59 / 77
第59話 国王ルヴァジ・ヒル・ルマトゥーラ
しおりを挟むしばらくすると、城壁の上に見慣れた姿が現れた。
普通の人間なら目もくらむような高さから、躊躇いもなく飛び降りる。
――思ったよりも帰還が早い。
俺は緊張の面持ちで神獣少女を待ち受けた。
「ご苦労だった、リーニャ。報告を頼む」
「うにゃー」
猫の鳴き真似のような声を出しながら走ってきたリーニャは、そのまま俺に抱きついてきた。
「見失った。リーニャ悔しい」
「そうか……」
俺は神獣少女の肩を軽く叩きながら、眉をひそめた。
リーニャの追跡から逃れるとは。相手はよほどの手練れか。それとも高い逃走スキルを持っているか。
いずれにせよ、厄介なことだ。
「主様。ごめんね」
「いや。気にするな。指示を出したのは俺だ。リーニャでダメなら、ここの誰だって取り逃していただろう」
「にゃー。やっぱりここ、人がたくさん居すぎて匂いも気配も混ざってクラクラする」
「なるほど……群衆の多さがリーニャにとっては足枷だったんだな。それこそ俺の判断ミスだ」
「にゃー。それからもの凄い美味しそうな肉の匂いがした。とても卑怯」
「……なるほど?」
「主様も食べたかった? じゃあ連れてってあげる」
「もしかして食い逃げしてきたのかお前」
「リーニャ逃げてないよ」
わりと重大な判断ミスだったかもしれん。
ぽかんとする王国の人々に、とりあえず俺は頭を下げた。
アリアが「後でお金を払いにいかなきゃね」とか言いながらリーニャ(と俺の頭)をぽかりと叩く。神獣少女はよくわかっていなかった。
気を取り直し、今度は大精霊ルウを呼び出す。
相変わらずほんわかした表情のルウは、いつも通りの口調で報告した。
「これは~、魔法を使われましたね~。リーニャが人に酔っている間に、気配がぱたりと消えました~」
「神獣だけでなく、大精霊の目をもごまかす魔法か……」
「うーん。それだけじゃない気が~」
俺とアリアの視線を受け、大精霊はニコニコ顔で言った。
「この街全体に、ぼんやりと不思議な魔力が満ちているんですよね~。リーニャが追いかけていた人間、その魔力に紛れた感じですね~。どこから漏れてるんでしょう~?」
「発生源の特定はできなかったのか?」
「うーんと~」
人差し指を顎に、たっぷり二十秒。俺はこれ以上の追及を諦めた。
書記官キリオ、姫付の筆頭騎士スティアがやってくる。
「ラクター陛下。そろそろ城内へ。皆様がお待ちです」
「わかった」
「それと僭越ながら、いくら配下の者とはいえ、少し離れた方がよいかと」
言われて、気づく。
戻ってきてからずーっと、リーニャがくっついたままだ。
俺の胸元に顔を押しつけて、何やら熱心に匂いを嗅いでいる。おいやめろ。
「主様の匂いー。落ち着く」
だからやめて。
すぐ後ろでアリアが「この変態」と小声で力強く罵倒してくる。
ああ、しかもこのパターンは……。
「姫様。――イリス姫様!」
「……はい?」
「衝撃を受けている場合ではありませぬ。ここは王国の将来を担う者として、器の大きさを示すときです」
「……う、器?」
「そうです。あちらが胸元ならこちらは首筋です。顔と顔が近づきインパクトは絶大――」
双子従者が案の定、暴走し始める。
俺は率先して城内へ向かって歩き出した。なにかとんでもないモノを見た――といった表情の衛兵に、謝罪代わりの会釈をする。
――久しぶりの王城は、相変わらず綺麗だった。
よく磨かれた床を靴裏が叩く。心地よい足音。ホールに等間隔に並ぶ彫像。静謐な雰囲気。カリファの聖森林で過ごしていたときには感じなかった、文明の香りだ。
若干不満げな双子従者に先導され、城内を歩く。目指すは謁見の間。
途中、見覚えのある顔とすれ違った。城内で働く人たち。かつて勇者パーティに居たときに知り合った面々だ。
彼らは皆、俺を覚えていてくれたようで、わざわざ会釈をしてくれた。そういえば俺が勇者パーティの一員だったときも同じような対応してくれてたよな。
「相変わらずだ……って顔してるわね。ラクター」
ふと、アリアが言った。彼女は少し居心地が悪そうだった。
「あんたは知らないかもだけど、少し前まで王城の雰囲気はサイアクだったんだから」
「そうなのか?」
「そうよ。ま、私含めた誰かさんたちのせいで、ね。今は皆、伸び伸びしてるわ」
大賢者は遠い目をした。俺はアリアの背中を軽く叩いた。
――大きな階段を上り、一際豪奢な扉の前に立つ。
謁見の間だ。
ここにルマトゥーラ王国の最高権力者がいる。
さすがに緊張してきた。王城には幾度となく足を運んできたが、国王陛下と顔を合わせる機会は片手で数えるほどしかなかった。しかも、言葉を交わすのはもっぱら勇者スカルのみ。
扉の前で国王の姿と印象を思い出す。するとアルマディアが感心したように言った。
『なるほど。まさに世の人々が想像する『王様』そのものですね。中央値ぴったりです』
王様の中央値ってなんぞ。
女神だからって言いたい放題のアルマディアを無視し、俺は呼吸を整えた。
扉を護る近衛が声をかけ、部屋への道が開かれる。
空気が一段階、重くなったように感じた。
真っ赤な絨毯が、玉座に向けて一直線に伸びている。遮るものは何もない。
俺は前を向き、一歩一歩、足裏の感触を確かめるように歩いた。俺の右後方にイリス姫、左後方にアリア。リーニャたちがさらに後方に続く。
絨毯の毛が深く、音は響かない。それでも足音が耳の奥ではっきり聞こえる。
玉座には、壮年の男性がゆったりと腰掛けていた。
ルマトゥーラ王国国王、ルヴァジ・ヒル・ルマトゥーラ陛下。
恰幅のよい身体付き。俺なんかよりずっと立派に王族の衣装を着こなしている。豊かな口ひげに、鋭い視線、悠然とした態度。
まさに王らしい王。
アリアがその場にひざまずく。イリス姫も腰をかがめ、視線を下げた。
俺は口を引き結ぶ。一番先頭で、ルヴァジ王と立ったまま、相対する。
今の俺は、カリファ聖王国のトップ。
お互いの力関係が定まる前から、敢えてへりくだる必要はない。
……その覚悟を固めるのに、この絨毯の距離はちょうど良かった。
お互い無言で見つめ合う。
ルヴァジ王は、瞬きもせず俺を視線で射貫く。
俺は唇を濡らした。
「お久しぶりです、陛下。ラクター・パディントン。カリファ聖王国を統べる者として、貴方のお招きに感謝します」
……こんな感じでいいか。
相手の出方を待つ。
今回、話がしたいと俺を呼んだのはあちらだ。
用件は、なにか。
あんなパレードを許すくらいだ。余裕を見せて釘を刺してくるか。それともパレードはあくまで見せかけで、重要な案件をカモフラージュしているのか。
どうなんだ。
無言の時間が、続いた。
ルヴァジ王の視線の強さは、変わらない。
「陛下」
声をかけた。
謁見の間に人は少ない。王の一番近くにいるのは、彼の妻――イリス姫の母であるローリカ・シス・ルマトゥーラ王妃。
イリス姫は母親似なのだと思わせる、可憐で美しい女性だ。
そのローリカ王妃が、そっと夫の肩に触れた。
「陛下」
俺と同じように、声をかける。そしてもう一度、今度は「あなた」と。
ルヴァジ王の視線が、初めて俺から外れた。
王妃をゆっくりと見て、それから俺に向き直り、なぜか、不思議そうに瞬きした。
俺もつられて瞬きした。
深い深いため息が聞こえた。俺のすぐ右後ろ、イリス姫だ――って、え? なにごと?
「お父様ったら、また」
俺は姫を振り返る。目線で「どういうこと?」とたずねると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めて言った。
「申し訳ありません、ラクターさん。みっともないところを。父の悪い癖で……」
「は?」
「その。父は極度に緊張すると――失神してしまうんです」
「失神」
「はい。目を開けたまま」
「目を開けたまま」
壊れたレコーダーのように繰り返す俺。
隣でアリアが呻くようにつぶやいた。「あの極秘情報ってマジだったのね……」と。
俺はルヴァジ王に視線を戻す。
相対してから一切変わらない表情で、ルマトゥーラ王国を統べる男はシュッと手を上げ言った。
「すまん!」
いやすまんて。
3
お気に入りに追加
2,055
あなたにおすすめの小説

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る
神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】
元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。
ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、
理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。
今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。
様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。
カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。
ハーレム要素多め。
※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。
よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz
他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。
たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。
物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz
今後とも応援よろしくお願い致します。

最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる