やっぱりねこになりたい

JUN

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月下の告白

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「俺は、妹を殺したんだよ、敷島」
 力の無い声で沖川が言った。
 その横顔に、青白い月の光が当たる。
「妹さん?」
「俺の父と母は再婚で、妹は母の連れ子だった。5つ年下で、あんまり懐いてくれなかったよ。兄妹って言ったって、いきなりだもんな。
 あの日、父は仕事に出ていて、母は買い物に出ていた。それで俺と妹が留守番していた時に、眷属が出たんだ。
 避難指示に従って、妹の手を引いて逃げた。でも、広がって暴れる眷属に囲まれて、俺達は攻撃を受けた。攻撃そのものは避けたのに、それで落下して来たビルの壁面が、妹の上に、落ちて……それで妹は死んだ。
 気付くと病院で、両親は泣いてた。
 それで母に『何で守ってくれなかったの。邪魔だから殺したの』って、なじられた」
 悠理は胸を締め付けられるような痛みを感じ、沖川の背中をさすった。
「お母さんも本気じゃないだろ?気が動転してただけだ」
 言いながらも、見た事の無い沖川の継母に怒りを覚えた。
(辛うじて生き延びた沖川さんだって、まだ子供だったのに。自制が効かないのか)
 沖川は震える手を見つめた。
「下がれって妹を後ろに庇ったら、俺の手にしっかり掴まって震えてた。
 遺体は瓦礫の下だったけど、掴んだ肘から先だけ千切れて、そのまま発見されるまで……ずっと、ここに」
 沖川の目には今も妹の手が見え、感触が残っているかのようだ。
 悠理はその手を握った。
「悪くない。あんたは悪くない、沖川。
 ご両親だって今ならわかってるだろ。妹さんも、恨んでなんかないよ。後は、あんた自身が自分を許すだけだ。
 自由になっていいよ」
 握った拳の上に、ポタリと涙が落ちた。そして、沖川は手を振りほどいて、震える手で悠理を抱きしめた。
「俺は、目の前で死なれるのが怖いんだよ。それに大事な人は、死んでも守りたい」
 その背中を悠理はトントンと叩き、沖川は悠理の肩に顔を埋め、声を殺して震えて泣く。
「悠理。頼むから、死なないでくれ」
 言って、ゆっくりと体重をかけて行く。
「……今回は頑張ってみるよ」
 悠理も言いながら、思う。思いがけなく、ここの居心地がいいな、と。
 ふと窓の外を見ると、きれいな星空が見えた。
「大丈夫。ここにはほかに誰もいないから。今は生徒会長なのを忘れろ」
 流れ星が、ひとつ流れた。

 沖川は教室へ向かいながら考えていた。
(悠理には助けられたな。
 それにしても、何か昨日は、悠理の方が年上みたいな気がしたな。
 そう言えば、途中、沖川って呼び捨てになったり、あんたって言われたりしたな。それは別にいいけど、あれは何だ?)
 いつの間にか寝てしまい、気が付くと朝だった。悠理も抱き合ったまま寝込んでいたのでどうしようかと思いながらも、授業があるので起こすと、寝ぼけたのか
「はい。実験の報告書はすぐにまとめます」
などと言いながら起きたのだが、すぐに自分の体勢に気付くと、慌てふためいていた。
 それを思い出すと、笑いがこみ上げた。
 沖川の方はその後に来た医官から「戻っていい」と許可を受けてから保健室を出て来たのだ。
(呼吸が、楽になった気がする)
 沖川は、夜に目が覚めてからの事を思い出し始めた。
(悠理は本当に、どこか変わったやつだな。女の子みたいな顔なのに、そう言われると男らしく怒るし、行動はきっぱりとして男らしいところがあるし、時々何歳かわからない時があるしな。
 目も、きれいだったな。お婆さんがロシア人だとか言ってたか。怒るから本人には言わないけど、本当にきれいだ)
 いつの間にか、柔らかい笑みを浮かべていた。


 悠理は急いで寮へ戻ると、朝食をかきこみ、部屋へ戻って着替えと授業の準備をして、飛び出した。遅刻寸前で、均は先に教室へ行っていた。
 何か言いたげなのはわかったが、何も説明する暇もなく授業開始だ。
 そして休み時間になると、次の授業のために移動しながら、均に差しさわりの無いところを話し始めた。
「じゃあ、沖川会長のところにいたんだ」
「うっかり寝込んでしまったな」
「もう大丈夫みたい?」
「ああ、大丈夫だ」
 応えて、悠理は昨日の様子を思い出した。
 そして、
(沖川さんも、苦労して来たんだなあ。傷付いて悩んでたんだよなあ、かわいそうに)
 そう思い、昨日のあれやこれを思い出し、寝てしまった事まで思い出した。
 と、階段の下から、沖川が上がって来て、目が合う。
「あ」
「う」
 お互いに恥ずかしく、両方が真っ赤になってしまい、ギクシャクと教室へと分かれて急いだ。
 見ていた生徒達は噂を始めるのだった。
「沖川生徒会長と悠理に、何かあった」
「昨日悠理は寮に戻って来なかったぞ」
「まさか!?」
 そんな噂が校内を席捲し、沖川と悠理の耳に入るのは、すぐだった。

 それから数度出陣の機会があったが、1年生は適度に慣れ、適度に緊張感を持っていた。そして沖川は、冴え渡っていた。
「流石は沖川会長だぜ」
 そう言われるほど、視野が広く保たれ、そこからの指示は的確だった。そして沖川自身に余裕が感じられ、ピリピリとした様子がなくなった。
 それがほかの生徒達に安心感を与え、結果、うまく回り出したのだ。
 そして休日の午後、そのニュースが世界中に流れた。

 
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