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相続でござる
舟遊び
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船は沖に浮かび、マグロ、ヨコワ、ブリ、ハマチ、カンパチ、サバと大量に釣り上げ、意気揚々と港に戻る。
船中では、最初こそ進太郎派と要之助派が警戒し合っていたが、釣れる毎に大騒ぎし、いつしか本気で楽しんでいた。
源之丞夫婦は体調をこじらせたから家で養生していると言うと、要之助とおえいの方は残念がった。
これも本気だろう。自分が世子になった時を考えれば。
「本当に、楽しゅうございますね」
酔ってそれどころではないおえいの方が言うと、いつか言っていた通りマグロを釣った佐奈は笑った。
「今夜は海の幸の御馳走ですよ。
その前に、潮風でベタベタしたので、湯で流して参りましょう」
と、浜辺の別宅数戸に分かれて散る。手早くするために、進太郎と要之助、おえいの方とお松の方、秀克と光三郎とに分かれて湯に入る事としていた。
要之助は、
(チャンスはここだ)
と決めていた。
後ろは海で、他の風呂を借りる家からやや離れている。運悪く賊に襲われても、誰かが駆けつけてくる頃には賊は海に逃げ去った後では仕方が無い。
そして、進太郎も覚悟していた。
(ここ以外にチャンスはない)
しかし、小刀に至るまで武器となるものは預けている。曰く、「潮風に当たったので早急に手入れを」と。
それで秀克や光三郎自らさっさと預けてしまったので、兄弟も倣わざるを得ない。なので、要之助派の者に襲わせるしかない筈だ。
湯をかぶり、ぬかで肌をよくこすって、湯に浸かる。
内心は緊張していたが、それでも気持ちがいい。湯に浸かると、思わず、
「ああ……」
と言ってしまう。
2人程度で丁度いい大きさの湯舟に並んで浸かり、お互いにその時を待ってドキドキするのを隠しながら会話を交わす。
「外海は思いのほか揺れたな」
「そうですね。でも、夕食が楽しみです」
そして、会話が続かずに黙る。
「そろそろ」
上がろうとする進太郎を、やや慌てて要之助が引き留める。
「まだいいじゃないですか。ああ、夕日がきれいですよ」
(何やってるんだ、早く来い)
「お、そうだなあ。真っ赤だ」
(やっぱりここか)
「明日は晴れですね」
(早くしてくれ。湯あたりするだろうが!)
「いい機会を与えてくれた。佐奈殿と秀克殿に感謝だな」
(本当に、いい機会だ)
我慢比べのように湯に浸かっていると、いきなり背後の戸が開いて覆面の男が刀を手に現れた。
「曲者!」
立ち上がる進太郎を、湯だってへろへろ気味な要之助が掴んで腕を押さえ、低く叫ぶ。
「お覚悟を!」
侵入者が刀を振りかぶった背後から、
「覚悟するのは貴様らだ」
という声と共に、秀克と光三郎が現れ、侵入者を苦も無く峰打ちで意識を奪った。
「こ、これは――!?」
狼狽える要之助の腕から抜け出して湯舟から上がった進太郎は、手早く着物を身に着けていく。
「話は向こうで聞こう」
「父上!?」
来ていない筈の大島が、苦虫を噛んだような顔で立っていた。
「そういうわけだ。ゆっくりと身なりを整えられよ」
言うと、光三郎がズルズルと侵入者を引きずって、秀克は刀を拾い上げ、皆、出て行った。
外では、佐奈が面白くないと腕組みをして待っていた。
「いや、佐奈。流石に、湯殿に突入する役はなあ」
「そうだぞ。それに、大して面白くも無かったしな。峰打ち一発だ」
秀克と光三郎が苦笑し、侵入者を縛り上げてから活を入れると、
「さあ。尻尾は抑えた」
「俺達も風呂に入って塩を流すか」
と、手早く風呂に入ろうと急ぎ足で向かった。
大島、進太郎、松の方、佐奈、秀克が並び、その前に向かい合って、要之助、おえいの方が並ぶ。そして、両サイドに、光三郎や両家家臣が並んだ。
「此度の事だけではない。進太郎を亡き者にしようと謀ったな」
大島が言うと、おえいの方は身を捩るようにして訴えた。
「濡れ衣でございます。此度の事も、あの者が勝手にした事でございます」
スッと、桔梗と楓が現れ、2人の前に皿を出す。
「このカステイラには阿片が混ぜてあった。おえい。そちが用意し、要之助に持って行かせた、見舞いの品じゃ」
2人はそれを睨みつけ、目を逸らせた。
「店で買い求めたものを、差し上げたに過ぎません」
「父上、兄上。先程は慌てて、つい兄上の後ろに隠れてしまいました。お恥ずかしい限りです」
しゃあしゃあと言う親子を、大島家家臣達は厳しい目で見ていた。
が、理由は様々だったらしい。
「殿!長子相続が基本なれば、相続されるのは本来要之助様の筈!」
「何を言うか!進太郎様こそ、ご正室松の方様のお子様。当然進太郎様が世子であろう!」
もめ始め、大島がウンザリとした顔をしたのち、
「黙れい!!」
と声を張り上げる。
「進太郎が世子。これは変わらぬ。
兄を殺さんとし、それを知らぬ存ぜぬで押し通さんとするものに、資格なし!
要之助は放逐、おえいは離縁とする」
「お待ちください!殿!」
「本宮家にいかな御迷惑をおかけしたか、わかっておらぬようだな。死罪でも足りぬくらいと知れ!」
そう言って冷たい目を親子に向け、大島と松の方、進太郎は立ち上がり、佐奈と秀克に頭を下げた。
船中では、最初こそ進太郎派と要之助派が警戒し合っていたが、釣れる毎に大騒ぎし、いつしか本気で楽しんでいた。
源之丞夫婦は体調をこじらせたから家で養生していると言うと、要之助とおえいの方は残念がった。
これも本気だろう。自分が世子になった時を考えれば。
「本当に、楽しゅうございますね」
酔ってそれどころではないおえいの方が言うと、いつか言っていた通りマグロを釣った佐奈は笑った。
「今夜は海の幸の御馳走ですよ。
その前に、潮風でベタベタしたので、湯で流して参りましょう」
と、浜辺の別宅数戸に分かれて散る。手早くするために、進太郎と要之助、おえいの方とお松の方、秀克と光三郎とに分かれて湯に入る事としていた。
要之助は、
(チャンスはここだ)
と決めていた。
後ろは海で、他の風呂を借りる家からやや離れている。運悪く賊に襲われても、誰かが駆けつけてくる頃には賊は海に逃げ去った後では仕方が無い。
そして、進太郎も覚悟していた。
(ここ以外にチャンスはない)
しかし、小刀に至るまで武器となるものは預けている。曰く、「潮風に当たったので早急に手入れを」と。
それで秀克や光三郎自らさっさと預けてしまったので、兄弟も倣わざるを得ない。なので、要之助派の者に襲わせるしかない筈だ。
湯をかぶり、ぬかで肌をよくこすって、湯に浸かる。
内心は緊張していたが、それでも気持ちがいい。湯に浸かると、思わず、
「ああ……」
と言ってしまう。
2人程度で丁度いい大きさの湯舟に並んで浸かり、お互いにその時を待ってドキドキするのを隠しながら会話を交わす。
「外海は思いのほか揺れたな」
「そうですね。でも、夕食が楽しみです」
そして、会話が続かずに黙る。
「そろそろ」
上がろうとする進太郎を、やや慌てて要之助が引き留める。
「まだいいじゃないですか。ああ、夕日がきれいですよ」
(何やってるんだ、早く来い)
「お、そうだなあ。真っ赤だ」
(やっぱりここか)
「明日は晴れですね」
(早くしてくれ。湯あたりするだろうが!)
「いい機会を与えてくれた。佐奈殿と秀克殿に感謝だな」
(本当に、いい機会だ)
我慢比べのように湯に浸かっていると、いきなり背後の戸が開いて覆面の男が刀を手に現れた。
「曲者!」
立ち上がる進太郎を、湯だってへろへろ気味な要之助が掴んで腕を押さえ、低く叫ぶ。
「お覚悟を!」
侵入者が刀を振りかぶった背後から、
「覚悟するのは貴様らだ」
という声と共に、秀克と光三郎が現れ、侵入者を苦も無く峰打ちで意識を奪った。
「こ、これは――!?」
狼狽える要之助の腕から抜け出して湯舟から上がった進太郎は、手早く着物を身に着けていく。
「話は向こうで聞こう」
「父上!?」
来ていない筈の大島が、苦虫を噛んだような顔で立っていた。
「そういうわけだ。ゆっくりと身なりを整えられよ」
言うと、光三郎がズルズルと侵入者を引きずって、秀克は刀を拾い上げ、皆、出て行った。
外では、佐奈が面白くないと腕組みをして待っていた。
「いや、佐奈。流石に、湯殿に突入する役はなあ」
「そうだぞ。それに、大して面白くも無かったしな。峰打ち一発だ」
秀克と光三郎が苦笑し、侵入者を縛り上げてから活を入れると、
「さあ。尻尾は抑えた」
「俺達も風呂に入って塩を流すか」
と、手早く風呂に入ろうと急ぎ足で向かった。
大島、進太郎、松の方、佐奈、秀克が並び、その前に向かい合って、要之助、おえいの方が並ぶ。そして、両サイドに、光三郎や両家家臣が並んだ。
「此度の事だけではない。進太郎を亡き者にしようと謀ったな」
大島が言うと、おえいの方は身を捩るようにして訴えた。
「濡れ衣でございます。此度の事も、あの者が勝手にした事でございます」
スッと、桔梗と楓が現れ、2人の前に皿を出す。
「このカステイラには阿片が混ぜてあった。おえい。そちが用意し、要之助に持って行かせた、見舞いの品じゃ」
2人はそれを睨みつけ、目を逸らせた。
「店で買い求めたものを、差し上げたに過ぎません」
「父上、兄上。先程は慌てて、つい兄上の後ろに隠れてしまいました。お恥ずかしい限りです」
しゃあしゃあと言う親子を、大島家家臣達は厳しい目で見ていた。
が、理由は様々だったらしい。
「殿!長子相続が基本なれば、相続されるのは本来要之助様の筈!」
「何を言うか!進太郎様こそ、ご正室松の方様のお子様。当然進太郎様が世子であろう!」
もめ始め、大島がウンザリとした顔をしたのち、
「黙れい!!」
と声を張り上げる。
「進太郎が世子。これは変わらぬ。
兄を殺さんとし、それを知らぬ存ぜぬで押し通さんとするものに、資格なし!
要之助は放逐、おえいは離縁とする」
「お待ちください!殿!」
「本宮家にいかな御迷惑をおかけしたか、わかっておらぬようだな。死罪でも足りぬくらいと知れ!」
そう言って冷たい目を親子に向け、大島と松の方、進太郎は立ち上がり、佐奈と秀克に頭を下げた。
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