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第63話 勇者の館
しおりを挟む筆頭騎士スティアが言うには、勇者スカルに与えられた装備品には強力な聖の魔力が込められており、儀式の効果をより高めることができるらしい。
この短期間で儀式を成功させるためには、勇者の協力がぜひとも必要なのだそうだ。
加えて。
「まさか儀式長ってひとも、俺と同じことを感じていたとはな」
「『王都全体を悪しき空気が覆い、儀式の進行に影響が出ている』……ってやつね。まったく、迷惑な話」
俺の隣でアリアが不機嫌そうに応える。
――俺たちは今、王都の一等地に向かっている。
有力貴族や商人たちが邸宅や別荘を構えるエリアだ。一般市民には縁の無い場所である。
この一画に、勇者スカルの邸宅はあるそうだ。
勇者パーティの一員だったときも、俺はヤツの家に行ったことがない。敷居をまたぐ資格がないって話だった。まあ今となってはどうでもいい。
スカルの家の場所を知り、かつ、奴とまともに話ができそうな唯一の人物として、アリアが同行を願い出てくれた。
他にも俺の側に居るのは、神獣少女のリーニャ、大精霊のルウ、それと王国側の使者として筆頭騎士のスティア。少し離れた場所には神鳥もいて、屋根の上から俺たちを見下ろしている。
現状、考え得る最も強力なパーティだろう。
俺たちに与えられた任務は、勇者スカルの装備品を確保すること。
本来なら勇者装備で武装したスカルに立ち会ってもらえば済む話だが、まあ無理だろう。あの男が、イリス姫の儀式を大人しく見ただけで終わるとは思えない。
第一、奴は俺と同じ空間にいることに耐えられないハズだ。もっとも、それはお互い様だが。
儀式の間だけ、装備一式を預からせてくれないかと、奴相手に面倒な交渉をしなければならない。
スティアが王国側の意図を伝え、アリアが説得する。俺たちは何かあったときのためのバックアップ。そういう手はずになっている。
「ラクター。いざとなったらあんたが前に出なさい。今のあんたなら、あいつと良い勝負でしょ。肩書き的にも、実力的にも」
「無茶言うな――ってツッコみたいところだが、まあ……そうせざるを得なくなるだろうなあ」
スカルには色々聞きたいこともある。
万が一、奴が暴れた場合にはストッパー役が必要だ。
「私、割とマジで楽しみにしてるんだからね。イリスの聖女就任。だからあんたも気張りなさいよ」
「ラクター陛下。私も賢者様と完全同意です。至高の天国をこの目で見るまで死ねません」
アリアと変態騎士がずいと迫ってくる。俺はうなずいた。
ふと。
俺はさっきからずっと大人しい神獣少女を振り返った。
「リーニャ。どうした。体調が悪いのか?」
「……うにゃあ。気持ち悪い、主様」
言葉通り、少し顔色が悪い。
そういえば、ここ数日、人混みによく酔うと話していた。
「回復魔法でしのげそうか? ルウ、手伝ってくれ――ルウ?」
シード系魔法を準備していた俺は、大精霊の表情がいつもよりも険しいことに気づく。珍しい。
「ラクター。この周囲、非常に濃いですね~……」
「……ああ。そうだな」
うなずく。
粘つくような違和感が、一歩進むごとにどんどん強くなっている。
こりゃあ、間違いなさそうだな。
王都全体を覆い、聖女の儀式すら妨げる負の魔力の原因。
勇者スカルが関係している。
――目的の屋敷が見えてきた。
さすが、勇者の館。周囲の貴族邸とまったく遜色ない外見だ。
だが、どうも人の気配を感じない。
こうして建物を前にすると、でかくて細部に凝った幽霊屋敷のようだ。
筆頭騎士のスティアが、門扉の前で来訪の意を告げる。
反応はない。
門扉に鍵はかかっていなかった。半開きのままだったそれを、俺たちはゆっくりとくぐる。
敷地内の中庭は荒れ放題だった。玄関までの道にすら雑草が生えている。
リーニャの唸り声が小さく聞こえてきた。
俺は歩きながら認識を改める。
玄関前に着いた。
スティアが再度、声をかける。やはり反応がない。
今一度ノックしようとした筆頭騎士を制し、俺は扉の前に立った。
この雰囲気、ただ事じゃない。もう様子見がどうこう言ってる場合ではない。
「スカル。いるのか、スカル・フェイス! 俺だ、ラクター・パディントンだ!」
大声で名乗った。
それでも、反応はなかった。スカルの声どころか、人一人動く気配すらない。
アリアがつぶやく。
「誰もいない……? おかしいわね。あいつ、この館を手に入れたときたくさんメイドを囲ってたけど」
「全員、逃げ出したか解雇したと聞きました。風の便りですが」
スティアが答える。
俺は玄関前の地面に耳を当てた。それからリーニャに『生き物』の気配を聞く。神獣少女はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「……突入しよう。俺とリーニャで行く。他の奴らは外で待機。何かあったら神鳥に乗って王城まで急行しろ」
「私も行く。嫌な予感がするわ」
アリアが申し出る。
俺はリーニャ、アリアとともに屋敷に入った。
途端、重たい空気が肌を撫でた。
「くさい」
リーニャが鼻を押さえながら呻いた。
埃と……あとは酒か。玄関ホールからパッと見ただけでも転がる空瓶を何本も目にした。
俺はホールの中央で、「スカル!」と叫んだ。声は空しく反響した。
『ラクター様。あちらを』
女神アルマディアが何かを感じ取ったのか、短く進言してきた。
彼女の言う方向に向かう。すると、地下への石階段があった。
こういうデカイ屋敷には、備品を納める地下倉庫がつきものだ。
俺、アリア、リーニャ、そして女神アルマディアまでも、同時に同じ台詞をつぶやく。
――この先はヤバい。
体内の神力を目一杯高め、俺は先頭に立って石階段に足を置いた。
途端、鳥肌が立った。
音が、する。
木が折れる音。石が崩れる音。金属製の何かが雪崩を起こす音。
圧倒的な気配が、下から――。
「逃げろ、皆! 急げ!」
近づいてくる!
俺たちは踵を返し、全力で駆けた。
背後で、床が広範囲で吹き飛ぶ。
玄関扉を体当たりで破り、中庭に出る。外で待機していたルウとスティアも、異変に気づいていた。
敷地外まで待避させる。指示の声がかき消されるほど、凄まじい轟音が屋敷から立ち上った。
門扉まで出て、振り返る。
勇者の屋敷が、無残に瓦礫の山と化していた。
代わりに――ゆらりと『何かが』立ち上がる。
二本の足。
不気味な紫色に薄く光る、スライム状の軟体。
不定形の肉を包む、巨大でいびつな金属鎧。
人型にあるべき、頭部がない。
異形を見上げたアリアがつぶやいた。
「……不浄の騎士」
俺は口元を歪めた。どうしようもない笑いの衝動が溢れる。どうやらアリアも同じ気持ちになったようだ。
見覚えがある。
不浄の騎士を覆う鎧。歪んではいるが、意匠は見覚えがあるのだ。
「勇者装備のリビングアーマーとは、な! 最悪だよ、スカル・フェイス!」
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