隣の猫

JUN

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第三の事件

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 社員らは陰で、噂をしていた。
「行田さんに浜地課長か」
「それって、あれだろ」
「ということは、これは福永の祟りなんじゃないか?」
「じゃあ、あと危ないのは誰なの?」
「それは勿論……」
 そして視線は、決まってそちらに向く。
 酒井幸昭さかいゆきあき月本尚史つきもとなおふみ。どちらも営業部の人間で、行田と共に浜地派として要領よく立ち回っているメンバーだ。
 割の悪い仕事を他人に回し、いいとこどりする事を当然と思っている仕事ぶりや、弱いやつは虐めて遊ぶ下僕扱いをするところ、パワハラ、セクハラ、モラハラ、その他ハラスメントのオンパレードなくせに上にへつらったりよそにはいい顔をするところが、嫌われながらも、恐れられていた。
 死んだ福永は勿論だろうが、過去に辞めて行った社員、今も机を並べている社員にも、彼らを恨む人間は少なくないというのは、皆の共通認識だ。
 それは、当の本人にもわかっていた。
 酒井は落ち着きがなく、顔色も悪い。そして、常に何かに怯えるように、辺りをキョロキョロと見廻している。
「落ち着けよ」
 月本はそれを、イライラとたしなめ、舌打ちをした。
「す、すみません」
 酒井は謝って一応キョロキョロするのを辞めるが、すぐにまた、視線を方々にやりだす。
「祟りとか、そんなわけないだろ。アホか、お前は」
 鼻で笑う月本に、酒井はオドオドと反論する。
「でも、桜ですよ?わざわざ桜!
 それに、生きてる人間かもしれないじゃないですか。当てこすって桜を使っているのかも」
「生きてるって――」
「何人に恨まれてるかわかってますか?福永以外にも」
「福永の事は言うな――!」
 月本が目つきと声音を鋭くして言う。
 2人はしばらく黙っていたが、やがて酒井が恐る恐る提案した。
「いっそ、警察に言って保護してもらったらどうでしょう」
「できるか!そんな事!」
 月本は顔色を変えた。
「いえ、多少脚色すればいいんですよ。ぼくと月本さんは一足先に帰った。残っていた行田さんと浜地課長は福永にビールを飲ませて絡んでいたけど、後は知らない。翌日に2人から『疑われるのも困るから、飲み会の事は言うな』と命令されたって」
 それを聞いて、月本は首を振った。
「警察がそれを聞いて、そのまま信じると思うのか?少なくとも、疑われて、調べられて、俺達は会社でまずい立場になるぞ。
 俺はもうすぐ子供が生まれるし、お前だってこの間婚約したばかりだろ。ダメになるぞ。いいのか」
 酒井はそれに怯んだように視線を泳がせ、唇を忙しく舐めた。
「な。黙ってろ。1人にならないようにしていりゃあいい。わかったな?」
 優しい声音で言いながら酒井の肩を掴み、月本は口元で笑った。
「……はい」
 酒井も、やっと婚約までこぎつけた彼女を失うのは嫌だった。
 2人はギクシャクとした動きで、降り出した雨の中、営業に出た。

 そしてその翌日、ラブホテルであおむけになって死ぬ遺体が発見された。




 
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