64 / 77
第64話 〈side:勇者〉そんな目を――するな!!
しおりを挟む――風が冷てぇ。
勇者スカル・フェイスともあろう者が、連れのひとりもなく、手酌で酒をあおるとはな。
こんな場所で。
今は閉鎖されたでかい教会、その鐘楼のてっぺんに腰掛け、俺はスクードの街を見下ろしている。
取るに足らない凡人たちを上から眺めるのは、確かに気分はいい。
だが、この風はムカツク。
冷てぇ。その上、ぜんぜん血なまぐさくない。埃っぽくもなければ、ゾクゾクするような恐慌の気配もない。
クソ市民どもは、今日も相変わらず普通の生活を送っている。
かなり高い場所にある鐘楼に座っていても、ざわめきや生活音が聞こえてくる。
わかる。これがいわゆる、『平穏』ってヤツだ。
王都スクード、そしてルマトゥーラ王国は平穏そのものなのである。
平穏、って単語が頭に浮かんだ瞬間、口の中の酒が異様にマズくなった。空中に向けて吐き出す。滴が霧のようになって、すぐに空気に紛れてわからなくなった。
俺にはそれが、スカル・フェイスの『今』を世界が嘲笑っているように見えて、どうしようもなく苛々した。
「ちっ……表に出てきたのは失敗だったか……」
酒場に籠もっていたときは気がつかなかった。外は、街は、国は、世界は、こんなにも不愉快だったのか。
俺は聖剣を抜く。
勇者として立ち上がったときからの、俺のモノ。
幾多のモンスターを屠ってきたこいつの剣身には、今、紫色のスライムが薄く、べったりと付いている。
俺は聖剣を通して、スライムに魔力を付与した。
それから無造作にスライムの一部を剥ぎ取り、鐘楼から投げ捨てる。
どこぞの民家の屋根にべちゃりと広がったスライムは、ものの数秒としないうちに爆発的に膨張した。
人の形を取る。
頭のない騎士。リビングアーマーという奴だ。
だいたい大人の二倍くらいまで成長したソイツは、おもむろに屋根を突き破って中に侵入していく。
少しして、金切り声の悲鳴がした。
鐘楼のてっぺんまで、きちんと届く声。
俺は笑った。
ああ、これだ。これだよ。
この声。この風――雰囲気! 俺はこれを望んでいたんだ。
理不尽な、突然の暴力に右往左往する一般人。助けを求めて逃げ惑う、何の力もない弱者たち。
この風の中でこそ、勇者は活きる!
俺は荷物から漆黒のフード付きマントを取り出し、羽織る。フードは目深まで被った。
他人からの視認性低下、および魔力遮断を行う代物だ。俺の隠蔽魔法と組み合わせれば、たとえ神獣クラスの鼻があろうと察知されない。
こいつは教会の中で見つけ出したものだ。この場所は、以前エリスの奴が自分を崇めさせるために建てたもの。
エリスのことだ。お忍びか、それとも相手の弱みを握るためのスパイ活動に使ったに違いない。
勇者パーティが作ったものなら、そのリーダーたる俺にも使用権があるはずだ。
それにエリスは、しばらく姿を見せていない。どっかでくたばったか。刺されたか。ハッ。
アリアも、もういねぇ。
勇者パーティは、もう俺ひとりだ。
「……ッ!」
聖剣の刃が手を薄く裂くのも構わず、スライムをわしづかむ。
全身の力を込めて、放り投げた。
スライムの塊は放物線を描き、王都のどっかの区画に落ちた。姿は見えない。だが、大きくて不穏な気配が立ち上がったのがわかった。大人の二倍どころじゃないだろう。
その成果をともに笑う奴はいない。
ここには俺ひとりだ。俺……ひとり……?
