そう言うと、勘定を置いて立ち上がり、出て行った。
「ありがとうございました」
狭霧はそれを、笑っていない目で見送った。
つぶての向こうから襲い掛かって来た人物は、顔を隠していてもわかった。
「疾風!」
短刀同志で切り結び、距離を置く。
「よお、凪」
疾風は、隙なく構えながらそう声をかけた。
凪と背を向け合うようにして立つユキは、覆面の八雲と睨み合っていた。
「八雲……!」
「久しぶり、ユキ」
4人は隙を窺い合った。
「元気そうだな。狭霧はどうした。長崎に行く前に死んだか」
答えは無い。
「それとも、それ自体が嘘か」
言いながら、凪は狭霧の気配を探ろうとした。
しかし、疾風と八雲を前にしながら、ただでさえ気配を消したりするのが得意な狭霧を探すのは、困難だった。
「里へ戻れ。何とか取りなしてやるから」
「それはできない。
取りなすなんて、無理な事はわかってるだろう、凪」
疾風と凪は、同時に苦笑した。
「八雲が、里の子を産むように言われたから?」
「それだけじゃないわよ」
「じゃあ何。皆我慢してるでしょ。あんた達だけ、抜けて幸せになれるわけないでしょ。そんな事、許せるわけないでしょ!」
ユキは、平常心を失っていた。
「ごめん、ユキ。でも、もう嫌だったの。あたしたち」
「ああああああ!!」
ユキはやみくもに向かって行った。
「ユキ!」
凪はギョッとしたようだが、切り替え、自身も疾風に向かって行った。
各々、組合う。それは里で何度もして来た訓練のようだった。あの時は仲間だったが、今は違う。遠慮していたら教官に殴られるので、手加減なしの本気なのは同じだが。
やがて八雲は、ユキの腕を払い、折った。
それでも折れた腕でキリを振りかぶるので、胸を突く。肋骨が折れ、ユキはわずかに勢いを失くした。
が、それでも鬼の形相で向かう。
(遠慮したら、余計苦しむだけ)
八雲は一気にユキの顎を突き上げ、首を折った。
疾風と八雲は、里でも実力が拮抗していた。今も、なかなか勝負がつかない。
と、凪の足の下の枯れ葉が滑って、体が傾いだ。
それでできた隙に、疾風が大きく短刀を振り抜いた。
凪は地面に倒れ、苦笑した。
「ああ。俺の負けかあ」
その凪を、疾風が覗き込む。
「凪……」
「お前が泣きそうな顔してどうするんだよ」
八雲と、平太をそこから引き離して眠らせて来た狭霧も来て並ぶと、凪は笑った。
「狭霧も元気そうじゃないか」
「うん」
そこで凪は咳込んで、赤い血を吐いた。
そして、大きく息をして、言う。
「棟梁は、狭霧が病を装って、お前らは東に逃げたんじゃないかと……」
激しく咳込み、
「逃げろ。逃げられるもんなら、逃げて見せろ」
と言って、ガクリと首を落とした。
疾風は心臓を確かめ、
「死んだ」
と言って、短く息をつく。
「ユキも死んだ」
八雲も言い、狭霧を見る。
「子供は向こうで眠らせてる」
3人は凪とユキの遺体を谷に落とし、手を合わせると、眠らせたままの平太を背負って江戸へと帰って行った。
ねこまんまは今日も賑わっていた。
今日は、豆腐の田楽に、菜っ葉のお浸し、おろした大根とちりめんじゃこを乗せたご飯、みょうがのかつお節和え、味噌汁。
昼時をわずかに過ぎて現れたのは垣ノ上と文太で、テーブルに腰を下ろし、お茶を運んで行った八雲に笑顔を向けた。
「いきなり休んでどうかしたのかと心配したぜ」
「ごめんなさいね、旦那、親分さん。あたしたちの恩人が危篤って知らせが来て、とにかく急いでかけつけたもんだから」
八雲は眉を落とした。
「そうだったのかい。そりゃあ大変だったな」
「で、その間、旦那は大手柄だったんですって?」
訊くと、文太は胸を張った。
「そうなんでえ。かどわかしをしてたやつらを一網打尽だ!流石、垣ノ上の旦那だねえ!」
しかし、持ち上げられた垣ノ上の表情は優れない。
「あれ?どうしたんですか?」
「いやあ、一網打尽と言っても、投げ文に従って行ってみたら、犯人共は縛られて転がっていたんだ。手柄ってわけじゃねえよ」
「でも、かどわかしの犯人が捕まったのなら良かったじゃないですか」
八雲が言うが、垣ノ上はまだぶつぶつ言っている。
「それをちゃんと確認しに旦那が行ったからでしょ?捕まえられたのは」
狭霧が言うと、垣ノ上はポンと手を打って、
「そりゃあそうだ。だよな。ははは!」
とふんぞり返った。
そして、食べ、自慢し、八雲をデートに誘おうとして失敗し、帰って行った。
その後を片付けようとした狭霧に、いつものテーブルにいた織本がぼそりと言う。
「平太も、神社の境内で眠りこけているのを発見された。
最近、どうも事件が色々と片付くようだな」
そう言うと、勘定を置いて立ち上がり、出て行った。
「ありがとうございました」
狭霧はそれを、笑っていない目で見送った。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説


軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~
水葉
歴史・時代
江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく
三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中
「ほんま相変わらず真面目やなぁ」
「そういう与平、お前は怠けすぎだ」
(やれやれ、また始まったよ……)
また二人と一匹の日常が始まる
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淡き河、流るるままに
糸冬
歴史・時代
天正八年(一五八〇年)、播磨国三木城において、二年近くに及んだ羽柴秀吉率いる織田勢の厳重な包囲の末、別所家は当主・別所長治の自刃により滅んだ。
その家臣と家族の多くが居場所を失い、他国へと流浪した。
時は流れて慶長五年(一六〇〇年)。
徳川家康が会津の上杉征伐に乗り出す不穏な情勢の中、淡河次郎は、讃岐国坂出にて、小さな寺の食客として逼塞していた。
彼の父は、淡河定範。かつて別所の重臣として、淡河城にて織田の軍勢を雌馬をけしかける奇策で退けて一矢報いた武勇の士である。
肩身の狭い暮らしを余儀なくされている次郎のもとに、「別所長治の遺児」を称する僧形の若者・別所源兵衛が姿を見せる。
福島正則の元に馳せ参じるという源兵衛に説かれ、次郎は武士として世に出る覚悟を固める。
別所家、そして淡河家の再興を賭けた、世に知られざる男たちの物語が動き出す。
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。
梅すだれ
木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。
登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。
時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。
南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳
勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません)
南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。
表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。
2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる