一大事!

JUN

文字の大きさ
上 下
10 / 25
祝言でござる

白菊

しおりを挟む
 遊女は、自分から相手に会いに行く事はできない。そこで、相手が来てくれるのを待つしかない。ところが、揚げ代というのもがかかるので、人と場合によっては、遊女が自腹を切って男を呼んで会う事がある。
 今夜の白菊がそれだった。
 手紙自体は、馴染みの客などに出す事がある。言うなれば、セールスだ。白菊は書いた手紙を届けてもらい、秀克が来るのを待っていた。
 秀克は入り口で刀を預けて部屋に通され、酒を飲んで待っていた。
(何を言おう。まあ、今更家の事などは言うまい。
 朝顔とやらや、南方親子の事だろうか)
 視線を転じれば、猫の置物があった。
(佐之輔は、無鉄砲で本当に目が離せんな。全く。おなごのようにかわいい顔をしていながら困っている人を見れば躊躇なく手を差し伸べる。
 しかし、猫を助けて自分が下りられないとは……)
 思い出すと、笑えて来る。
 受け止めるから飛び降りろと言って、渋るのをどうにか飛び降りさせたのだ。
(しかし、意外と胸筋は鍛えてあるのか硬かったな。全体的には柔らかい感じだったのだが……)
 受け止めた感触を思い出す。小柄で細くて軽かったが、不思議と胸は鍛えてあった。
(おかしな鍛え方だな)
 首をひねっていると、白菊があらわれる。
「志――白菊」
「ようこそ」
 白菊は指をついて挨拶をし、秀克のそばに座ると、酒器を取った。
「ありがとう存じます」
「いや……」
「……朝顔姉さんが言い出した事がありまして、お呼び立てを……」
「朝顔が。それは一体?」
「……南方琢磨様が、近々身請けをしてやると言ってくれたと」
「身請けだと?」
 遊女が吉原を出て行くには、27歳までという年季を務めあげるか、金を積んで落籍れるか、病などで死んで出て行くかである。
 落籍れる場合、楼主はその遊女が28歳になる日まで勤め上げて稼ぐであろう金額を身請け金として請求するので、売れっ子であればあるほど、若ければ若いほど、それは高額になる。少なくとも数百両はかかるだろう。
「朝顔姉さんなら、かなりの額になる筈です」
「ううむ」
 いくら何でも、そんな金があるとは思えなかった。
(これから、新たにやる気だな)
 どういう手口でやるのかはわからないが、藩金からそれを捻出しようとしている事は、容易に察しがつく。
「知らせてくれてありがとう。助かった」
 言うと、白菊は少し笑い、酒器を置いた。
「お礼なら……一晩でいい。一回でいい。志津を、妻にして下さい」
 むせるかと思った。
「志津……」
 秀克は、困り果てた。
「佐奈様に、遠慮なされていますか?それとも、佐奈様に後ろめたいですか。
 志津は子供の頃、ずっと願っておりました。大きくなったら、秀松様のお嫁様になりたいと」
 志津はそう言って、秀克の手に、白い手を重ねた。
「秀松様が成人されて秀克様となられ、益々、志津は恋い焦がれて参りました。家格の違いに絶望しながらも。
 祝言などという気もありません。一晩だけでいいのです」
 そう言って、ぶつかるように押し倒して来る。
 柔らかい胸に気付いた。
(柔らかいのだな、志津のは)
 何の気なしにそう思った。
「では、これではどうでありんすか。あっちを抱いておくんなんし」
 燃えるような、情念そのものといった志津の目が覗き込んで来る。
 その時、視界のすみに猫の置物が映った。
「すまない」
「佐奈様を」
「お会いした事もない」
「……」
「済まない、志津」
 秀克は、泣く女を、ただ抱きしめた。

 一晩中、琴を聞き、国許での思い出を語らい、星空を眺めていた。
 そして、
「どうかお幸せに」
という言葉に送られて、秀克は大門を出た。
 




 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鷹の翼

那月
歴史・時代
時は江戸時代幕末。 新選組を目の敵にする、というほどでもないが日頃から敵対する1つの組織があった。 鷹の翼 これは、幕末を戦い抜いた新選組の史実とは全く関係ない鷹の翼との日々。 鷹の翼の日常。日課となっている嫌がらせ、思い出したかのようにやって来る不定期な新選組の奇襲、アホな理由で勃発する喧嘩騒動、町の騒ぎへの介入、それから恋愛事情。 そんな毎日を見届けた、とある少女のお話。 少女が鷹の翼の門扉を、めっちゃ叩いたその日から日常は一変。 新選組の屯所への侵入は失敗。鷹の翼に曲者疑惑。崩れる家族。鷹の翼崩壊の危機。そして―― 複雑な秘密を抱え隠す少女は、鷹の翼で何を見た? なお、本当に史実とは別次元の話なので容姿、性格、年齢、話の流れ等は完全オリジナルなのでそこはご了承ください。 よろしくお願いします。

淡き河、流るるままに

糸冬
歴史・時代
天正八年(一五八〇年)、播磨国三木城において、二年近くに及んだ羽柴秀吉率いる織田勢の厳重な包囲の末、別所家は当主・別所長治の自刃により滅んだ。 その家臣と家族の多くが居場所を失い、他国へと流浪した。 時は流れて慶長五年(一六〇〇年)。 徳川家康が会津の上杉征伐に乗り出す不穏な情勢の中、淡河次郎は、讃岐国坂出にて、小さな寺の食客として逼塞していた。 彼の父は、淡河定範。かつて別所の重臣として、淡河城にて織田の軍勢を雌馬をけしかける奇策で退けて一矢報いた武勇の士である。 肩身の狭い暮らしを余儀なくされている次郎のもとに、「別所長治の遺児」を称する僧形の若者・別所源兵衛が姿を見せる。 福島正則の元に馳せ参じるという源兵衛に説かれ、次郎は武士として世に出る覚悟を固める。 別所家、そして淡河家の再興を賭けた、世に知られざる男たちの物語が動き出す。

抜け忍料理屋ねこまんま

JUN
歴史・時代
 里を抜けた忍者は、抜け忍として追われる事になる。久磨川衆から逃げ出した忍者、疾風、八雲、狭霧。彼らは遠く離れた地で新しい生活を始めるが、周囲では色々と問題が持ち上がる。目立ってはいけないと、影から解決を図って平穏な毎日を送る兄弟だが、このまま無事に暮らしていけるのだろうか……?

徳川家基、不本意!

克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。

女衒の流儀

ちみあくた
歴史・時代
時は慶応四年(1868年)。 大政奉還が行われたにも関わらず、迫る官軍の影に江戸の人々は怯え、一部の武士は上野寛永寺に立てこもって徹底抗戦の構えを見せている。 若き御家人・能谷桑二郎も又、上野へ行く意思を固めていた。 吉原へ一晩泊り、馴染みの遊女・汐路と熱い一時を過ごしたのも、この世の未練を断ち切る為だ。 翌朝、郭を出た桑二郎は、旧知の武士・戸倉伊助が「田吾作」と名乗る奇妙な女衒相手に往来で刀を抜き、手も足も出ない光景を目の当たりにする。 長い六尺棒を豪快に振るう田吾作の動きは何処か薩摩・示現流を彷彿させるもので、もしや密偵か、と勘繰る桑二郎。 伊助の仇を打つ名目で田吾作に喧嘩を売るものの、二人の戦いの行方は、汐路を巻き込み、彼の想定とは違う方向へ進んでいくのだった……。 エブリスタ、小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しております。

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

処理中です...