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苦しいうそ、優しいうそ(2)真相
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望月法律事務所の中は、重苦しい空気に満ちていた。
店先で騒ぐのもどうかと場所を事務所に移し、子供達の親が呼ばれて集まって来ていた。
万引きの疑惑のある子は鴨井久人、突き飛ばされた子は鵜岡和樹で、リーダー格らしい。もう2人は烏山頼昌と鳩谷利行で、大人しい。
そして集まった母親達は、鵜岡の母親がリーダーで騒ぎ立て、烏山の母親と鳩谷の母親は追従しているように見えた。最後に息せき切って現れた鴨井の母親は、仕事中だったらしい。疲れたような顔色で、突然の事に動揺しているのがありありと分かった。
事実を蘇芳が説明すると、途端に皆が鴨井を糾弾し、母親は頭を下げる。
「何で謝るんだよ!俺は万引きなんてしてないのに!」
「ケガをさせたのは本当でしょ。その事には謝らないと」
それに、鴨井は頬を膨らませたが、納得しないのは、彼だけではなかった。
「ちょっと、どういう意味かしら?」
鵜岡の母親が口を開くと、残る2人の母親も追従する。
「そうよ。その事にはって、どういう事?」
「カバンにパンを入れたのがうちの子達だとでも言いたいの?」
「違うんでしょ、和樹。あなたはそんな事しないものね」
「うん」
萌葱と米原夫人はそれらを見ていたが、蘇芳は萌葱に目を向け、萌葱が小さく頷くのを見ると、口を開いた。
「ちょっと待って下さい。それについては、別の話になります。
お母さん方は、しばらく黙って聞いていてもらいます」
弁護士らしい顔と声で言うと、何となくそういうものかと、母親達は小さく頷いた。
それで、萌葱が小学生達の前に立つ。
「質問します。
どうして突き飛ばされたんですか」
「いきなりだよ」
鵜岡が言うのに、鴨井はわずかに目を細めた。
「どうして突き飛ばしたんですか」
「……むかついたから」
逡巡した後に出て来た言葉がそれだった。
「パンを盗ったんですか」
「盗ってない!どうせなら、嫌いな干しブドウが入ってないものにする!」
「そ、そんなの知らないよな。ムシャクシャしてそこにあったものを盗んだんだろ」
そこで大人達は、根本的な事に気が付いた。
「パンがカバンに入っているのに気付いたのは、突き飛ばした後ですか?」
「そう」
子供達がいっせに首を縦に振った。
「……じゃあ、突き飛ばす前、何をしていたんだろう。どうしてそうなったんだろう」
蘇芳が言うと、子供達は顔を見合わせたが、誰も答えない。
「そう。それなら……いつも仲が悪いんですか」
それに対し、鵜岡は
「そんな事ない」
で、鴨井は、
「こんなもの」
だった。烏山と鳩谷は、
「いつも悪口言ったりからかったりしてるもんな、鵜岡」
と言い合って、鵜岡を慌てさせた。
「何て言ってからかったり、どんな悪口を言うんですか」
それに顔色を変えたのは、鴨井だった。
「言うな!悪いのは俺だから!俺がやった!それでいいだろ!」
必死にも思える様子でそう言う鴨井を、萌葱はジッと見、鵜岡や烏山や鳩谷の母親は、嬉しそうにも思える歪んだ笑顔を浮かべた。
「まあ、開き直って。どういう躾をなさっていらっしゃるのかしら。ねえ」
「そうですわね」
「ええ」
それに鴨井の母親は頭を下げて謝るが、鴨井は彼女らを睨みつけ、
「お母さんは悪くない!」
と叫び、それで益々、母親達はふんぞり返り、その子供達は、どこかホッとしたような顔をしていた。
それを、萌葱が平たんな声で遮る。
「悪口とは、お母さんの事か?」
鴨井と鵜岡がビクリとしたように萌葱を見、烏山と鳩谷が、あっさりと頷いて肯定した。
「そう。参観日にも来ないし、役員もしないし、片親だからだめなんだってなって」
烏山と鳩谷以外が、ギクリとしたように棒立ちになった。
「忙しいからご飯も弁当ばっかりで、それで成績も悪いんだろうって」
鴨井が泣き出して掴みかかろうとするのを、母親が抱きしめて止める。その肩が震えていた。
「いつもそう言ってるのですか。本当にそう思うんですか?」
子供達は互いに顔を見合わせて、やがて鵜岡が代表するように答えた。
「だって、ママがそう言ってるから」
「なあ」
それに慌てたのは、母親達だった。
構わず、萌葱は続けた。
「それで、カバンにパンを入れて、万引きだって騒いだのですか」
