68 / 77
第68話 王 VS 勇者 ④
しおりを挟む――ルマトゥーラ王国、王城。
スクードの街を一望できる鐘楼で、大賢者アリアは目を細めていた。
「今のところ、動きなし……と」
自身の魔力感知を最大まで引き上げて周囲を監視していた彼女は、そうつぶやいて肩の力を抜いた。
今、スクードの街にはいくつもの白い光の柱が立っている。
そのひとつひとつに、人型をした鎧――リビングアーマーが捕らわれているのだ。
ラクター・パディントンが、その力で悪しき存在を封じ込めた証。
アリアは、光の柱が生まれる瞬間に立ち会っていた。
当時のことを思い出す。
――勇者スカル・フェイスの不意打ちで傷を負ったラクター。
一度は魔法で回復したものの、傷の深さとは別の痛手を被り、倒れた。
意識を失う間際に放ったのが、あの光の柱だ。
光は瞬く間に街全体に広がり、暴れていたリビングアーマーたちを閉じ込めた。
スカルの館に現れた巨大な勇者装備リビングアーマーも。
そして、スカル自身も。
本当に大した奴だと、アリアは思う。
それからアリアたちは、事前に話し合っていたとおり、各々の役割を果たすことにした。
ラクターやリーニャらは、カリファ聖王国へ住人を誘導。
アリアはイリス・シス・ルマトゥーラを護る。
その役割を果たすため、アリアは今、王城にいるのだ。
――スクードからの避難は、おおかた完了したようだ。
鐘楼から見る目抜き通りは、だいぶ人の姿がまばらになっていた。今の段階で残っているのは、高位の冒険者といった『自分のことは自分で何とかできる』面々ばかりである。
ラクターの結界は完璧ではないと聞いていたが、何とか保ってくれたようだ。戦えない人々が避難するための時間は稼げたと言える。
あとは――。
アリアは踵を返すと、鐘楼の階段を降りた。
王城の端に据えられた鐘楼は、敷地内にある大教会と隣接している。アリアは教会の中へ小走りで入った。
王族の儀式にも使われる大教会。建物も立派だが内装も凝っている。磨かれた床は足音を大きく反響させた。
中央の大講堂に出る。
数百人は収まる巨大なホールには、今、数人の男女がいるだけだ。
そのうち、ひとりの女性が足音に気づいて振り返った。
「アリアさん。外の様子はいかがでしたか」
「だいじょうぶ。状況に変化なしだよ、イリス」
大賢者は友人の姫君に報告する。「そうですか」とイリス姫は息を吐くが、緊張を解いた様子はない。
ルマトゥーラ王国王女イリス・シス・ルマトゥーラは、シスター服を基調とした紺と白地の衣装をまとっている。
聖女衣装だ。
アリアは目を細めた。
衣装合わせのときは、ただただ「似合っていて可愛い」という感想だった。
今はまた違う印象だ。大賢者アリアは、相手が身にまとう魔力の強さがわかる。
「聖女の儀式、成功したみたいだね」
「あくまで簡易的なものです。聖女としてのスタートラインの、一歩手前に立っただけ」
イリスは答えた。
だがアリアは、彼女がまとう雰囲気の変化に気づいている。
――アリアが王城に残っている理由。それはイリスが王城に残っているから。
そしてイリスは、聖女の儀式を完了させるために王城に踏みとどまった。
この国難とも言える事態を前に、一人でも多くの人を救える力が得たい――イリスの強い決意の表れであった。
「それにアリアさん。まだ王都の人々が避難を完了していないのに、王族が都をあけるわけにはいきません。お父様も、お母様も、同じ思いのはずです」
「わかってる。あんたがそういう頑固なところもあるってのは、知ってるから」
アリアは苦笑した。
それから、静かにイリスを抱擁する。
「お祝いを言わなくちゃね。おめでとう、イリス」
「ありがとう、アリアさん。私、頑張ります」
数秒ほど、お互いの体温を確かめ合う。
それから彼女らは従者とともに謁見の間に向かった。道中、アリアが報告する。
「避難もほぼ完了。あとはラクターたちが上手くやってくれてるはずだよ。心配されてた結界だけど、なんとかもちこたえてくれたみたい」
「私は信じていましたよ。だってラクターさんですもの」
「はいはい。とりあえず、あんたの初仕事はここではお預けだね」
謁見の間に到着する。
玉座の周りにはルヴァジ王を始め、王城に残った者たちが勢揃いしていた。
王は娘の帰還に気づくと、相好を崩して祝った。この十数時間で、すっかりやつれてしまっている。だが、ラクターと謁見したときのような失神癖はなりを潜めているようだ。
さすが、一国の王。やるときはやるのだなとアリアは思った。
きっとラクターも同じだろう。
姫付きの筆頭騎士であるスティア・オルドーが言った。
「陛下。状況は順調に推移しております。陛下や王族の皆様方も、避難を開始すべき時です」
ルヴァジ王は一瞬だけ黙り込んだ後、「わかった」とうなずいた。
周囲の近臣たちから説得を受けていたのだろう。玉座から立ち上がる。
そこへ、イリスが凜と告げた。
「私は最後で結構です」
ざわつく。
普段は落ち着いているローリカ王妃が翻意を促すものの、姫の決意は固かった。
