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祝言でござる
チャンス到来
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また今日もこっそりと出かけようと、袴を着け、髪をひとつに束ね、刀を掴んだところで、声がかかった。
「佐奈。入るぞ」
「ゲッ」
「げ?」
障子が開き、父親が入って来た。
「……佐奈……」
「おはようございます、父上。今日もいい天気でございますよ!ご覧になりましたか。池の奥の木にかけられた鳥の巣の雛が、飛ぶ練習をしておりますよ」
「おお、そうか」
「はい。それはもう、かわいいもので」
「ほうほう。見に行って――違う。佐奈、どこへ行くつもりじゃ」
「稽古です!」
「佐奈。わかっておろうな?嫁入り前であるぞ?今ケガでもいたしたらどういたす」
「唾でもつけときゃ治りますとも!」
父親はがっくりと肩を落とした。
「祝言の許可は頂いたが、まあ、一度くらいはその前に顔を合わせても良かろう。どうじゃ」
佐奈は即、首を振った。
「今は忙しゅうございます。それに、もう決定しておるのならば、祝言当日でも構いますまい。
それより、これは大事な事にございます」
「祝言よりもか」
「はい。藩の浮沈にかかわるやも」
「何!?佐奈。そなた、何をしておるのだ?」
父親は心配そうな顔になったが、『藩の浮沈』という言葉に表情を引き締めた。
「詳しく申してみよ」
「ああ……刻限です。続きは後程帰ってからという事で」
「佐奈、待て」
「師匠がその件で来るはずですから」
「何?内田は知っておるのか」
少し拗ねたような顔をする。
「宗二郎が昨日のうちに話している筈ですから」
「そうか。昨夜か」
「ではこれにて」
ダッと走り出す。
「あっ!おひい様!!」
慌てたばあやの声がしたが、後ろを見ずにとっとと逃げた。
いつも通りなまこ塀の向こうに出ると、そこには宗二郎がいた。
「宗二郎。おはよう、どうしたのだ?」
「おはよう。父上とここまで一緒に来たんだよ。
それより、妙に息が上がってるけど?」
「ばあやが若党達に捕縛命令を出したのでな。危ないところであった。ふう。
しかし、まだまだ温い」
佐奈――いや佐之輔はフッと笑い、2人は並んで歩き出した。
道場の皆は、首を捻った。昨日と違い、秀克がやけにスッキリとした様子で調子がいいのだ。
「何があったのだ?」
「女か」
「女ぁ?佐奈様との祝言を控えてか?」
「実は昨日の夜、吉原に入って行く秀克を見かけたんだ」
佐之輔は竹刀を取り落とし、光三郎は嘆息した。
佐之輔は、白菊という遊女の事を思い出していた。
(志津と呼んでいたなあ。向こうも秀克を知っているみたいだったし。
そうか。秀克も男なんだなあ。そういう所に行くんだ。ふうん)
そう思うと、知らず、拾い上げた竹刀を握る手に力が入り、ふふふと笑いながら左の掌にパン、パン、と打ち付ける。
「ど、どうした佐之輔?」
年上の弟子が、怯んだように言った。
「佐之輔も宗二郎もまだこど――若いからわからないだろうが、いずれわかる。男はそういうものだ。不実でも何でもないぞ?」
「そ、そうだぞ?その内お前らも岡場所に連れて行ってやるから。な?」
「ふふふ。お気遣いありがとうございます。別に、不実だとか思ってないですから。
秀克!相手をしろ!」
その背中を見送って、彼らは小声で言った。
「いや、思い切り思ってるよな?あれ、清廉だと思っていた兄がそういう所に行ったと知って、弟が怒ってるようなものだろ?」
「お子様には早かったか……」
苛烈に打ち合う佐之輔と秀克を見ながら、宗二郎と光三郎は嘆息した。
散々打ち合って、息を弾ませながら壁際に座り込む。
「白菊か」
「ああ。気付いたか」
「一緒になりたいのなら、何とか協力してやるぞ」
「あれとはそんなんじゃない」
「そうか」
「帰りに話す事がある」
「わかった。
ようし。もう1本!」
知らず、佐之輔も秀克も、笑っていた。
稽古を終え、4人は直太朗とも合流して、宗二郎の部屋で相談していた。
「――というわけで、近々南方は身請けのための金子を調達する筈だ」
秀克の報告に、皆が唸った。
「公金を何だと思っておるのだ。全く」
「身請けかあ。数百両でしょう?そんな大金どうやって?今は普請もないのに」
宗二郎と直太朗は首を捻る。
「いくら何でも目立つ。しかし、今ならば目立たなくなる方法がある。佐奈様のご婚礼だ」
秀克の言葉に、皆が膝を打った。
「なるほど。支払先もたくさんだし誤魔化しやすそうだな。例えば、50両請求するところを100両請求させて、差額の50両をいただくというやり方か」
光三郎は言った。
「では、お仕度に利用されるお店を調べればいいのですね」
「しかし、認めるかな、店側が」
「認める店を使えばいいんじゃ?」
ニタリと佐之輔が笑い、秀克が
「近江屋だな」
とニタリと笑い返す。
「お主ら、似て来たのう」
光三郎が言った。
「佐奈。入るぞ」
「ゲッ」
「げ?」
障子が開き、父親が入って来た。
「……佐奈……」
「おはようございます、父上。今日もいい天気でございますよ!ご覧になりましたか。池の奥の木にかけられた鳥の巣の雛が、飛ぶ練習をしておりますよ」
「おお、そうか」
「はい。それはもう、かわいいもので」
「ほうほう。見に行って――違う。佐奈、どこへ行くつもりじゃ」
「稽古です!」
「佐奈。わかっておろうな?嫁入り前であるぞ?今ケガでもいたしたらどういたす」
「唾でもつけときゃ治りますとも!」
父親はがっくりと肩を落とした。
「祝言の許可は頂いたが、まあ、一度くらいはその前に顔を合わせても良かろう。どうじゃ」
佐奈は即、首を振った。
「今は忙しゅうございます。それに、もう決定しておるのならば、祝言当日でも構いますまい。
それより、これは大事な事にございます」
「祝言よりもか」
「はい。藩の浮沈にかかわるやも」
「何!?佐奈。そなた、何をしておるのだ?」
父親は心配そうな顔になったが、『藩の浮沈』という言葉に表情を引き締めた。
「詳しく申してみよ」
「ああ……刻限です。続きは後程帰ってからという事で」
「佐奈、待て」
「師匠がその件で来るはずですから」
「何?内田は知っておるのか」
少し拗ねたような顔をする。
「宗二郎が昨日のうちに話している筈ですから」
「そうか。昨夜か」
「ではこれにて」
ダッと走り出す。
「あっ!おひい様!!」
慌てたばあやの声がしたが、後ろを見ずにとっとと逃げた。
いつも通りなまこ塀の向こうに出ると、そこには宗二郎がいた。
「宗二郎。おはよう、どうしたのだ?」
「おはよう。父上とここまで一緒に来たんだよ。
それより、妙に息が上がってるけど?」
「ばあやが若党達に捕縛命令を出したのでな。危ないところであった。ふう。
しかし、まだまだ温い」
佐奈――いや佐之輔はフッと笑い、2人は並んで歩き出した。
道場の皆は、首を捻った。昨日と違い、秀克がやけにスッキリとした様子で調子がいいのだ。
「何があったのだ?」
「女か」
「女ぁ?佐奈様との祝言を控えてか?」
「実は昨日の夜、吉原に入って行く秀克を見かけたんだ」
佐之輔は竹刀を取り落とし、光三郎は嘆息した。
佐之輔は、白菊という遊女の事を思い出していた。
(志津と呼んでいたなあ。向こうも秀克を知っているみたいだったし。
そうか。秀克も男なんだなあ。そういう所に行くんだ。ふうん)
そう思うと、知らず、拾い上げた竹刀を握る手に力が入り、ふふふと笑いながら左の掌にパン、パン、と打ち付ける。
「ど、どうした佐之輔?」
年上の弟子が、怯んだように言った。
「佐之輔も宗二郎もまだこど――若いからわからないだろうが、いずれわかる。男はそういうものだ。不実でも何でもないぞ?」
「そ、そうだぞ?その内お前らも岡場所に連れて行ってやるから。な?」
「ふふふ。お気遣いありがとうございます。別に、不実だとか思ってないですから。
秀克!相手をしろ!」
その背中を見送って、彼らは小声で言った。
「いや、思い切り思ってるよな?あれ、清廉だと思っていた兄がそういう所に行ったと知って、弟が怒ってるようなものだろ?」
「お子様には早かったか……」
苛烈に打ち合う佐之輔と秀克を見ながら、宗二郎と光三郎は嘆息した。
散々打ち合って、息を弾ませながら壁際に座り込む。
「白菊か」
「ああ。気付いたか」
「一緒になりたいのなら、何とか協力してやるぞ」
「あれとはそんなんじゃない」
「そうか」
「帰りに話す事がある」
「わかった。
ようし。もう1本!」
知らず、佐之輔も秀克も、笑っていた。
稽古を終え、4人は直太朗とも合流して、宗二郎の部屋で相談していた。
「――というわけで、近々南方は身請けのための金子を調達する筈だ」
秀克の報告に、皆が唸った。
「公金を何だと思っておるのだ。全く」
「身請けかあ。数百両でしょう?そんな大金どうやって?今は普請もないのに」
宗二郎と直太朗は首を捻る。
「いくら何でも目立つ。しかし、今ならば目立たなくなる方法がある。佐奈様のご婚礼だ」
秀克の言葉に、皆が膝を打った。
「なるほど。支払先もたくさんだし誤魔化しやすそうだな。例えば、50両請求するところを100両請求させて、差額の50両をいただくというやり方か」
光三郎は言った。
「では、お仕度に利用されるお店を調べればいいのですね」
「しかし、認めるかな、店側が」
「認める店を使えばいいんじゃ?」
ニタリと佐之輔が笑い、秀克が
「近江屋だな」
とニタリと笑い返す。
「お主ら、似て来たのう」
光三郎が言った。
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