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第41話 姫様のお顔
しおりを挟む――イリス姫の手紙を受け取ってから、数日後。
「……なあ、アルマディア。本当に俺は行かなくてよかったのか?」
『よいのです。何度も申し上げたではないですか』
「確かにそうだが。お前ならわかるだろ。正直、落ち着かないんだよ。俺」
『こればかりは、諦めていただくほかありません』
アルマディアはにべもない。
『天界でも、人間界でも、保つべき格というものがあります』
「……今更って気がするけどなあ」
『もう。ただ待っているだけでよいのですから、もう少し鷹揚に構えてくださいませ』
俺はため息をついた。
今、俺たちがいるのは拠点である王樹の中。
『大神木の新花』のレガリアをバックにした、豪奢な椅子の上である。
アルマディア曰く――ここはカリファ聖王国の玉座だ。
体育館ほどの広さがある空間には、俺たちの他に様々な動物たちが待機している。翼三対の、あの神鳥も一緒だ。
何も知らない人間からすれば、この俺は数多の珍しい動物たちを従えた王様――と見えなくもないだろう。
落ち着かない。
さっきから俺がアルマディア相手にグズグズ言ってたのも、君主然としてふんぞり返るのは性に合わないと思ったからだ。
ましてや、これから迎え入れるのが顔見知りの姫とくればなおのこと。
どんな顔して会えばいいんだ、まったく。こんなことなら、やっぱりリーニャと一緒に森の入り口まで迎えにいけばよかったぜ。
命令し、命令される関係にうんざりしたから、勇者パーティと縁を切ってこの森に来たっていうのに……。これじゃ勇者スカルと大差ないんじゃねえか?
『これも経験です。カリファ聖王国に生きる者たちの意志と信頼は、あなた様にとっても必ずプラスになりますよ。……さあ、おいでになりました』
落ち着き払った女神の言葉に、俺は気持ちを切り替えた。
――数日前にイリス姫が言っていた『近いうちに俺の元を訪れたい』という話。
姫様は、こちらに手紙を出したときにはすでに準備を進めていたようだ。
しかも今回はお忍びではなく、ルマトゥーラ王国王女イリス・シス・ルマトゥーラとして正式な『視察』とのこと。
それを知ったアルマディアが『では、こちらも相応しい待遇でお迎えしなければ』と言い出した。
で。
俺は女神の指示で王樹の玉座に座り、カリファ聖王国の王として他国の姫君をお迎えするという形を取ることになったのだ。
――巨大葉っぱエレベーターが、王樹の空間まで到達する。
案内役として姫様を迎えに行っていたリーニャが、先頭で歩いてくる。
続いて、彼女の眷属たるオオカミや、見るも厳つい熊などの動物たち。露払いゴツすぎ。
さらにその後ろには、数人の騎士や文官らしき人影があった。微妙に狼狽えている。俺は顔を覆いたくなるのをこらえた。
リーニャたちが道を空ける。
正面に、パテルルの上に横座りしたイリス姫様がいた。
……思わず、瞬きしてしまった。
『ほう。これは』
アルマディアがつぶやく。この声音、感心しているのだ。
俺も、同感だった。
最後に顔を合わせたのは、もう三週間以上前。
かつて、穏やかだが臆病さも色濃くにじんでいた表情は、いまや凜々しく引き締まっている。
伸ばした背筋、身につけている衣服。外見そのものは前回と同じだけど、彼女から感じる気品というか、貴人の圧みたいな凄みが段違いだった。
なんだろうな。自信を持ってる。そんな感じ。
俺は内心――嬉しくなっていた。
男子三日会わざれば刮目してみよ、って諺がある。男女の違いはあるけど、イリス姫にも当てはまるな。これは。
俺は気持ちを引き締め、玉座を立ち上がる。姫様の元まで歩くと、敬意を込めて握手する。
「ようこそ。カリファ聖王国へ。イリス姫」
「このたびは私の無理を聞いていただき、感謝いたします。ラクター・パディントン陛下」
握手の後、淑やかに一礼するイリス姫。俺は苦笑した。
「よしてくれ。柄じゃないのは姫様も知ってるだろ。いつも通りで頼むよ。……あー」
周りに控えた騎士、文官たちを見る。
「まあ、姫の連れに怒られない程度に」
「ふふっ」
イリス姫は愉快そうに笑った。なぜかその瞬間、姫様のお連れたちの緊張もフッと解けたように感じた。
「大丈夫ですよ、ラクターさん。今日同行しているのは、私が信頼を置く者たちです。彼らにも、ラクターさんのことを知ってもらいたくて」
「成長したなあ」
無意識のうちに口をついて出た。
イリス姫の目尻が下がる。
「私が成長できたのなら、それはラクターさんのおかげです」
純粋な信頼の瞳が、俺を見上げてくる。
それを真正面から受け止めるのも、悪くない気持ちだった。
しばらくして、イリス姫が周囲に目を向ける。
「お手紙でうかがってはいましたが、本当に立派な建物ですね。王城にも引けを取りません。それに、こんなにたくさん可愛い子たちが」
「【ビーストテイマー】としては、こっちの方が居心地いいかな?」
「はい! あ、いえその。ごほん」
勢いよくうなずいてから、赤面して空咳をする姫。
誤魔化すように視線を巡らせた彼女は、ふと、ある一点でピシリと固まった。
俺は首を傾げ、姫様の視線を追う。
「あら~?」
玉座の近くに控えていた大精霊ルウが、いつもの表情で顔を傾ける。
視線を姫に戻す。
心なしか、姫の瞳から光が消えていた。
「ラクターさん……あの女性は……」
「彼女はルウ。大神木に宿る大精霊だ。手紙にも書いてたはずだが」
「そう、ですか。あの方が」
イリス姫様。自らの胸に片手を当て、天を仰ぐ。
「…………残酷、です」
なにが、とは敢えて聞かないことにした。
やがて文官から何事か耳打ちされた姫様は、ひどくゆっくりとした仕草でうなずいた。パテルルに結びつけてあった荷物から、文官が何かを取り出す。
「ラクターさん。聖なる森の主となられたこと、お慶び申し上げます。遅くなって申し訳ありませんが、これは私からのお祝いの気持ちです」
イリス姫が告げた。なぜか胸元を隠しながら。
文官がうやうやしく捧げ持った包みを受け取り、中を開く。
そこには、豪奢な刺繍の刻まれた礼服一式があった。
堅苦しそうだなあ、と思っていると、周囲から期待の目線がいくつも刺さってきた。
……あー。うん? 今、着ろと言ってる? 君ら。
固まる俺の目の前で、地面からスルスルと蔦が壁状に生える。ちょうどフィッティングルームのような形だ。
大精霊ルウがにこにこ笑っているのが見えた。ちくしょう。
なかばヤケクソになって着替える。大変ありがたいことに、女神アルマディアは礼服の着装に詳しかった。生き生き説明してくれましたちくしょうめ。
――フィッティングルーム、開放。
深緑を基調とした上等な仕立ての服が、びっくりするぐらいジャストフィットしていた。肩にはなんか装飾が付いてるし、腕やら足のラインには金色の刺繍が施してある。
場違い感で死にそう。
俺は鼻から大きく息を吸い、口から盛大に吐いた。口元がひくついているのを自覚しながら、いちおう人として、礼を言う。
「ありがとう、イリス姫。大切に使わせてもらうよ。はは……」
「……」
「姫?」
「……」
「おーい」
「……」
しばしの沈黙。
精神的成長を見せたイリス・シス・ルマトゥーラ姫は、言った。
「えへへえ!」
「姫。顔、顔」
数十分前の気品、どこいった。
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