苦笑したアリアが、間に入る。
「彼女を説得してもたぶん無駄ですよ、王妃様。こうなったらテコでも動きません」
「ですが……」
「むしろさっさと皆さんが避難した方が、このコも動いてくれると思いますよ?」
ひらひらと手を振る。
アリアは姫の肩に手を置くと、ダメ押しのように宣言した。
「ここにいるのは誰だと思ってます? 聖女イリスと大賢者アリアが残ると言ってるんです。信じてもらわなきゃ」
「……わかった」
重々しくルヴァジ王がうなずく。
まだ心配顔の王妃の肩を抱く。
「我が娘は大きく成長したようだ。それだけじゃない、心強い友も得ている。喜ぶべきことだ」
「あなた……」
「行こう。――イリスよ」
はい、お父様――と姫が応える。
「決して無理はするでないぞ。我らが避難をし終えたら、すぐに追ってくるのだ。さもないと」
「……?」
「本当に気絶してしまうぞ。余が」
きょとんとしたイリス姫が、次の瞬間吹き出した。
場に、和やかな空気が流れる。
「では、行くとしよう」
王と王妃、近臣らが歩き出す。
謁見の間の奥には、王族専用の避難用魔法陣がある。王族の血にのみ反応する特別な魔法だ。
郊外の安全な場所に出てから、カリファ聖王国へ向かうことになっている。
――数分後。謁見の間は静かになった。
残っているのはイリス、アリア、姫の護衛獣パテルルと、筆頭騎士のスティア。
目を閉じて静かに祈りの姿勢を取っていたイリスは、おもむろに告げた。
「私たちも行きましょう」
「そうね。――!?」
そのとき、アリアが謁見の間の扉を勢いよく振り返った。
眉が急角度を描く。
「なに、この感じ……イリス、あんたは先に避難してて。私、ちょっと外の様子を見てくる」
「私も行きます」
「……問答してる暇はない、か」
パテルルに乗ったイリスとアリア、それを健脚で追うスティアは、謁見の間からほど近いテラスに向かった。
王都を見下ろす。
「これは……!」
イリス姫が口元を押さえ、表情を曇らせる。
リビングアーマーたちを抑え込んでいた光の柱が――蠢いていた。
ゆっくりと移動したり、徐々に斜めに傾いたりしている。
光が消滅したわけではない。だが、結界ごと動かそうとしているのがわかった。
一際大きな光柱――勇者装備のリビングアーマーを封じたそれは、ゆっくりとであるが王城に近づいていた。
大賢者が呻く。
「属性の影響ね……。純粋なモンスターと比べて、あいつらは勇者装備を元に創られたリビングアーマーだから。効果が中途半端だったんだわ、きっと」
「王都の外に出すわけにはいきません。まだ避難している方々が街道にいるはず。私たちで……なんとか足止めしましょう」
「囮くらいがせいぜいだろうけど、まあ、やるしかないわね」
構えを取るふたりの少女。
そこへ、パテルルが鋭く吠えて警告した。
筆頭騎士のスティアが王城の前庭を指差す。
誰もいない城への道を、ひとりの男がふらふらと歩いて近づいていた。
「勇者、スカル・フェイス……!」
6
お気に入りに追加
2,055
あなたにおすすめの小説

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります
しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。
納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。
ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。
そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。
竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。

ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?
さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。
僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。
そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに……
パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。
全身ケガだらけでもう助からないだろう……
諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!?
頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。
気づけば全魔法がレベル100!?
そろそろ反撃開始してもいいですか?
内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる