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第49話 犯人を追え
しおりを挟む――遺棄した召喚獣が消えた。
アリアの狼狽えぶりを見れば、彼女が嘘を言っていないことはわかる。
どうりで気配がないと思ったが……これは予想外の事態だ。
「イリス姫」
「は、はいっ!?」
「アリアの側にいてやってくれ。ひどく取り乱している。ひとりで捜しにいくと言い出しかねない」
「わかりました。ラクターさんは?」
「周りの状況を確かめてくる。皆が合流するまでは、勝手にどこかに行ったりしないから、安心してくれ」
そう伝えて、俺は洞窟を出た。
入り口付近を、ぐるりと歩いて回る。
――森の一角に違和感を覚えた。
洞窟の入り口とは反対方向、藪が深い場所に、スッと一本、道ができていたのだ。
獣が作ったものにしては幅が広い。地面には切り取られた枝や雑草が散乱し、踏み固められている。
どう見ても、誰かが意図して切り拓いた跡だ。
「獣の仕業だったなら、まだよかったかもしれないな……」
この場所はカリファの聖森林の中でも比較的街道に近い。その気になれば、往復一日かからないだろう。
野盗の類がまた戻ってきたか。それとも、別の誰かか。
そういえば、レオンさんの研究所もこの近くだ。彼が召喚獣を化石かなにかと勘違いして採取した? いや、それはないだろう。以前打ち倒した成れ果てドラゴンと同じような代物なら、一般人がひとりで運び出せないはずだ。
だとしたら、誰がなんのために。どうやって。
『ラクター様。進言します』
「なんだ」
『ルウの力を借りましょう。彼女なら、森の異変に敏感なはずです。おそらく、相手は只者ではありません。なにかしら特有の、強い力の痕跡が残っているかもしれませんから』
それと、と女神は付け加える。
『イリス姫に伝令用の鳥を。レオン・シオナードと連絡を取るべきです』
「わかった。お前の言うとおりにしよう」
――それから十数分後。
ルウによる索敵、イリス姫による伝令、そして後続のリーニャらの到着が、ほぼ同時に終わる。
「……勇者パーティのひとりが、この森に?」
「はい~。この感じ、間違いないですね~」
いつものようにのんびりとした口調で、ルウが報告する。
だが、彼女以外の面々は皆、深刻な表情だ。
相手は勇者パーティのひとり。スカルか、エリスのどちらか。彼らの手の付けられなさは、王城に勤める者なら誰でも知っている。
その力も。
加えて――レオンさんと連絡が取れない。
この一連の出来事に、勇者パーティが絡んでいるとしたら――。
俺は眦を決した。
「勇者たちのところへは俺が行く。リーニャ、ルウ。付いてこい。アリアも一緒に頼む。姫は他の皆を連れて、レオンさんのところへ。最悪、レオンさんたちを連れてそのまま王都へ帰還してくれ」
「私もラクターさんと共に行きます」
強い口調で、イリス姫が言う。俺は「ダメだ」と応えたが、頑として聞かない。
すると側近の双子姉弟も、「この森で最も安全なのはラクター陛下の隣だ」と言い始めた。俺は眉間を揉んだ。
アリアが、姫の肩に手を置く。
「姫様。あんたは王国の皆と一緒に行って。相手のこと、わかってるでしょ? スカルの馬鹿なら、まだいい。でもエリスだったら……姫様を陥れようとしているに違いないわ。そんな奴のところに、みすみすあんたを連れていくわけには――」
「ならば余計にです。彼らを勇者、聖女として認めた責任が、私たち王族にはあるはずです。もしまた、非道な行いをしようとしているのなら、王族としてしかるべき態度を示さなければなりません」
「姫様さあ……いつからそんなに気が強くなったのさ」
「ラクターさんや、アリアさんのおかげですよ。それからアリアさん。私のことはどうかイリスとお呼びください。あなたとは、良いお友達同士になりたいのです」
「ばっ……なに言ってるのこの子は。もう」
アリアは離れた。俺を振り返る。
「ラクター。時間が惜しいわ。さっさと行くわよ。それから――」
指を立て、ビシッと宣言する。
「イリスは、私が護るから。安心してブチかましなさい!」
「……ああ。頼りにしてるよ」
敬礼する王国の側近たちを先に行かせ、俺たちは神鳥に飛び乗った。
「ルウ、相手の居場所はわかるな?」
「はい~。ご丁寧に力を放出しているので~、問題ないですね~」
「そりゃ急がないとな。それで、どのあたりだ」
「オルランシアの聖地です~」
俺は思わず、リーニャの顔を見た。
どうやら神獣少女もまた、勇者パーティの気配を感じ取っていたようだ。すでに髪や尻尾を逆立て、殺気をみなぎらせている。
「主様……リーニャ走る。きっと、飛ぶのと同じくらい速い」
「わかった。だが早まるなよ」
無言でうなずくリーニャ。すでに臨戦態勢だった。
「行くぞ、お前ら!」
弾かれたように飛び出す神鳥とリーニャ。
目指すは神獣オルランシアの聖地。
「二度も踏みにじらせるわけにはいかない。今度は止めてやる」
俺は唇を噛みながら、高速で流れていく眼下の景色を睨んだ。
◆◇◆
――かつて、勇者たちによって壊滅した神獣の聖地。
そこから一度は蘇った豊かな地に、今、再び黒い力が広がっていた。
「ああ……思った以上に素晴らしいところですわ。魔力を集めるのに最適ですね」
王国の聖女エリス。
彼女が放つ呪詛の力により、聖地は侵入者への抵抗力を徐々に失っていた。
見晴らしのよい丘の突先に立つエリス。その隣には、小さな少女の姿が。
レオン・シオナードのひとり娘、アン。
少女の瞳は焦点を失い、意思も感じられない。
アンの身体には、次々と黒い魔力が流れ込んでいた。聖地の魔力を利用して増幅した、聖女エリスの奇跡であった。
エリスは優しく語りかけた。
「さあ、アン。あなたが言うべき言葉を、もう一度言ってごらんなさい。陛下にも伝わるように、心を込めて……ね?」
少女は頭を撫でられると、焦点の合わないままの目から涙を流し始めた。
そして――口にする。
「……ひめさまが、イリスひめさまが……とてもおおきくて、おそろしいけものを……わらいながら、よびだしていました……」
「はい。よくできました。ふふ、うふふ……あははは」
高々と笑う聖女の横で、アンは涙を流し続けながら同じ台詞を繰り返していた。
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