46 / 77
第46話 これからも頑張り続けられる未来
しおりを挟む手にした皿が、かしゃんと音を立てる。無意識のうちに立ち止まってしまったからだ。
「召喚獣? 後始末、だって?」
「うん」
アリアはうなずく。真剣な表情を崩していない。
俺は首を振った。
「立ち話もアレだ。部屋で聞こう」
「わかった。それと、イリス姫様には内緒にしてもらっていい? これ以上、心配をかけたくない」
「……私が、どうかしたのですか?」
振り返る。
同じく汚れた皿を手にした姫が、すぐ側に立っていた。眉を下げて、アリアを見つめている。
強ばったままのアリアの顔を見たのだろう。元大賢者が誤魔化そうと一言二言声をかけても、その場から頑として動こうとしなかった。
俺はため息をついた。
「とにかく座ろうぜ。そこの食堂でいいか?」
「そう、だね。ここにいる皆に聞いてもらった方がいいかも、ね」
アリアはそう言って、口元を引き締めた。
――それから俺、アリア、イリス姫を中心に、主立ったメンバーが食堂に集まった。カリファ聖王国からはリーニャやルウ。ルマトゥーラ王国側は双子を筆頭に姫の随行者がひととおり顔を揃える。
アリアは語り始めた。
「今から二ヶ月くらい前、かな。カリファ大森林に遠征にでかけたことがあった。私と、勇者スカルと、聖女エリスの三人。ラクターは、そのときいなかったよね」
無言でうなずく俺。二ヶ月前といえば、もう勇者パーティ内で俺の立場が限りなく低くなっていた頃だ。俺を放置して勝手に冒険に出かけたことは一度や二度ではない。
アリアの話では、そのときの遠征でパーティは『大暴れ』したらしい。
『カリファの聖森林』はルマトゥーラ王国で一種の聖地と言われている場所。もとより一般人が気軽に立ち入れるところではない。
手つかずの自然は、そのまま手つかずのお宝や発見があることを意味している。
「特にスカルの奴は、自分の力を持て余していた。だから目に付く強そうな個体を見つけたら、手当たり次第に戦いを挑んでいった。それを私は止めなかった」
自嘲の笑みをこぼす。
「聖森林の生き物たちは、私にとっても格好の研究材料であり素材の宝庫。魔法の開発にきっと役立つ――そんなことだけを考えていたわ。同類も同類よ」
アリアが顔を上げる。彼女の視線の先には、オルランシア族の神獣少女がいた。
リーニャの尻尾は逆立ち、歯をむき出しにしている。今にも飛びかかって、喉元を食いちぎりそうな勢いだった。
アリアの話は、俺が見てきた森の惨状と一致する。つまり、リーニャの一族を屠ったのは間違いなく勇者で、この元大賢者もその一端を担っていたのだ。
そして今。射殺しかねないリーニャの視線を、アリアは真正面から受け止めている。迫力に当てられ、血の気が引いても、唇が震えても、元大賢者は視線を外さなかった。
俺はリーニャを呼んだ。隣に来た神獣少女の片手を握り、空いた手で彼女の頭を撫でた。
緊張で立っていた獣耳と尻尾が落ち着くまで、無言でそうした。
「続けてくれ、アリア」
「……ごめん。ありがとラクター」
小さく息を吐き、アリアは渇いた唇を湿らせる。
――スカルは戦いの興奮。エリスは貴重な鉱石や香料の素材。
そしてアリアが手に入れようとしたのは、召喚獣だった。
「カリファの生き物には強い魔力の備わった個体が多い。彼らの力を元に、新しい召喚獣が創造できないか考えた。けれど、失敗した。未知の冒険で興奮してて、ろくな準備をしていなかったものね。いかに大賢者と言っても、思いつきと勢いだけじゃ成すものも成せない。で、例によって私はその失敗を認めなかった。なかったことにしようとしたのよ」
「それで埋めた、と。大神木の近くにいた、あの崩れかけたドラゴンのように」
「ええ。その通りよ」
さすがに二度も失敗したら、イライラして面倒になったのよね――とアリアは付け加える。つまり、彼女が生み出した召喚獣の成れ果てはその二体だけということだ。
「私には、自分がしでかしたことへの責任がある。残された召喚獣の残骸は、私が処理する。ラクターや姫様たち、この森に住むたくさんの生き物に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないんだ」
「……」
俺はテーブルの上に肘をつき、手で顎を支えた。
アリアの決意は固い。それは目と態度を見ていればわかる。
針のむしろ状態であっても、彼女は語りきった。
だが――。
「失礼。書記官のキリオと申します。ひとつ、よろしいでしょうか」
ふいに、キリオが口を開いた。眼鏡のブリッジを触る。
「召喚獣の残骸をご自身で処理されるとのこと。お伺いしたい。いったい、どうやって?」
「……」
「失礼ですが、あなたは全盛期の力をほとんど失ったと承知しております。そんなあなたが、成れ果てとはいえドラゴンに匹敵する召喚獣相手に、ひとりでどうやって対処するおつもりですか」
忖度ない質問だった。
ルマトゥーラの国王に直訴する度胸は、本物であった。
アリアはしばらく無言だった。自らの両手を見て、手を閉じたり開いたりした。
「そうだね」
力みも気負いもないつぶやき。
「今の私じゃ、召喚獣をこの世から消し去るだけの力はないかも。将来的にそれができれば良し。できなければ、ずっと監視を続けるよ。まかり間違って、召喚獣が暴れ出さないように」
「一生、ですか?」
「うん。一生」
場がシンと静まった。
短い一言に、元大賢者の覚悟を皆が感じ取ったからだ。
心からの決意だろう。だが俺はその言葉に、諦めの気持ちも混ざっているのではないかと思った。
俺は胸元にしまっていた大神木の新花ペンダントを引っ張り出した。
これは、カリファ聖王国を統べる者の一種の証。
「話はわかった。アリア」
「ありがとう。それじゃあ私、準備でき次第ここを出て――」
「いや、俺たちも行こう」
え……とアリアが目を瞠る。
俺は言った。
「遺棄された召喚獣。カリファ聖王国にとって見過ごせない状況だ。だったら、危険性の排除に俺たちが動くのは当然のことだろ」
「で、でも。これは私がっ」
「じゃあこうしよう」
指を立てる。
「アリアは聖王国の平穏のために重要な情報を提供した。俺は聖王国のため、この場でお前を雇う。俺たちに協力しろ、アリア・アート。報酬は――これからも頑張り続けられる未来だ」
3
お気に入りに追加
2,055
あなたにおすすめの小説

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります
しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。
納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。
ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。
そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。
竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。

ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?
さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。
僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。
そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに……
パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。
全身ケガだらけでもう助からないだろう……
諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!?
頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。
気づけば全魔法がレベル100!?
そろそろ反撃開始してもいいですか?
内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる