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季節外れのゆきだるま(4)ネズミ騒ぎ
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八雲達が寺へ入って来た。
「頼んだぞ」
疾風は、足元の小動物に小声で頼む。
「チュッ」
ネズミは一声鳴いて、走り去った。
「縁結びの御利益か。ここは賽銭を張り込まないとな」
「八重、ひょっとして、誰かいい人でも?」
「え!?」
垣ノ上がギョッとしたように八雲を見るが、八雲は笑って、文太の肩を叩いた。
「やあだあ、違うわよ。いやあね」
「痛てっ!八重、力強いな……」
「そそそうだよねえ、八重ちゃん。
文太、失礼な事言ってんじゃねえぞ」
垣ノ上は文太をジロリと見、文太は肩をさすりながら、
「へい、すいやせん」
と一応謝った。
が、足元を何かがチョロチョロと横切った気がして、下を見る。
「わっ!ネズミ!」
「ああ!?」
「キャッ」
飛びあがって驚く。
ネズミがチョロチョロと走って行く。その来た方を見て、八雲が指差す。
「ああ!垣ノ上様!」
「ん?おお!?」
驚いたのも無理はない。
ネズミが何匹も、ぞろぞろと出て来ているのだ。
八雲達の声で注意を向けたほかの参拝客や境内で休憩中だった人もそちらへ目を向け、皆一様に驚いて声を上げた。
「どこから来てやがるんだ、こいつらは」
垣ノ上が言って、文太とへっぴり腰でネズミの列を逆さに辿って行く。その後を、八雲やほかの皆がついて行く。
すると、庫裏の障子に穴が開き、その中からネズミが出て来ているのがわかった。
「ん?こ、こいつら、小判をくわえてやがる!」
垣ノ上が出て来たネズミを指さして声を張り上げた。
「旦那、こいつらを御縄にするんですかい!?」
「え?あ、まあ、泥棒だが、ネズミだし、ううん?」
「あ、垣ノ上様!あれは?」
八雲が指差す方を見ると、紙をくわえて穴から出て来たネズミがおり、その紙を「もういらない」とばかりに放す。
「ん?証文だな」
「ゆきだるまの会、出資証明控え?」
見ていた客達がざわめき、中の1人が飛びついた。
「何でこんな所から!?」
「くそう。姿を消して、あの野郎、見付からなかったのに」
「配当金が出ねえじゃねえか!」
「ここにいやがるんだな、宗右衛門の野郎!」
居合わせた人々が目を吊り上げて、穴の開いた部屋を睨む。
と、騒がしいのに気付いたのか、縁側を歩いて、宗右衛門が姿を見せた。
「一体何の騒ぎ――!?」
ギョッと立ちすくむ宗右衛門に皆が殺到した。
「いやがったぞ!」
「どうなってるんだ!」
「金を返せ!」
「この詐欺師野郎!」
垣ノ上もオロオロとする。
「だ、旦那!」
「寺社奉行の管轄だから、ど、どうしようもないだろうが!」
そこに、大変な騒ぎになってるよ、と狭霧に連れて来られた寺社奉行の与力が到着した。
「何の騒ぎだ、一体」
「あ、こいつが詐欺の犯人なんで!」
「有り金持って、ここに隠れてたんですよ!」
「こいつとここの寺はグルです、お役人様!」
口々に訴えながらも、宗右衛門を逃がさないように押さえている。
垣ノ上も、証文を見せて話しかける。
「たまたま来合せたのですが――」
詐欺の疑いが強い事、同じような事件が上方でも起こった事などを説明すると、与力の表情が引き締まって行くのだった。
ピークが済んだ頃、織本がねこまんまに現れた。
「いらっしゃいまし」
いつものテーブルに着くので、いつも通り、狭霧がお茶を運んだ。
「宗右衛門と雲海は捕まったぞ。それで、残っていた金を、出資者達に返還するそうだ。まあ、全額とはいかんがな」
そう、口にする。
「そうですか。でも、一部でも良かったですよ。皆なけなしの財産をはたいて、首をくくる寸前だった人もいたんだし」
「そうだな。しかし、地道が一番だ。いいお灸になっただろう」
織本は鷹揚に笑って、お茶を啜る。
「お待ちどう様です」
八雲が今日の定食を運んで来る。
あじの開き、高野豆腐と小松菜と人参の煮物、冷やしおろしそば、豆ごはん。
織本は頬を緩めて箸を取った。
「ああ。美味い」
疾風は笑って、頭を下げた。
「投資騒動も、日数的には意外と短かったわね」
八雲が言うのに、
