あなたは嘘をついています

JUN

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ひき逃げ(1)目

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「よく似合ってるじゃないか。七五三みたいに」
 高山がニヤニヤしながら言うのに、萌葱は内心で眉をしかめた。
 被疑者などと会う時、顔は「童顔」と言い張れるとしても、学生服だと「コスプレ」と言うのはきつい。なので、一応スーツにネクタイを締めてみた。
 萌葱の通う高校は、前がジッパー式の濃紺の学ランで、中は白いカッターだ。なので、学ランを脱いでネクタイをし、堂々としていれば、社会人と言い張れなくもないはずだ。そう思ってネクタイをしてみたら、同じ色のブレザーを高山がロッカーに入れっぱなしにしており、それを着てみたらスーツのようになったのである。
「身長か?」
 憮然として萌葱が呟くと、高山は事も無げに、
「肩幅も厚みも責任も足りないのさ。テストも学校行事もその頃は大変だと思うだろうが、社会人になればわかる。断然、学生時代は楽だったとな。社会人なめんなよ」
と言う。
(なるほどな。蘇芳兄と浅葱兄に、もっと感謝しないと。それに、日曜だからって家事を代わってもらうのも、考え直すべきかな)
 そう考えていると、高山はいつもの皮肉っぽい笑みではない、吹き出しそうな顔をした。
「考えている事が手に取るように想像できるぞ。兄弟仲がいい事で」
 萌葱は咳払いをして、真面目な顔を作った。
「で、今日の相手ですが」
「ああ。元々強盗殺人で捕まっていたやつだよ」
 高山は刑事の顔になって言った。
「余罪を追及していたら、ひき逃げをしていた事がわかってな。
 でも、向こうが赤信号を無視して飛び出して来たと言うんだ。被害者が亡くなっていて、現場にカメラが無かったから、まさに死人に口なしでな」
「わかりました」
 萌葱と高山はそう言って、駐車場の高山の車を降りた。
 そして、署の建物に向かって歩き出すと、並んで堂々と署に入り込み、被疑者のいる取調室へと行く。
 取調室にいた刑事2人を偽の用事とお茶を持って来いと言って追い出し、ドアから高山が手招きするのを待って、萌葱は中に入った。
 高い位置にある細い窓。室内は明るいが、机以外何もない殺風景な部屋で、白一色、という第一印象を受ける。そしてよく見ると、壁に鉛筆で小さく落書きがある。相合傘や「クソ」「コロス」などというもので、誰がどういう心境でどうやって書いたのか、疑問に思う。
「さて。事故の事をもう一度聞かせてもらおうか、神崎」
 高山が、ふてぶてしい態度の30代半ばの被疑者に言う。
「またですか。
 一仕事終えて家を出た後で、近所の主婦みたいなのに見られたんですよ。だからすぐ車でそこを離れたんですけどね。公園の向こうの交差点で、赤信号を無視して人が飛び出して来て。はねてしまったんですよ」
 萌葱は口を開いた。
「あなたの方が青だった?」
「そう」
 萌葱は、嘘だという合図を高山に送った。
「急いで現場から遠ざかろうと、スピードを出していた?」
「いいや。却って安全運転ですよ。スピード違反で捕まったら困るじゃないですか」
 へらりと神崎が笑うのを見ながら、合図を出す。
「そうか。わかった」
 それで高山は切り上げ、萌葱は悠然と、しかし急いで取調室を出た。
 間一髪で、出て行った刑事2人が戻って来るのが見える。
 彼らが取調室へ入るのと入れ替わりに高山が出て来て、それで萌葱と2人、駐車場の車へ戻る。
 そして、ブレザーを脱いで高山に返し、ネクタイをほどいてカバンに入れ、学ランを腕に引っかける。
「現場近くにカメラも無いんでしょう?」
「目撃証言も今の所ないが、まあ、もう一度調べ直すさ。交通課が」
 高山は事も無げに言い、声を潜めるようにして言い足した。
「それと、例の件についてだ。
 上司に調べている事を勘付かれたら、ほじくり返すなとストップがかかった」
「――!」
「何かあると白状してるようなもんだ。そうだろう。ワクワクしてくるじゃないか」
 獰猛な顔付きで嗤う高山は、やはり刑事というより別の何かに見える。
「気を付けてくださいよ」
「心配か?かわいい事を言ってくれる」
「……飛ばされて調べられなくなったら困るからですよ」
「はいはい」
 高山はヒラヒラと手を振り、萌葱は車を降りて、署を出て行った。

 それを、窓から見ている男がいた。
「何だ、あれは」
 高山の上司、久保だ。高山の動きを注意していると、時々、取調室の人間を追い出して中に入る事があるらしいとわかった。そしてその後は、決まって、高山が何か本筋に迫る動きを見せるのだ。
 なので、取り調べをしていた部下が、片方が詰まらない書類の訂正をしに戻り、片方がお茶を淹れているのを見て、取調室の隣からマジックガラス越しに見ていたのである。
 いくつか質問をし、それを聞いた。それだけだった。
 それだけというのが、却って不気味だった。利益供与とか、そういうことを考えていたのだが、そうではなかった。
 鍵は、あの若い男にある。そう考えるに至る。
 久保は何食わぬ顔をして、窓際を離れた。



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