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過去の傷(3)中傷
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黒板を見て、セレを見ながらこそこそと囁く。
廊下にも違う学年の生徒まで来て、教室を覗き込んでいる。そして中には、
「梶浦瀬蓮って、どれ?」
と無遠慮に訊いて行く。
黒板の文字を、何人もが写真に撮っている。
セレは、心が冷えて行くような気がした。
「バカみたいだな!」
笠松が、乱暴な手つきでその文字を消していった。しかしよほど強く書いたのか、なかなか消えないで跡が残る。それを力を入れて、執拗に、消そうとする。
「いいよ、もう」
「梶浦」
「ありがとう、ゲル」
「怒れよ。こんな事したやつ」
セレは苦笑を浮かべた。
「まあ、小学校や中学校の頃で慣れた」
「慣れるな!」
笠松は怒り、怒鳴りつけた。
「なあ、殺人者の子って本当に?」
クラスの1人が訊く。
それに皆、慌てた様子を見せたが、やはり気になるという顔付きをしている。
「誤認逮捕だった。報道はほとんどされてないけど」
それに、笠松と琴美が「ひらめいた」と言わんばかりの顔をした。
「じゃあ、マスコミに本当の事を書いてもらえばいいじゃないか」
「それでまた余計な騒動になるのはごめんだ」
「だって、マスコミが広めたせいでしょ。家族の事まで」
「そのマスコミだぞ。信じられるか」
セレは冷笑を浮かべる。
律子は困ったような顔をしていたが、言った。
「じゃあ、事実に反したことを広めたとして、この落書きを書いた人を訴えるとか。
ね?法律は公平よ。法律は弱者の味方よ」
セレは律子に、冷たい目を向けた。
「法律が公平?法律は、公平でもなければ、弱者を助けもしない。知っている者が利用するだけだ」
その場にいた皆は、その声音と目の冷たさに、教室の室温が下がったような気がした。
父親が逮捕された後、家の周囲はマスコミに囲まれ、電話では24時間ずっと
「人殺し」
「家族も死んで詫びろ」
などと言われたし、ドアや壁に「人殺しの家」「出て行け」「死ね」などというビラが貼られたり、ペンキで書かれたりした。
今回、家は公安のフォローもあるのか、特定されていない。その代わり学校では、登校したらまず靴箱や机の貼り紙を剥がし、いたずら書きを消すところから始めなければならなくなった。
どうしても学校へ行きたいとも思えなかったが、薬師の意向もあり、そのまま通学している。
まあ、もうすぐに定期テストで、その後は試験休みだ。夏休みの間に飽きるだろうと、セレは考えていたのだが。
律子は正義感が強いしっかり者で、こういう手合いが許せないと思っていたし、笠松は何かとコンビになるセレを、相棒だと思っている。琴美は律子と仲が良くていつも一緒にいるというのもあり、坂上は美少女コンビがいるのでいい所を見せたいというのがあったが、4人共、義憤に駆られている。それで、嫌がらせがエスカレートしないようにと、これまで以上にセレにくっついて行動するようになっていた。
そんな中、ビラを貼る人間を捕まえた。
正確には、どうやって犯人を捕まえてやろうかと、家の方向が違うセレと別れてから4人が相談しながら歩いていると、喉が渇いたのでコンビニに入り、女子生徒がビラをコピーしている所を見付け、問いただしたのだ。
「お前ら、何でこんな事をするんだ?」
笠松が言うと、コピーしていた女子2人は、ふてぶてしくしながら反論する。
「だって、あんな大事件の犯人の子だもん。怖いでしょ」
「そうよ。みんなの知る権利よ。私達、悪い事してないもん」
「ビラを貼っただけでしょ。暴力とか振るってないし」
それに坂上が、怒りをあらわにして言う。
「物理的に振るってないだけだろ」
コンビニ前でケンカ腰に睨み合う高校生を、通りすがりの人や店に出入りする人が何事かと見ていく。店員は、もしもの時は警察を呼ばないといけないと、ずっと様子を窺っている。
「あなた達の方がずっと怖いわよ。それも梶浦君のお父さんは無実だったのに」
琴美が言うと、彼女達は顔を見合わせ、
「だって、あの人もそういってたし。父親だからそう言ってただけに決まってるでしょ」
と言い出す。
それに、今度は4人の方が顔を見合わせた。
「そもそも、何でこの事を知ったんだ?それにあの人って?」
笠松が訊く。
「桐原結子って人が通用門の先で待ち構えてて、話しかけるのを見てたから」
「妹が同じクラスって言ってたわ」
それで再び、4人は顔を見合わせた。律子は血の気が引き出した。
「何て?」
琴美が訊く。
「事件の後の事を聞きたいって。被害者や遺族に対してどう思ってるのかとか」
「犯人の子のクセに、申し訳ないとか思ってないみたいで。
おかしいでしょ。代わりに謝れって思うじゃない。被害者遺族は理不尽に家族を殺されてるっていうのに」
「そうよ。私達は悪くない。代弁してあげてるのよ」
彼女達はそう言って、正当化する言葉を連ねて行くが、笠松が低い声で言った。
「黙れ。何様だよ、お前ら。梶浦のお父さんは、無実だったんだよ。誤認逮捕されたんだよ」
「嘘よ!証拠を見せなさいよ!」
「百歩譲っても、父親の罪は子供に関係ない」
琴美が言うと、彼女らは顔を歪め、
「きれいごとよ!」
「世間はそうは思わないわよ!」
と言い、逃げるように走り去った。
追いかけるか迷った坂上は、律子が真っ青な顔で立ち尽くしているのに目をやった。
「ああ、えっと……うん。別にお姉さんは、記事にしたわけでもないしさ」
それに、笠松と琴美も続く。
「そうそう。気にするなよ」
「りっちゃんは悪くないよ。
それにお姉さん、誤認逮捕されたまま亡くなった梶浦さんの子供として訊いたのかも知れないよ」
それに律子は強張った笑みを浮かべた。
「そうね」
「まあ、あれだ。これでビラは、やめるんじゃないかな?流石にやらないだろう、自分達だってばれたんだし」
無理矢理笑って坂上が言い、それでぎこちなく4人は笑い、歩き出した。
確かにビラはなくなった。
しかしこの騒ぎが、新たな事件を呼ぶ――いや、その事件を再開させるきっかけになるとは、誰にも予想はできなかった。
廊下にも違う学年の生徒まで来て、教室を覗き込んでいる。そして中には、
「梶浦瀬蓮って、どれ?」
と無遠慮に訊いて行く。
黒板の文字を、何人もが写真に撮っている。
セレは、心が冷えて行くような気がした。
「バカみたいだな!」
笠松が、乱暴な手つきでその文字を消していった。しかしよほど強く書いたのか、なかなか消えないで跡が残る。それを力を入れて、執拗に、消そうとする。
「いいよ、もう」
「梶浦」
「ありがとう、ゲル」
「怒れよ。こんな事したやつ」
セレは苦笑を浮かべた。
「まあ、小学校や中学校の頃で慣れた」
「慣れるな!」
笠松は怒り、怒鳴りつけた。
「なあ、殺人者の子って本当に?」
クラスの1人が訊く。
それに皆、慌てた様子を見せたが、やはり気になるという顔付きをしている。
「誤認逮捕だった。報道はほとんどされてないけど」
それに、笠松と琴美が「ひらめいた」と言わんばかりの顔をした。
「じゃあ、マスコミに本当の事を書いてもらえばいいじゃないか」
「それでまた余計な騒動になるのはごめんだ」
「だって、マスコミが広めたせいでしょ。家族の事まで」
「そのマスコミだぞ。信じられるか」
セレは冷笑を浮かべる。
律子は困ったような顔をしていたが、言った。
「じゃあ、事実に反したことを広めたとして、この落書きを書いた人を訴えるとか。
ね?法律は公平よ。法律は弱者の味方よ」
セレは律子に、冷たい目を向けた。
「法律が公平?法律は、公平でもなければ、弱者を助けもしない。知っている者が利用するだけだ」
その場にいた皆は、その声音と目の冷たさに、教室の室温が下がったような気がした。
父親が逮捕された後、家の周囲はマスコミに囲まれ、電話では24時間ずっと
「人殺し」
「家族も死んで詫びろ」
などと言われたし、ドアや壁に「人殺しの家」「出て行け」「死ね」などというビラが貼られたり、ペンキで書かれたりした。
今回、家は公安のフォローもあるのか、特定されていない。その代わり学校では、登校したらまず靴箱や机の貼り紙を剥がし、いたずら書きを消すところから始めなければならなくなった。
どうしても学校へ行きたいとも思えなかったが、薬師の意向もあり、そのまま通学している。
まあ、もうすぐに定期テストで、その後は試験休みだ。夏休みの間に飽きるだろうと、セレは考えていたのだが。
律子は正義感が強いしっかり者で、こういう手合いが許せないと思っていたし、笠松は何かとコンビになるセレを、相棒だと思っている。琴美は律子と仲が良くていつも一緒にいるというのもあり、坂上は美少女コンビがいるのでいい所を見せたいというのがあったが、4人共、義憤に駆られている。それで、嫌がらせがエスカレートしないようにと、これまで以上にセレにくっついて行動するようになっていた。
そんな中、ビラを貼る人間を捕まえた。
正確には、どうやって犯人を捕まえてやろうかと、家の方向が違うセレと別れてから4人が相談しながら歩いていると、喉が渇いたのでコンビニに入り、女子生徒がビラをコピーしている所を見付け、問いただしたのだ。
「お前ら、何でこんな事をするんだ?」
笠松が言うと、コピーしていた女子2人は、ふてぶてしくしながら反論する。
「だって、あんな大事件の犯人の子だもん。怖いでしょ」
「そうよ。みんなの知る権利よ。私達、悪い事してないもん」
「ビラを貼っただけでしょ。暴力とか振るってないし」
それに坂上が、怒りをあらわにして言う。
「物理的に振るってないだけだろ」
コンビニ前でケンカ腰に睨み合う高校生を、通りすがりの人や店に出入りする人が何事かと見ていく。店員は、もしもの時は警察を呼ばないといけないと、ずっと様子を窺っている。
「あなた達の方がずっと怖いわよ。それも梶浦君のお父さんは無実だったのに」
琴美が言うと、彼女達は顔を見合わせ、
「だって、あの人もそういってたし。父親だからそう言ってただけに決まってるでしょ」
と言い出す。
それに、今度は4人の方が顔を見合わせた。
「そもそも、何でこの事を知ったんだ?それにあの人って?」
笠松が訊く。
「桐原結子って人が通用門の先で待ち構えてて、話しかけるのを見てたから」
「妹が同じクラスって言ってたわ」
それで再び、4人は顔を見合わせた。律子は血の気が引き出した。
「何て?」
琴美が訊く。
「事件の後の事を聞きたいって。被害者や遺族に対してどう思ってるのかとか」
「犯人の子のクセに、申し訳ないとか思ってないみたいで。
おかしいでしょ。代わりに謝れって思うじゃない。被害者遺族は理不尽に家族を殺されてるっていうのに」
「そうよ。私達は悪くない。代弁してあげてるのよ」
彼女達はそう言って、正当化する言葉を連ねて行くが、笠松が低い声で言った。
「黙れ。何様だよ、お前ら。梶浦のお父さんは、無実だったんだよ。誤認逮捕されたんだよ」
「嘘よ!証拠を見せなさいよ!」
「百歩譲っても、父親の罪は子供に関係ない」
琴美が言うと、彼女らは顔を歪め、
「きれいごとよ!」
「世間はそうは思わないわよ!」
と言い、逃げるように走り去った。
追いかけるか迷った坂上は、律子が真っ青な顔で立ち尽くしているのに目をやった。
「ああ、えっと……うん。別にお姉さんは、記事にしたわけでもないしさ」
それに、笠松と琴美も続く。
「そうそう。気にするなよ」
「りっちゃんは悪くないよ。
それにお姉さん、誤認逮捕されたまま亡くなった梶浦さんの子供として訊いたのかも知れないよ」
それに律子は強張った笑みを浮かべた。
「そうね」
「まあ、あれだ。これでビラは、やめるんじゃないかな?流石にやらないだろう、自分達だってばれたんだし」
無理矢理笑って坂上が言い、それでぎこちなく4人は笑い、歩き出した。
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