「上等じゃねえか」
聖剣を掲げる。
ありったけの魔力を込めて、聖剣に付着する残りのスライムに『餌』を与える。
そして――振る。
振る。剣を振る。
そのたびにスライム――いや、騒乱の種が街に散っていく。
やがて。
少し息が上がった頃、聖剣はすっかり綺麗になっていた。
鞘に収める。
次第に高まっていく悲鳴を耳に心地よく聞きながら、俺はそのときを待った。
引き払った俺の館。
もうすぐ、そこから最強最悪のリビングアーマーが生まれるはずだ。
奴を育てた俺だからわかる。そいつは、俺が今いる鐘楼よりもデカくなる。
――ほら。来た。
遠目でもはっきりとわかる。巨大で禍々しく、堂々とした姿。紫色のスライムを肉体にするっていう鳥肌立つほどの醜さの上に、勇者の聖なる装備を模した鎧をまとう。
やべえ。やべえぞ。俺が今まで対峙してきたモンスターの中でも、段違いのやばさだ。
あいつを倒した奴は、間違いなく英雄になるだろう。勇者を超える勇者になるだろう。
聖剣を持つ手が喜びに震える。
「さあ、行こうぜ。俺の輝かしい未来へ」
鐘楼から飛び降りる。俺にとっては造作もないことだ。
走る。
途中、雑魚リビングアーマーに襲われて逃げ惑う凡人とすれ違ったが、無視した。
あいつらは俺を見ていない。
だから俺もあいつらを助けない。
走りながら口元に笑みが浮かぶのを止められない。
もう少しで現場に到着するというとき。
俺は足を止め、物陰に身を潜めた。
――巨大リビングアーマーに、戦いを挑んでいる奴らがいる。
物陰から様子をうかがった俺は、信じられない光景に目を剥いた。
「ラクター・パディントン……!?」
そう。俺が追放してやったあの無能が、あろうことか仲間を引き連れ、俺の獲物に襲いかかっているのだ。
奴の仲間の中にアリア・アートの姿もある。
裏切り者め。裏切り者どもめ!
そこをどけ。そいつは俺のものだ。
そう怒鳴ろうとした。――できなかった。
奴らの、特にラクター・パディントンの戦いぶりに、背筋が凍ったからだ。
見たことのない魔法。
見たことのない力。
感じたことのない圧力。
パーティの先頭に立ってダメージを与え続けるあいつの姿は、俺の記憶と予想を完全に覆していた。
リビングアーマーと力量は互角。いや、わずかに押している……?
街中で、周囲への被害を考慮して、それでもなおこの戦いぶりならば。
もしかしたら。決してあってはいけないこと、あり得ないはずのことだが。
もしかしたら、このまま、見事に、リビングアーマーを退けてしまうのでは――?
不意に、俺の全身から余計な力が抜けた。
この感覚、覚えがある。
ひとつの目標に極限集中したときに起こる、アレ。
聖剣の柄に手をかける。
静かに呼吸を繰り返す。
ほどよく熱を持つ身体。
ほどよく冷たくなる思考。
ほどよく昂ぶる敵対心。
――リビングアーマーが、その場に膝を突いた。
ガッツポーズしたラクターの背中が、視線の先にある。
遮るものは何もない。
駆けた。
地面すれすれの低姿勢で、這うように走る。足音を殺し、それでいて速く。力強く。
ラクターが、こちらを振り返ろうとした。
鍛え直した俺の身体は、奴の動きより速い。
一閃。避けられるはずが、ない!
「手応え、あり」
どうだ。ラクター・パディントン。どうだ、無能者!
――奴と目が合った。
俺は心の中で吠えた。
もっと驚いた顔をしろよ。悔しそうな顔をしろよ。もっと俺を喜ばせろよ。
一切怯んでいない、意志の固い表情を、そんな目を――するな!!
3
お気に入りに追加
2,055
あなたにおすすめの小説

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?
さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。
僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。
そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに……
パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。
全身ケガだらけでもう助からないだろう……
諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!?
頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。
気づけば全魔法がレベル100!?
そろそろ反撃開始してもいいですか?
内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

勇者PTを追放されたので獣娘たちに乗り換えて楽しく生きる
まったりー
ファンタジー
勇者を支援する為に召喚され、5年の間ユニークスキル【カードダス】で支援して来た主人公は、突然の冤罪を受け勇者PTを追放されてしまいました。
そんな主人公は、ギルドで出会った獣人のPTと仲良くなり、彼女たちの為にスキルを使う事を決め、獣人たちが暮らしやすい場所を作る為に奮闘する物語です。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる