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知恵比べ
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学校が始まった。
僕は、釣りはしたし、バイトして新しい釣り具も買ったし、早織ちゃんとも知り合えたし、中々の夏休みだったと思う。
「3丁目の後藤さん、投資サギに引っかかったらしいわよ」
母が声を潜めて言い出した。
「投資サギか。あんなの、冷静に考えたらわかりそうなもんだけどなあ」
父は懐疑的だ。
「言い方が上手いらしいのよ。冷静になる隙を与えないというか、そういう事もあるかな、と思わせるそうよ。見え見えのウソでも本当に見せるっていうの?」
「ふうん。気を付けないとな」
「という事があったんですよ」
僕と北倉さんは、並んで竿を出しながら話していた。
今日はアオリイカ。アオリイカのシーズンは大きく分けて春と秋の2回。秋は小さいシンコ、春は大きく育ったモンスターが狙い目だ。
エギという、作り物のエビを投げて、それに食いついて来たイカを釣ろうという釣りである。
「サギねえ。他人が聞いたら『何でそんなのに引っかかるんだろう』って思うけど、当事者にとっては、その時はおかしく聞こえないんだよな。ホント、詐欺師のトーク術って無駄に高いなあ」
北倉さんは半ば感心しながら、エギを投げては引いて、を繰り返していた。
「そう言えば、エギだってサギみたいなもんだよな。イカにしてみれば、本当にエサかと思って抱きついてみればルアーで、足が針にかかって動けないと思っているうちに釣り人に釣りあげられて。
俺達は、いかに本物みたいにアオリを上手くだまして、アオリにとっての一流の詐欺師にならないと、アオリは釣れないんだからな。
まあ、釣り全般に言えることだけどな」
「成程。確かにそれはそうですね」
「アオリの目の前にエギを落としたら見破られる。これは、詐欺師の方が焦って警戒させてるようなもんかな」
「食べなくてもいいよ、エビだもん。私逃げるわよ。そんな風にみせかけるわけですね」
「本物のエビなら、アオリの前に出て来ないわなあ。全力で逃げるはずだ。こんな風に。よっと」
北倉さんのエギにはアオリが抱きついていて、足元のコンクリートに降ろされると、ピュッとスミを吐いた。そのアオリの目と目の間を、デコピンの要領でエイッと弾く。イカパンチだ。瞬時にイカの色が白くなってしまる。
イカでも魚でも、さっさと締めておいた方が、特に刺身で食べるなら美味しい。
「秋のアオリは、夏に生まれた子供が多いから、こんなサイズが多い。でも、柔らかくて美味いぞ。なんといっても、アオリはイカの女王様だからな」
「それは楽しみな。よし、僕もがんばるぞ」
僕は俄然、張り切った。
魚の気持ち、エサの気持ち。釣りは魚との知恵比べだ。
刺身、炒め物、アヒージョ。普通に和風に煮ても勿論美味しいが、帰りにスペイン料理店の前を通りかかって、そういう気分になったという。
「アヒージョって、何かおしゃれだなあ」
「簡単なのに、見かけと響きがな。パンとワインで食ったら、もう。
さあ、食うか」
「いただきます!
ああ、刺身は甘くてねっとりしてて・・・。おお、これがアヒージョ。ん。油っこくない」
早織ちゃんがいれば喜びそうなメニューだなあ、と思った。
『炒め物』
イカのぶつ切りを、おろしにんにく、おろししょうが、ポン酢、めんつゆ、マ
ヨネーズ、塩で和えて2分程置いて馴染ませ、油を引かないままフライパンで
炒める。盛りつけて、ネギを散らして完成。
『アヒージョ』
イカのゲソ、軽く潰したにんにく、パプリカを鍋に入れ、オリーブオイルをひ
たひたに注ぎ、煮る。スライスしたバゲットを添えて。
僕は、釣りはしたし、バイトして新しい釣り具も買ったし、早織ちゃんとも知り合えたし、中々の夏休みだったと思う。
「3丁目の後藤さん、投資サギに引っかかったらしいわよ」
母が声を潜めて言い出した。
「投資サギか。あんなの、冷静に考えたらわかりそうなもんだけどなあ」
父は懐疑的だ。
「言い方が上手いらしいのよ。冷静になる隙を与えないというか、そういう事もあるかな、と思わせるそうよ。見え見えのウソでも本当に見せるっていうの?」
「ふうん。気を付けないとな」
「という事があったんですよ」
僕と北倉さんは、並んで竿を出しながら話していた。
今日はアオリイカ。アオリイカのシーズンは大きく分けて春と秋の2回。秋は小さいシンコ、春は大きく育ったモンスターが狙い目だ。
エギという、作り物のエビを投げて、それに食いついて来たイカを釣ろうという釣りである。
「サギねえ。他人が聞いたら『何でそんなのに引っかかるんだろう』って思うけど、当事者にとっては、その時はおかしく聞こえないんだよな。ホント、詐欺師のトーク術って無駄に高いなあ」
北倉さんは半ば感心しながら、エギを投げては引いて、を繰り返していた。
「そう言えば、エギだってサギみたいなもんだよな。イカにしてみれば、本当にエサかと思って抱きついてみればルアーで、足が針にかかって動けないと思っているうちに釣り人に釣りあげられて。
俺達は、いかに本物みたいにアオリを上手くだまして、アオリにとっての一流の詐欺師にならないと、アオリは釣れないんだからな。
まあ、釣り全般に言えることだけどな」
「成程。確かにそれはそうですね」
「アオリの目の前にエギを落としたら見破られる。これは、詐欺師の方が焦って警戒させてるようなもんかな」
「食べなくてもいいよ、エビだもん。私逃げるわよ。そんな風にみせかけるわけですね」
「本物のエビなら、アオリの前に出て来ないわなあ。全力で逃げるはずだ。こんな風に。よっと」
北倉さんのエギにはアオリが抱きついていて、足元のコンクリートに降ろされると、ピュッとスミを吐いた。そのアオリの目と目の間を、デコピンの要領でエイッと弾く。イカパンチだ。瞬時にイカの色が白くなってしまる。
イカでも魚でも、さっさと締めておいた方が、特に刺身で食べるなら美味しい。
「秋のアオリは、夏に生まれた子供が多いから、こんなサイズが多い。でも、柔らかくて美味いぞ。なんといっても、アオリはイカの女王様だからな」
「それは楽しみな。よし、僕もがんばるぞ」
僕は俄然、張り切った。
魚の気持ち、エサの気持ち。釣りは魚との知恵比べだ。
刺身、炒め物、アヒージョ。普通に和風に煮ても勿論美味しいが、帰りにスペイン料理店の前を通りかかって、そういう気分になったという。
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さあ、食うか」
「いただきます!
ああ、刺身は甘くてねっとりしてて・・・。おお、これがアヒージョ。ん。油っこくない」
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