鵜岡と烏山と鳩谷が、頷いて項垂れた。
米原夫人は溜め息をつき、蘇芳は静かに深呼吸をした。
鴨井親子は、静かに泣いていた。
店先で騒ぐのもどうかと場所を事務所に移し、子供達の親が呼ばれて集まって来ていた。
万引きの疑惑のある子は鴨井久人、突き飛ばされた子は鵜岡和樹で、リーダー格らしい。もう2人は烏山頼昌と鳩谷利行で、大人しい。
そして集まった母親達は、鵜岡の母親がリーダーで騒ぎ立て、烏山の母親と鳩谷の母親は追従しているように見えた。最後に息せき切って現れた鴨井の母親は、仕事中だったらしい。疲れたような顔色で、突然の事に動揺しているのがありありと分かった。
事実を蘇芳が説明すると、途端に皆が鴨井を糾弾し、母親は頭を下げる。
「何で謝るんだよ!俺は万引きなんてしてないのに!」
「ケガをさせたのは本当でしょ。その事には謝らないと」
それに、鴨井は頬を膨らませたが、納得しないのは、彼だけではなかった。
「ちょっと、どういう意味かしら?」
鵜岡の母親が口を開くと、残る2人の母親も追従する。
「そうよ。その事にはって、どういう事?」
「カバンにパンを入れたのがうちの子達だとでも言いたいの?」
「違うんでしょ、和樹。あなたはそんな事しないものね」
「うん」
萌葱と米原夫人はそれらを見ていたが、蘇芳は萌葱に目を向け、萌葱が小さく頷くのを見ると、口を開いた。
「ちょっと待って下さい。それについては、別の話になります。
お母さん方は、しばらく黙って聞いていてもらいます」
弁護士らしい顔と声で言うと、何となくそういうものかと、母親達は小さく頷いた。
それで、萌葱が小学生達の前に立つ。
「質問します。
どうして突き飛ばされたんですか」
「いきなりだよ」
鵜岡が言うのに、鴨井はわずかに目を細めた。
「どうして突き飛ばしたんですか」
「……むかついたから」
逡巡した後に出て来た言葉がそれだった。
「パンを盗ったんですか」
「盗ってない!どうせなら、嫌いな干しブドウが入ってないものにする!」
「そ、そんなの知らないよな。ムシャクシャしてそこにあったものを盗んだんだろ」
そこで大人達は、根本的な事に気が付いた。
「パンがカバンに入っているのに気付いたのは、突き飛ばした後ですか?」
「そう」
子供達がいっせに首を縦に振った。
「……じゃあ、突き飛ばす前、何をしていたんだろう。どうしてそうなったんだろう」
蘇芳が言うと、子供達は顔を見合わせたが、誰も答えない。
「そう。それなら……いつも仲が悪いんですか」
それに対し、鵜岡は
「そんな事ない」
で、鴨井は、
「こんなもの」
だった。烏山と鳩谷は、
「いつも悪口言ったりからかったりしてるもんな、鵜岡」
と言い合って、鵜岡を慌てさせた。
「何て言ってからかったり、どんな悪口を言うんですか」
それに顔色を変えたのは、鴨井だった。
「言うな!悪いのは俺だから!俺がやった!それでいいだろ!」
必死にも思える様子でそう言う鴨井を、萌葱はジッと見、鵜岡や烏山や鳩谷の母親は、嬉しそうにも思える歪んだ笑顔を浮かべた。
「まあ、開き直って。どういう躾をなさっていらっしゃるのかしら。ねえ」
「そうですわね」
「ええ」
それに鴨井の母親は頭を下げて謝るが、鴨井は彼女らを睨みつけ、
「お母さんは悪くない!」
と叫び、それで益々、母親達はふんぞり返り、その子供達は、どこかホッとしたような顔をしていた。
それを、萌葱が平たんな声で遮る。
「悪口とは、お母さんの事か?」
鴨井と鵜岡がビクリとしたように萌葱を見、烏山と鳩谷が、あっさりと頷いて肯定した。
「そう。参観日にも来ないし、役員もしないし、片親だからだめなんだってなって」
烏山と鳩谷以外が、ギクリとしたように棒立ちになった。
「忙しいからご飯も弁当ばっかりで、それで成績も悪いんだろうって」
鴨井が泣き出して掴みかかろうとするのを、母親が抱きしめて止める。その肩が震えていた。
「いつもそう言ってるのですか。本当にそう思うんですか?」
子供達は互いに顔を見合わせて、やがて鵜岡が代表するように答えた。
「だって、ママがそう言ってるから」
「なあ」
それに慌てたのは、母親達だった。
構わず、萌葱は続けた。
「それで、カバンにパンを入れて、万引きだって騒いだのですか」
鵜岡と烏山と鳩谷が、頷いて項垂れた。
米原夫人は溜め息をつき、蘇芳は静かに深呼吸をした。
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