「ゆきだるまだからな。暑くなって来たこの陽気で溶けたんだろうよ」
と織本は冗談を言い、そばを啜った。
「頼んだぞ」
疾風は、足元の小動物に小声で頼む。
「チュッ」
ネズミは一声鳴いて、走り去った。
「縁結びの御利益か。ここは賽銭を張り込まないとな」
「八重、ひょっとして、誰かいい人でも?」
「え!?」
垣ノ上がギョッとしたように八雲を見るが、八雲は笑って、文太の肩を叩いた。
「やあだあ、違うわよ。いやあね」
「痛てっ!八重、力強いな……」
「そそそうだよねえ、八重ちゃん。
文太、失礼な事言ってんじゃねえぞ」
垣ノ上は文太をジロリと見、文太は肩をさすりながら、
「へい、すいやせん」
と一応謝った。
が、足元を何かがチョロチョロと横切った気がして、下を見る。
「わっ!ネズミ!」
「ああ!?」
「キャッ」
飛びあがって驚く。
ネズミがチョロチョロと走って行く。その来た方を見て、八雲が指差す。
「ああ!垣ノ上様!」
「ん?おお!?」
驚いたのも無理はない。
ネズミが何匹も、ぞろぞろと出て来ているのだ。
八雲達の声で注意を向けたほかの参拝客や境内で休憩中だった人もそちらへ目を向け、皆一様に驚いて声を上げた。
「どこから来てやがるんだ、こいつらは」
垣ノ上が言って、文太とへっぴり腰でネズミの列を逆さに辿って行く。その後を、八雲やほかの皆がついて行く。
すると、庫裏の障子に穴が開き、その中からネズミが出て来ているのがわかった。
「ん?こ、こいつら、小判をくわえてやがる!」
垣ノ上が出て来たネズミを指さして声を張り上げた。
「旦那、こいつらを御縄にするんですかい!?」
「え?あ、まあ、泥棒だが、ネズミだし、ううん?」
「あ、垣ノ上様!あれは?」
八雲が指差す方を見ると、紙をくわえて穴から出て来たネズミがおり、その紙を「もういらない」とばかりに放す。
「ん?証文だな」
「ゆきだるまの会、出資証明控え?」
見ていた客達がざわめき、中の1人が飛びついた。
「何でこんな所から!?」
「くそう。姿を消して、あの野郎、見付からなかったのに」
「配当金が出ねえじゃねえか!」
「ここにいやがるんだな、宗右衛門の野郎!」
居合わせた人々が目を吊り上げて、穴の開いた部屋を睨む。
と、騒がしいのに気付いたのか、縁側を歩いて、宗右衛門が姿を見せた。
「一体何の騒ぎ――!?」
ギョッと立ちすくむ宗右衛門に皆が殺到した。
「いやがったぞ!」
「どうなってるんだ!」
「金を返せ!」
「この詐欺師野郎!」
垣ノ上もオロオロとする。
「だ、旦那!」
「寺社奉行の管轄だから、ど、どうしようもないだろうが!」
そこに、大変な騒ぎになってるよ、と狭霧に連れて来られた寺社奉行の与力が到着した。
「何の騒ぎだ、一体」
「あ、こいつが詐欺の犯人なんで!」
「有り金持って、ここに隠れてたんですよ!」
「こいつとここの寺はグルです、お役人様!」
口々に訴えながらも、宗右衛門を逃がさないように押さえている。
垣ノ上も、証文を見せて話しかける。
「たまたま来合せたのですが――」
詐欺の疑いが強い事、同じような事件が上方でも起こった事などを説明すると、与力の表情が引き締まって行くのだった。
ピークが済んだ頃、織本がねこまんまに現れた。
「いらっしゃいまし」
いつものテーブルに着くので、いつも通り、狭霧がお茶を運んだ。
「宗右衛門と雲海は捕まったぞ。それで、残っていた金を、出資者達に返還するそうだ。まあ、全額とはいかんがな」
そう、口にする。
「そうですか。でも、一部でも良かったですよ。皆なけなしの財産をはたいて、首をくくる寸前だった人もいたんだし」
「そうだな。しかし、地道が一番だ。いいお灸になっただろう」
織本は鷹揚に笑って、お茶を啜る。
「お待ちどう様です」
八雲が今日の定食を運んで来る。
あじの開き、高野豆腐と小松菜と人参の煮物、冷やしおろしそば、豆ごはん。
織本は頬を緩めて箸を取った。
「ああ。美味い」
疾風は笑って、頭を下げた。
「投資騒動も、日数的には意外と短かったわね」
八雲が言うのに、
「ゆきだるまだからな。暑くなって来たこの陽気で溶けたんだろうよ」
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