オーバーゲート

JUN

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迷子

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 お勧めの不動産屋を訊くと、簡単に簡略化された観光案内図にマルを書き込んで渡された。ここへ行けという事らしい。店の名前も電話番号もない。
 それを持って、俺達は協会を出た。
 まとわりついていた監視するような目は無いようだった。
「何だよ。くそっ。差別かよ」
 采真が不機嫌そうにするのをなだめる。
「差別は厳然としてある国だからな。時々ニュースでもあるだろ。警官が黒人を射殺したとか圧死させたとか、過剰に暴力を振るったとか。そうでない人もいるけど、白人至上主義の人もいるんだろ」
「アメリカって、自由の国、移民の国じゃないのかよ」
「移民が多いからこその問題の結果ってのもあるしな。
 それより、この大雑把すぎる地図がわからん」
 俺は溜め息をついた。
 よく温泉などに行くと、「お散歩マップ」という、主要な道と観光地が手書きで書かれた縮尺が不確かな地図がある。これはその類のもので、脇道も省略されているので酷い。
 せめて店の名前でもわかればいいのに、
「名前?さあ。いつも不動産屋としか呼んでない」
と言われたのだ。
「今どの辺まで来たんだ?」
 立ち止まり、足元にバッグを置いて2人で地図を覗き込む。
 と、近くを子供が通ったのに何となく目を向け、采真が声を上げた。
「あ、同じバッグ――ああっ!?」
「置き引きだ!」
 武器は肩にかけているが、あの中には、防具やウエアを含む着替え一式が入っている。無いと困る。
 俺達の方をチラリと振り返った子供は、猛然と走って逃げだした。
 魔術で足を止めるのは簡単で楽だが、あの支部長の様子だと、街中で魔術を違法に使ったとして警察に突き出されるだろう。
 俺と采真は猛然と子供を追いかけ始めた。
 普通なら振り切れたのだろう。塀を超え、狭い路地に飛び込み、そこらに置いてあるゴミ箱などを飛び越え、走りまわる。
 最後は子供がへばって白旗を上げた。
「何なんだよぉ、クソッ。金持ってる探索者って聞いたのによぉ」
 ぼやく子供に、俺と采真は高笑いをしてやった。
「伊達に3つの迷宮を初踏破していないぜ」
「探索者なめんなよ」
 子供はふてくされたような顔で、仰向けに寝転んだ。
 その子供の口に、ポケットの飴玉を押し込んで訊く。
「誰が言ったんだ?俺達が金を持ってるって」
 子供は片方の頬を飴玉で膨らませながら起き上がり、
「知らねえ。探索者協会から出て来たやつが言ってた。『スリのカモにするんなら、俺なんかじゃなくあの日本人のガキにしろ。金を持ってるぞ』って」
 俺達は顔を見合わせた。
「なあ、もう行っていい?それとも警察に突き出すのかよ」
「今度は突き出す」
「サンキュ。
 あ。ほかに何か持ってねえの?」
 ずうずうしい子供だが、あっけらかんとしているせいか、そこまで腹が立たなかった。
 苦笑して、俺は飛行機内の乾燥対策にとポケットに入れて来た飴玉の袋を子供に渡した。
「こんな事してたら、その内ケガするぞ」
 子供は、
「オレも免許を取れる年になったら探索者になりたいんだ!でも、防具や武器を買う金もないもん。今から溜めようと思って」
と言う。
「置き引きやひったくりでか?」
 采真は焼き菓子を出して渡しながら、驚いたように言った。
「どんだけやらないとダメなんだよ」
「そんな手段で得た防具はお前を助けない。植物の採取から始めてためればいい。その間に基礎もコツも身に着くし、ツテも作れる」
 子供はお菓子を両手に俯いた。
「面倒くせえな」
「基礎のできていない奴は、結局どこかで死ぬだけだ」
 そう言うと、子供は白い歯を見せて笑い、
「サンキュ。考えてみる」
と言い、走り去った。
「持久力もいるなあ。まだ10歳くらいだろうから、まあ、まだ伸びるだろうけどな」
 言って、子供を見送る。
「なあ、鳴海。ここって、スラムとかあるのか?」
「あるかもな。貧富の差が激しい国でもあるし、特にここは、探索者が死んで子供が残されたっていうケースがあるんじゃないかな」
「施設とかないのか?」
「もちろんあるだろうけど、追い付いてないのかも知れないし、居心地が悪くて逃げ出したのかも知れない。入っていてもああなのかも知れない」
 ちょっとしんみりとなる。
 この街の、光と影だろう。
 そして、気が付いた。
「しまった。ついでに店まで案内させるんだった」
「ああーっ!」
 俺達は辺りを見回した。
「ここはどこだ?」
 間違いない。俺達は今、迷子になっていた。



 
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