11 / 41
スパイ狩り(1)国家機密の漏洩
しおりを挟む
その仕事は、取り立てて障害があるようにも思えなかった。
情報を売るのは普通のサラリーマンで、相手こそプロのスパイとは言え、グループで動いているわけでもないようで、殺すのに手こずるとも思えなかった。
『あれかな』
モトの声がして、セレは、
「了解」
と短く返した。
日本の自衛隊に武器を納入している会社の社員が、アジアのとある国に出張へ行った時、現地のスパイに麻薬所持の濡れ衣を着せられた。麻薬所持は死刑という法律があっただけでなく、ろくな捜査もないことが有名な国で、サラリーマン――東條智宏はかなり動揺したらしい。情報を流すならという取引に応じ、スパイに仕立て上げられたのだ。
最初は大した情報を要求されなかったらしい。社員の噂程度のもので、誰でもその気になれば手に入るようなもの。
それがだんだんと要求が上がって行き、気が付けば機密情報に及んでいたのだ。
これはスパイの、常套手段だ。「この程度なら」と思わせて罪の意識を鈍くし、いつの間にか本当に大事な情報も漏らしてしまうようになっているのだ。
そのために、この東條とスパイを殺し、渡そうとしている情報を収めたディスクを破棄せよという命令が下りて来た。
東條は社員専用の会社のバスで駅に出ると、コンビニに入り、イートインスペースでコーヒーを飲み始めた。2人がけのテーブルが4つという狭いスペースだ。そこに同じくスーツ姿のサラリーマンが来ると、空いていた東條の後ろの席に座り、コーヒーを飲み出す。
そのまま待っていると、足元の自分のビジネスバッグと一緒に東條が置いたコンビニの小袋を持って立ち上がる。そして、空になったカップをゴミ箱に捨てると、何食わぬ顔で出て行った。
そして東條も数秒置いて立ち上がると、店を出て反対側へ歩き出した。
これまで情報を渡す相手がわからなかったので、受け渡しを待つ以外方法がなかったのだ。
モトがこのスパイを追い、セレは東條を殺しに向かう。
お誂え向きに、東條は人気の少ない方へと歩いて行く。
セレは足音を立てずに近付き、追い抜く瞬間に、東條の脾臓にナイフを押し込んだ。
東條は苦悶の表情を浮かべたが、激痛の為に声も出せない。そしてそのままズルズルと倒れ込んで行った。
後は素早く姿を消すだけだ。
しかしここで、モトから焦ったような声がした。
『なんだ、こいつら!?』
セレはモトの向かった方を見た。
「どうした」
『妨害だ。仲間かも知れん』
「リク」
『その神社に入って、社殿の右奥に進んで』
リクのナビゲートに従い、セレはその神主もいない小さな神社を突っ切る。
小さい鳥居の向こうで、モトが欧米人と殴り合っているのが見えた。
ガタイのいい男だ。モトも近接格闘が好きだが、この男も同じタイプらしい。
「もう1人が追って行った!」
殴り合いながら、顎でモトが指す方へとセレは向かう。
「シーット!」
男は小さく舌打ちし、更に激しくモトと殴り合い始めた。
セレが追いかけて行くと、スパイが走って行くのを、欧米人が追いかけているのが見えた。
スパイはアジア人だが、妨害したのは欧米人だ。
(味方じゃないのか?これは、3つ目の組織?)
考えながら走っていると、運のいい事に、こちらが停めた車の方へと走って行く。
スパイは道端に停めた車に飛び乗り、発進した。追っていた欧米人は悔し気にあたりをキョロキョロしている。そしてセレは、自分達の車に飛び乗った。スパイの停めた車の、2台手前だ。
梶浦瀬蓮名義の免許証はないが、偽造した別人名義の免許証ならある。
走って行くと、まだ殴り合いをしていたモトと欧米人が出て来たので、ぶつける勢いで近付くと、サッと2人は離れ、モトは助手席に飛び乗って来た。
ドアを閉めるのも待たずに発進させる。
「何なんだ、あいつら」
「知らん。くそ!」
モトは悔しそうに頭を掻き、深呼吸して前方に目を凝らした。
「リク、白のセダン」
セレがナンバーを告げると、すぐにリクから返事が入った。
『いた!そのままその道を進んで、2つ目の信号を左』
ナビゲートされるがままに車を運転させていくと、交通量の少ない道に入って行き、スパイの乗って行った車が見えて来た。
「見付けたぜ」
「あ、あいつらも来た」
ミラーの中に、鬼のような形相をした欧米人コンビの乗った車が猛追して来るのが映っていた。
情報を売るのは普通のサラリーマンで、相手こそプロのスパイとは言え、グループで動いているわけでもないようで、殺すのに手こずるとも思えなかった。
『あれかな』
モトの声がして、セレは、
「了解」
と短く返した。
日本の自衛隊に武器を納入している会社の社員が、アジアのとある国に出張へ行った時、現地のスパイに麻薬所持の濡れ衣を着せられた。麻薬所持は死刑という法律があっただけでなく、ろくな捜査もないことが有名な国で、サラリーマン――東條智宏はかなり動揺したらしい。情報を流すならという取引に応じ、スパイに仕立て上げられたのだ。
最初は大した情報を要求されなかったらしい。社員の噂程度のもので、誰でもその気になれば手に入るようなもの。
それがだんだんと要求が上がって行き、気が付けば機密情報に及んでいたのだ。
これはスパイの、常套手段だ。「この程度なら」と思わせて罪の意識を鈍くし、いつの間にか本当に大事な情報も漏らしてしまうようになっているのだ。
そのために、この東條とスパイを殺し、渡そうとしている情報を収めたディスクを破棄せよという命令が下りて来た。
東條は社員専用の会社のバスで駅に出ると、コンビニに入り、イートインスペースでコーヒーを飲み始めた。2人がけのテーブルが4つという狭いスペースだ。そこに同じくスーツ姿のサラリーマンが来ると、空いていた東條の後ろの席に座り、コーヒーを飲み出す。
そのまま待っていると、足元の自分のビジネスバッグと一緒に東條が置いたコンビニの小袋を持って立ち上がる。そして、空になったカップをゴミ箱に捨てると、何食わぬ顔で出て行った。
そして東條も数秒置いて立ち上がると、店を出て反対側へ歩き出した。
これまで情報を渡す相手がわからなかったので、受け渡しを待つ以外方法がなかったのだ。
モトがこのスパイを追い、セレは東條を殺しに向かう。
お誂え向きに、東條は人気の少ない方へと歩いて行く。
セレは足音を立てずに近付き、追い抜く瞬間に、東條の脾臓にナイフを押し込んだ。
東條は苦悶の表情を浮かべたが、激痛の為に声も出せない。そしてそのままズルズルと倒れ込んで行った。
後は素早く姿を消すだけだ。
しかしここで、モトから焦ったような声がした。
『なんだ、こいつら!?』
セレはモトの向かった方を見た。
「どうした」
『妨害だ。仲間かも知れん』
「リク」
『その神社に入って、社殿の右奥に進んで』
リクのナビゲートに従い、セレはその神主もいない小さな神社を突っ切る。
小さい鳥居の向こうで、モトが欧米人と殴り合っているのが見えた。
ガタイのいい男だ。モトも近接格闘が好きだが、この男も同じタイプらしい。
「もう1人が追って行った!」
殴り合いながら、顎でモトが指す方へとセレは向かう。
「シーット!」
男は小さく舌打ちし、更に激しくモトと殴り合い始めた。
セレが追いかけて行くと、スパイが走って行くのを、欧米人が追いかけているのが見えた。
スパイはアジア人だが、妨害したのは欧米人だ。
(味方じゃないのか?これは、3つ目の組織?)
考えながら走っていると、運のいい事に、こちらが停めた車の方へと走って行く。
スパイは道端に停めた車に飛び乗り、発進した。追っていた欧米人は悔し気にあたりをキョロキョロしている。そしてセレは、自分達の車に飛び乗った。スパイの停めた車の、2台手前だ。
梶浦瀬蓮名義の免許証はないが、偽造した別人名義の免許証ならある。
走って行くと、まだ殴り合いをしていたモトと欧米人が出て来たので、ぶつける勢いで近付くと、サッと2人は離れ、モトは助手席に飛び乗って来た。
ドアを閉めるのも待たずに発進させる。
「何なんだ、あいつら」
「知らん。くそ!」
モトは悔しそうに頭を掻き、深呼吸して前方に目を凝らした。
「リク、白のセダン」
セレがナンバーを告げると、すぐにリクから返事が入った。
『いた!そのままその道を進んで、2つ目の信号を左』
ナビゲートされるがままに車を運転させていくと、交通量の少ない道に入って行き、スパイの乗って行った車が見えて来た。
「見付けたぜ」
「あ、あいつらも来た」
ミラーの中に、鬼のような形相をした欧米人コンビの乗った車が猛追して来るのが映っていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
護堂先生と神様のごはん
栗槙ひので
キャラ文芸
亡くなった叔父の家を譲り受ける事になった、中学校教師の護堂夏也は、山間の町の古い日本家屋に引っ越して来た。静かな一人暮らしが始まるはずが、引っ越して来たその日から、食いしん坊でへんてこな神様と一緒に暮らす事になる。
気づけば、他にも風変わりな神様や妖怪まで現れて……。
季節を通して巡り合う、神様や妖怪達と織り成す、ちょっと風変わりな日々。お腹も心もほっこり温まる、ほのぼの田舎暮らし奇譚。
2019.10.8 エブリスタ 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得
2019.10.29 エブリスタ 現代ファンタジー月別ランキング一位獲得
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
風と翼
田代剛大
キャラ文芸
相模高校の甲子園球児「風間カイト」はあるとき、くのいちの少女「百地翼」によって甲賀忍者にスカウトされる。時代劇のエキストラ募集と勘違いしたカイトが、翼に連れられてやってきたのは、滋賀県近江にある秘境「望月村」だった。そこでは、甲賀忍者と伊賀忍者、そして新進気鋭の大企業家「織田信長」との三つ巴の戦いが繰り広げられていた。
戦国時代の史実を現代劇にアレンジした新感覚時代小説です!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
便利屋ブルーヘブン、営業中。~そのお困りごと、大天狗と鬼が解決します~
卯崎瑛珠
キャラ文芸
とあるノスタルジックなアーケード商店街にある、小さな便利屋『ブルーヘブン』。
店主の天さんは、実は天狗だ。
もちろん人間のふりをして生きているが、なぜか問題を抱えた人々が、吸い寄せられるようにやってくる。
「どんな依頼も、断らないのがモットーだからな」と言いつつ、今日も誰かを救うのだ。
神通力に、羽団扇。高下駄に……時々伸びる鼻。
仲間にも、実は大妖怪がいたりして。
コワモテ大天狗、妖怪チート!?で、世直しにいざ参らん!
(あ、いえ、ただの便利屋です。)
-----------------------------
ほっこり・じんわり大賞奨励賞作品です。
アルファポリス文庫より、書籍発売中です!
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
MASK 〜黒衣の薬売り〜
天瀬純
キャラ文芸
【薬売り“黒衣 漆黒”による現代ファンタジー】
黒い布マスクに黒いスーツ姿の彼“薬売り”が紹介する奇妙な薬たち…。
いくつもの短編を通して、薬売りとの交流を“あらゆる人物視点”で綴られる現代ファンタジー。
ぜひ、お立ち寄りください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる