ディメンション・アクシデント

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敵性生物

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 祭壇の上の分厚いクッションの上に、犬が寝そべっている。
 普通なら間違いなく叱られ、追い払われる行為だ。しかし、そうはならない。そればかりか、信者達は頭を垂らし、跪いて祈りを捧げていた。
 犬の腹部が大きく膨らんでいる。
 子供がいるのかと思われるだろうが、そうではない。虫型の卵が産みつけられ、孵化しかかっているのだ。
 あの日、電波を遮断する材質のケージで虫型を1匹捕獲した信者は、それを首尾よく教団へ持ち帰り、犬をケージに入れ、虫型に卵を産み付けさせるのに成功した。
 ケージを持っていたのは、たまたまその信者がペットの犬をそこに入れて運んでいたせいだ。
 それが特殊次元対策課のスキャンから逃れられたのは、たまたまそういう素材の防護エプロンをケージに被せて隠したからだった。
 本当に、たまたまだった。
 それが、幸運なのか、不運なのか……。
「もうすぐ使徒様が生まれる!」
 導師が言うと、信者達は感激にむせび、経文を唱えながら、犬を見つめた。
 キュウウン……ウウ、ウワン、キュウ……クウウン
 犬が苦し気に鳴き、その腹部が不気味に内側からボコボコと蠢く。
「ああ……!」
 ワン!キュウウ!
 そして、最期の一声を上げた犬の腹部が弾けるように割れ、小型の虫型がぞろぞろと這い出した。
「神の祝福を――!」
 感極まって声を上げる信者達。
 その1人に、虫型が付いた。
「使徒さ……ま……あ……」
 血をドクドクと吸い上げられ、体積を小さくしていく。
「え。どうして我々が?」
 明らかに死んだ信者を見て、彼らはおかしいと考えだした。
「い、嫌……嫌あああ!」
 誰かが叫んで、教団内はパニックになった。

 特殊次元対策課に連絡があって到着してみると、そこは件の教団施設だった。
「中の信者からの通報です。犬の腹から出て来た使徒が、信者に襲い掛かって来たと」
 皆、眉を顰めた。
「使徒?サル型とか虫型の事?」
「いつどこで手に入れたのであるか?」
「虫型で、この前の演説の時だそうです」
「詳しい話を聞かないとな。よし。生かして救出するぞ」
 信者の話では、説教を聞く大広間でそれは起こり、何とか逃れた者はその部屋から逃げ出して、虫型も寄生された信者も出て来られないように、扉を押さえているという。
「仲間を生贄にしたって事かしら」
 パセが眉を顰めたが、不快感は全員同じだ。
「ろくでもないな」
 吐き捨てるようにセレエが言う。
「行くぞ。
 ドアを開けた瞬間にあふれ出すかもしれない。気を付けろ」
 ドアの前で構え、いちにのさんでドアを開けた。
 案の定、虫型と寄生された人とが飛び出して来る。寄生されて見た目でわかるくらいに卵を産みつけられたら助からない。虫型と一緒に、銃で吹き飛ばす。
 辺りは悲鳴と銃声と怨嗟の声に満ち、やがて全てが終わると、まさに血の海になっていた。
 赤と紫の混じり合った海だ。
 紗希が背中を向けてしゃがみ込んだ。
「紗希――!」
「いい、篁文」
 パセが手を振って紗希のそばにしゃがみ込み、戻す紗希の背中をさすった。
「地獄であるな」
 ドルメが溜め息を押し殺したような声を押し出すようにして言った。
「仲間を生贄にして、虫型と閉じ込める。とんだ宗教家もいたもんだ」
 逃げ出す事に成功した導師が、呆然と座り込んでいるのが見えた。
「終わりじゃない。覚悟はできてるんだろうな」
 そう篁文が言うと、導師は
「ヒイイッ!!」
と声を上げ、頭を抱え込んで震えて泣き出した。それを他の信者達はガラス玉のような目で眺めていた。
「これが外に出ていたらどうなっていたかと思うと、ゾッとする」
 セレエは言って、血の海に背を向けた。
「撤収しよう。もう流石にいないよ」
「ああ。そうしよう」
 この現場で現場検証したり、遺体の識別をしたりする警官や監察医に、同情する。
「神は、使徒は……」
 信者の1人が、追いすがる。
 それを振り払って、凍り付くような目を向ける。
「俺達は神でも使徒でもない。こいつらも、ただの敵性生物だ」
 信者のすすり泣きが背中越しに聞こえて来た。






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