ディメンション・アクシデント

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プリンと殺し屋

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 柄を握ってスッと振ると、50センチくらいの刀身が現れる。目視はできないが、特殊な周波数で振動をしている。
 それを化け物に叩きつけるように斬り込むと、うそのような手ごたえで刃が通って行く。
「ギャアアア!!」
 化け物は断末魔の声を上げ、すぐに痙攣して息絶えた。
 目を転じると、ドルメも化け物に槍を突き立て、仕留めた所だった。
 パセはと見ると、虫をナイフで叩き切っている。
「これで最後か」
 言った途端、向こうに転がっていた化け物が跳ね起きるように身を起こし、マヒで倒れていた市民に飛び掛かろうとした。
 銃を抜き、セイフティを解除し、狙いを定めて発射する。
 化け物に命中し、化け物の上半身がグッとひと回り大きくなると、バンッと弾ける。
 硬直したまま緑の体液にまみれた市民が、一拍置いて絶叫し、失神した。
「……まずかったか」
 篁文は銃口を下ろして呟いた。
 
 次元事故と異世界人と敵性生物のついては政府がキチンと発表を行い、同時に特殊次元対策課の発足も発表したせいで、パニックは抑えられた。
 制服を着てメディアに晒されるのは面倒だが、仕方が無い。ドルメと紗希はニコニコと、セレエは上品に微笑み、パセは目を見開いてカメラに警戒した様子で、篁文はいつもの無表情で並んだ写真が、公開された。
「篁文。相変わらず殺し屋みたいね」
「フン。知らん」
 紗希は、最近篁文の口数が増えた気がしていたが、ほっとした。ちゃんと殺し屋に見える。
 その矢先にこの第1回目の出動があったのだが、反省点も多かった。
 ドエルとパセは戦闘にも生物を殺す事にも慣れていたので、比較的問題が無かった。篁文は、落ち着いてはいたし動きに問題は無かったが、人型の生物を殺す事が初めてなので、躊躇があって、時間をかけてしまった。セレエは虫1匹をどうにか切ったら体力が尽きた。紗希は、動けなくて硬直したまま終わってしまった。
「何か意見はありますか」
 課長のヨウゼが言うのに、篁文が手を挙げて立ち上がる。
「倒れたラクシー人を、現場から遠ざける必要があると思います。俺達が相手をしていないフリーのやつが襲い掛かる事もありそうですし、躓いたりしたら邪魔です。それに、死体にビビってさらにトラウマを抱えそうで」
 ヨウゼは唸った。
「確かにねえ。しかし、雄叫びでマヒするから警官などのサポートも無理だしねえ。
 この中で、ラクシー人を遠ざける係を決めるしかないねえ」
「それと、虫に逃げられたら大変である。何かマーキングというか、そういう手段はないものであるか?」
「化け物はまだしも、虫はあり得るわねえ。
 わかったわ。何とか考えてみるわ」
 ルルカが頷いてメモに書き込む。
「反省会はこんな所かな。
 では、役割分担はまた明日という事で、今日の所は皆休んで下さい。お疲れ様でした」
 それで皆は、寮に引き上げる事にした。
「紗希。甘い物でも食いに行くか」
「うん……今、いい」
 紗希は、落ち込んでいた。
 想像していた通り、何もできなかったせいだ。
 しかも、殺し屋みたいと恐れられていた無表情と存在感が、なぜかここではプラスらしい。篁文に話しかけ、笑いかけ、遊びや食事に誘う人が――しかも女性が――多いのだ。
 紗希はどうしたらいいか困り果てていた。
 そんな紗希に、篁文は困り果てていた。
 まあ、まさか自分が声をかけられているせいで紗希が落ち込んでいるとは思っていないが。
 パセも気がかりそうな顔を紗希に向けていたが、スイーツを食べに行くという奥の手が効かないとなれば、どうしたらいいかわからないでいた。
「気にするな。初めてなんだし、向き不向きがあるし」
「……うん。でも、私って役立たずよね。倒れてる人を現場から遠ざけるのも、多分力がなくて無理だもん」
 セレエとドルメは、オロオロと目を泳がせた。
「僕だって同じだな。絶対無理だ」
「じゃあ、私と同じ役立たずコンビね」
 セレエがムッとして叫びそうになるのを、パセが口を塞いで黙らせる。
「紗希は役に立ってる」
「どんなふうに?」
 紗希は、拗ねた様子で、横目で篁文を見た。いい加減な慰めは要らないというのが伝わって来る目付きだ。
「……明るいし」
 目つきが悪くなる。
「げ、元気だし」
 口元がキュッと引き結ばれた。
「その、とにかくがんばってるし、見ていてホッとする」
 紗希が、
「フン」
と言って反対を向いた。それで、篁文は焦った。
「紗希が一緒だったから、慌てずに済んだし、心細くならなかった」
 紗希が、顔だけこちらを向いた。
「……でも、もう大丈夫よね。私、終わったわよね」
「プリンは紗希の作った方が美味しいな!」
「……」
「本当に。だから、作ってくれるとありがたい」
 篁文は、動揺を押し隠しながら言う。
 紗希は3秒ほど言葉の真偽を疑うように篁文の顔をジッと見ていたが、えへへと笑った。
「しょうがないなあ、もう」
 皆がホッとした。
「まあ、私も?篁文がいなかったらパニックと好奇心で即あの時に食べられてたと思うけどね。
 でも、調子に乗ったらダメなんだからね。私が篁文の事は一番良くわかってるし、プリンだって作ってあげるからね」
「わかった」
「もう。しょうがないなあ」
 紗希は笑いながら部屋をスキップ――と本人は言い張る妙なステップで出て行った。
 ホッとした空気が流れた。
「大丈夫みたいですね」
 ヨウゼが言う。
「いや、あのおかしな足取りは何か発作か?大丈夫か?」
 セレエは心配そうだ。
「あれはスキップだ。紗希はヘタクソで、ちゃんとできないんだ」
「まあ、機嫌がいいのね。良かったわ」
 パセが息をつく。
「しかし、篁文も紗希には優しいであるな」
 ドルメが、うんうんと頷いた。
「いや、そんな事は、別に」
「いいからいいから」
「ええ。でも、未成年ですし、節度のあるお付き合いでお願いしますよ」
「ヨウゼ課長まで。そんなんじゃないですから」
「紗希もかわいいじゃないか」
「単純なんです」
「そんな事言って。紗希が怒るわよ」
「本当の事だ」
「あ、紗希」
「いや、紗希は純粋、そう純粋なんだよ――あ……」
「引っかかった」
 紗希は戻って来ていなかった。皆が笑いをこらえ、篁文は憮然とした。
「まあまあ。
 ところで紗希はどこへ?」
 篁文はニヤリとした。
「多分プリンを作りに行ったんでしょう。皆、覚悟した方がいいですよ」
「え?」
 そしてその日から、篁文の予測通り、毎日大量のプリンを紗希は作るようになったのである。




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