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祝言でござる
出会い
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江戸の町は祭りの日かと思うくらいに人が多く、その多くが忙しく走っていた。
「せわしないな、江戸という所は」
国表から来たばかりの秀克は、せかせか歩く往来の人々を見ながらそう言った。
上戸秀克。江戸からほど近い、さる藩の国家老の嫡男である。この度めでたく祝言の話が持ち上がり、いい機会だからと、参勤交代に同行して江戸へ行き見聞を広めよと殿様から直々に命じられ、また、道場での剣術修行の許可も得たのだ。
「目が回りそうだ」
光三郎が呆れたように言う。
林原光三郎。秀克の幼馴染である若侍で、下級武士の子である。同じく参勤交代に同行し、剣術修行の許可を得たので、揃って、道場に入門を願いに行くところだった。
「しかし、おなごは派手だがきれいだなあ。
おっと。秀克は嫁とりが決まったんだったな。お相手は佐奈姫様。よそ見する必要もないな」
秀克は肩を竦めた。
「そうかねえ」
「藩主の御息女だぞ。お美しいらしいぞ」
「きっと、我がままで高慢で金遣いが荒いとか、大人しくて詰まらないとか、どっちかだろう」
「偏見がひどいな、自分の嫁になろうという相手に」
光三郎は呆れたように言った。
「祝言は挙げるさ。親、上から言われた相手とするもんだというのはわかっている」
秀克はそう言って、目をやや下に向けた。
それで光三郎はおどけて言った。
「うむ。なあに。妻に不満があるやつは衆道で晴らせばいい」
「それもなあ。俺は興味が持てん」
「じゃあ、妾か?悪所通いはやめた方が良いぞ」
「するか。妾も、作るのを前提で祝言なんぞ挙げるか」
今度は秀克が呆れたように言って、辻にさしかかった。
と、それが目に入った。
「やめてください!」
「いいじゃねえかよ、な?」
若い商家の娘と奉公人らしき少女が、いかにもという感じの破落戸5人に囲まれて震えていた。
「ああいう手合いは、言う事がほとんど同じだな。創意工夫がない」
秀克はそう言うと、助けようとそちらに足を向けたが、次の光景に思わず足を止めて光三郎共々見入った。
いきなり飛び出して来た若侍が、破落戸の背中に飛び蹴りをしたのだ。
「ギャッ!?」
叫んで地面にカエルのように顔面から倒れ込むそいつを、全員が目を丸くして凝視する。
「嫌がっているだろうが。振られたんだから、どこかに行け」
若侍が胸を張って言う。
「……何だ、貴様」
「気にするな」
「ふざけるなよ、お侍さんよお」
起き上がったカエル男と他の破落戸達は、怒りの形相でその若侍を半円形に取り囲んだ。
それと同時に、もう1人の若侍が娘2人に近付いて、離れろと小声で促す。
「ただで済むと思ってるのか」
脅しか、中の1人が懐から短刀を出して抜いた。それを見て、他のやつらも各々抜く。
しかし若侍は表情を変えず、涼しい顔をしている。
「物騒だな」
「へっ!今更怖気づいたか、お侍のお坊ちゃんよ」
「いや、別に。刃物を向ければ、相手も刃物を向けるという事をわかっているのか?」
「舐めんなよ!」
言いながら、1人が突っ込んで行く。それを若侍は難なくいなして、足を払って転がした。
そして、近くにあったしんばり棒を掴んだ。
「ん、これでいいか」
「……後悔させてやるぞ、こらぁ!」
「後悔するのは君達って可能性は考えないのかな」
言いながら、飛び蹴りしなかった方の若侍が、やはり手近な棒を手にして構えた。
「やっちまえ!」
破落戸達は2人にかかって行った――が、その若侍達に簡単に打ち払われ、短刀を叩き落され、肩や足を打たれる。
「お、覚えていやがれ!」
これもまたありきたりな捨て台詞と共に、這う這うの体で逃げて行ったのだった。
「本当に覚えていたらどうするんだろうなあ」
光三郎が呑気に言い、こちらに気付いた彼らの所に秀克と光三郎は近付いて行った。
「たぶんあれは、そういう作法なのでは?」
飛び蹴りの方が笑って言い、光三郎が
「成程ねえ」
と納得した。
「お見事」
秀克は言った時、飛び蹴りの方の背後から、仲間が小刀を投げようとしているのが見えた。それで、スイと飛び蹴りの肩に手を置いて前に出、脇差を抜いて、飛来した小刀を叩き落した。
「ん?」
「クソッ」
バタバタと彼らは走って逃げる。
「お見事です」
秀克は脇差を納め、改めて2人の若侍に向き直った。
「大した手並みだ」
「いえ。ありがとうございました。私は志村佐之輔です」
飛び蹴りの方はまだ若く、前髪も下ろしている。細いし、少女のような顔立ちをしていた。
「私は内田宗二郎。町道場の道場主の倅です」
こちらも似たような年に見えたが、こちらは髷も結っている。
「私は上戸秀克だ」
秀克はすらりとした長身で、落ち着いた雰囲気がある。
「私は林原光三郎。
実は、道場へ入門願いに行く途中なのだ。内田道場というところなのだが、もしや、宗二郎殿の御実家かな」
「あはは。殿は結構ですよ。
内田道場は確かにうちですねえ。とにかく一緒に参りますか?私も帰る所ですから」
そういういきさつで、4人で一緒に内田道場へと歩き出した。
「参勤交代で江戸へいらしたんですか」
「そうなんだ。この秀克は祝言が決まったばかりでな。その前に一度、見聞を広めるのと剣術修行をせよとの許しを得てな」
「へえ。おめでとうございます」
「まあ、ありがとう」
「あんまり乗り気じゃないんですか?」
佐之輔が訊くのに、秀克は、
「そういうわけじゃないが、いきなり見もしない相手とだからな。まあ、こんなものだろ」
と苦笑した。
すると佐之輔も頷いた。
「わかります。武家の祝言はお家の為。
実は私もでして。相手はガチガチの石頭の面白みのない真面目人間に違いないです」
「お互い苦労するな」
秀克と佐之輔は苦笑し合った。
「ああ、そこです」
宗二郎が言うまでもなく、稽古の足音や竹刀を打ち合わせる音が聞こえて来、秀克と光三郎の目がいきいきと輝き出した。
「せわしないな、江戸という所は」
国表から来たばかりの秀克は、せかせか歩く往来の人々を見ながらそう言った。
上戸秀克。江戸からほど近い、さる藩の国家老の嫡男である。この度めでたく祝言の話が持ち上がり、いい機会だからと、参勤交代に同行して江戸へ行き見聞を広めよと殿様から直々に命じられ、また、道場での剣術修行の許可も得たのだ。
「目が回りそうだ」
光三郎が呆れたように言う。
林原光三郎。秀克の幼馴染である若侍で、下級武士の子である。同じく参勤交代に同行し、剣術修行の許可を得たので、揃って、道場に入門を願いに行くところだった。
「しかし、おなごは派手だがきれいだなあ。
おっと。秀克は嫁とりが決まったんだったな。お相手は佐奈姫様。よそ見する必要もないな」
秀克は肩を竦めた。
「そうかねえ」
「藩主の御息女だぞ。お美しいらしいぞ」
「きっと、我がままで高慢で金遣いが荒いとか、大人しくて詰まらないとか、どっちかだろう」
「偏見がひどいな、自分の嫁になろうという相手に」
光三郎は呆れたように言った。
「祝言は挙げるさ。親、上から言われた相手とするもんだというのはわかっている」
秀克はそう言って、目をやや下に向けた。
それで光三郎はおどけて言った。
「うむ。なあに。妻に不満があるやつは衆道で晴らせばいい」
「それもなあ。俺は興味が持てん」
「じゃあ、妾か?悪所通いはやめた方が良いぞ」
「するか。妾も、作るのを前提で祝言なんぞ挙げるか」
今度は秀克が呆れたように言って、辻にさしかかった。
と、それが目に入った。
「やめてください!」
「いいじゃねえかよ、な?」
若い商家の娘と奉公人らしき少女が、いかにもという感じの破落戸5人に囲まれて震えていた。
「ああいう手合いは、言う事がほとんど同じだな。創意工夫がない」
秀克はそう言うと、助けようとそちらに足を向けたが、次の光景に思わず足を止めて光三郎共々見入った。
いきなり飛び出して来た若侍が、破落戸の背中に飛び蹴りをしたのだ。
「ギャッ!?」
叫んで地面にカエルのように顔面から倒れ込むそいつを、全員が目を丸くして凝視する。
「嫌がっているだろうが。振られたんだから、どこかに行け」
若侍が胸を張って言う。
「……何だ、貴様」
「気にするな」
「ふざけるなよ、お侍さんよお」
起き上がったカエル男と他の破落戸達は、怒りの形相でその若侍を半円形に取り囲んだ。
それと同時に、もう1人の若侍が娘2人に近付いて、離れろと小声で促す。
「ただで済むと思ってるのか」
脅しか、中の1人が懐から短刀を出して抜いた。それを見て、他のやつらも各々抜く。
しかし若侍は表情を変えず、涼しい顔をしている。
「物騒だな」
「へっ!今更怖気づいたか、お侍のお坊ちゃんよ」
「いや、別に。刃物を向ければ、相手も刃物を向けるという事をわかっているのか?」
「舐めんなよ!」
言いながら、1人が突っ込んで行く。それを若侍は難なくいなして、足を払って転がした。
そして、近くにあったしんばり棒を掴んだ。
「ん、これでいいか」
「……後悔させてやるぞ、こらぁ!」
「後悔するのは君達って可能性は考えないのかな」
言いながら、飛び蹴りしなかった方の若侍が、やはり手近な棒を手にして構えた。
「やっちまえ!」
破落戸達は2人にかかって行った――が、その若侍達に簡単に打ち払われ、短刀を叩き落され、肩や足を打たれる。
「お、覚えていやがれ!」
これもまたありきたりな捨て台詞と共に、這う這うの体で逃げて行ったのだった。
「本当に覚えていたらどうするんだろうなあ」
光三郎が呑気に言い、こちらに気付いた彼らの所に秀克と光三郎は近付いて行った。
「たぶんあれは、そういう作法なのでは?」
飛び蹴りの方が笑って言い、光三郎が
「成程ねえ」
と納得した。
「お見事」
秀克は言った時、飛び蹴りの方の背後から、仲間が小刀を投げようとしているのが見えた。それで、スイと飛び蹴りの肩に手を置いて前に出、脇差を抜いて、飛来した小刀を叩き落した。
「ん?」
「クソッ」
バタバタと彼らは走って逃げる。
「お見事です」
秀克は脇差を納め、改めて2人の若侍に向き直った。
「大した手並みだ」
「いえ。ありがとうございました。私は志村佐之輔です」
飛び蹴りの方はまだ若く、前髪も下ろしている。細いし、少女のような顔立ちをしていた。
「私は内田宗二郎。町道場の道場主の倅です」
こちらも似たような年に見えたが、こちらは髷も結っている。
「私は上戸秀克だ」
秀克はすらりとした長身で、落ち着いた雰囲気がある。
「私は林原光三郎。
実は、道場へ入門願いに行く途中なのだ。内田道場というところなのだが、もしや、宗二郎殿の御実家かな」
「あはは。殿は結構ですよ。
内田道場は確かにうちですねえ。とにかく一緒に参りますか?私も帰る所ですから」
そういういきさつで、4人で一緒に内田道場へと歩き出した。
「参勤交代で江戸へいらしたんですか」
「そうなんだ。この秀克は祝言が決まったばかりでな。その前に一度、見聞を広めるのと剣術修行をせよとの許しを得てな」
「へえ。おめでとうございます」
「まあ、ありがとう」
「あんまり乗り気じゃないんですか?」
佐之輔が訊くのに、秀克は、
「そういうわけじゃないが、いきなり見もしない相手とだからな。まあ、こんなものだろ」
と苦笑した。
すると佐之輔も頷いた。
「わかります。武家の祝言はお家の為。
実は私もでして。相手はガチガチの石頭の面白みのない真面目人間に違いないです」
「お互い苦労するな」
秀克と佐之輔は苦笑し合った。
「ああ、そこです」
宗二郎が言うまでもなく、稽古の足音や竹刀を打ち合わせる音が聞こえて来、秀克と光三郎の目がいきいきと輝き出した。
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