踏んだり蹴ったり殴ったり

JUN

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王子様

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「いた!カナデ!」
 玄関先で話し込む私達に、声がかけられた。
 旧道をえっちらおっちらと上って来た若い男が、息を切らしながらこちらを見ていた。
「え、仙ちゃん!?」
 カナデが立ち上がり、棒立ちになる。
「なんで、黙って家出――痛たたた」
 こちらに歩いて来ようとして、立ち止まった。足が攣ったらしい。
「ああ、大丈夫ですか。こっちは旧道で、急なんですよ」
 永世君とカナデが慌てて近寄って行く。
 私は彼がイケメンなので、後ろからゆっくりと近付いた。
「大丈夫!?広い方の道を誰だって通るでしょう?いないわよ、こっちから来る人なんて」
 カナデが言い、永世君はそっと私を見た。
 ここにいますよ、旧道から来る人が。
 しばらく足首を動かして、どうにか治ったらしい。その男はカナデに向き直った。
「なんで黙って家出なんてしたんだ」
 ここからやり直しか。
「だって、仙ちゃんの邪魔になるだろうし」
 カナデは俯き、仙ちゃんとやらはそのカナデの肩を掴んだ。
「見合いはしない。俺とカナデで一緒に生きて行こうって言っただろ」
「でも、会社での立場は」
「たかが、昇進が遅れるかもしれないだけだろ。
 こんな事でとやかく言うのが許される時代じゃないからな。裁判に訴えれば勝つぞ。
 それに、もし会社を辞めろと言われても、カナデの方が大事だ。カナデと一緒に、生きて行ける方法を探すだけの話だからな」
 中身もイケメンだった。
 2人は抱き合い、礼を言って、スキップする勢いで帰って行った。
「璃々にも早く、王子様が迎えに来るように祈ってるわ!」
と言い残して。
 それを私と永世君は、並んで見送った。
「上手く行くといいわね」
「ああ。
 しかし、奏太がなあ。ケンカっ早くて女好きで、中学以来彼女が切れた事がなかったとか言ってたのに。王子様キャラだったのが、お姫様になってたぞ」
「人生って、何があるかわからないものよ」
 そうしみじみと言って、頷き合った。
 そう。優しくて誠実だと思っていた夫が、ある日突然別の顔を見せたりね。
「てっきり、永世君の彼女かと思ったのに」
「やめてくれ。奏太みたいに騒がしいタイプが彼女だったら疲れる」
 永世君は苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、
「まあ、あれでも親友だ。幸せを掴んでくれればそれがいい」
と、空を仰いだ。
 私も一緒に空を見る。
「男だとか女だとか、若いだとか、顔がどうとか。そんなの、つまらないよな。その人はその人。排斥するのも、肩肘はるのもバカらしいよ。自然体が一番だと思うね」
 自然体。それは意外と難しいものだ。
「あ。畑に水やろうと思ってたんだった」
「俺、掃除の途中だった」
 そうして私達は、あたふたとお互いの家に戻った。

 夜になって、私は独りで晩酌しながらDVDを見ていた。
「王子様ねえ」
 王子様を待つ年でもないし、王子様を待つガラでもない。王子様というのは、もっとかわいい、儚げで守ってあげたくなるような人の所へ行くのだ。
 私に王子様は似合わない。
「王子様に頼らずとも、私は独りで生きていくぞー」
 私は天井に向かって缶ビールを突き上げ、独り乾杯をした。




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