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第35話 〈side:勇者〉大賢者、敗北のとき(2)
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私が隠してるヤバい話――?
え、ウソ。マジ? どうしてこいつが知ってるの?
もしかして気づいた? この森に入り浸っているから?
いつ? どうやって調べた?
それにさっきの魔法。
もしかして、『以前と違う』ってそういうこと……?
――ああ、ダメ。ダメ。
余計なことを考えたら、集中力が鈍る。
ラクターごときを相手に、そんな無様はさらせない。
気にするな。あれはきっとなにかの間違い。偶然。そうだ。落ち着け私。あいつが私より上だなんて、あるわけがない。
あっては、ならない。
だって私は、大賢者アリア・アートなのだから。
「……隠してる話? はっ。なんのことかしら」
口が、勝手にそう告げていた。
「ていうかラクター。あんた、いつから私にそんな偉そうな口を叩けるようになったのかしら。以前と違う? 笑わせないで。どうやら少しはできるようになったみたいだけど、だったら最初からやりなさいよ。そうすれば、あんたもスカルの奴に捨てられずにすんだでしょうに」
背筋に冷たい汗はまだ残っている。
だが私は徐々に落ち着きを取り戻していた。大丈夫。これだけ口が回れば、私は大丈夫。ビビってない。ラクターなんかに、恐れをなしていない。
――視界が。
急に。
開けた。
お気に入りの帽子が上空に弾き飛ばされたのだと、数秒後に気づく。
目の前には、取り巻き女のひとりが迫っていた。
獣耳。見開かれた目に、細まった黄金色の瞳孔。セクハラ勇者が好きそうな美人――だけど、私はまったく可愛いと思えなかった。思う余裕がなかった。
脳裏によぎったのはただひとつ――殺される!
こんな感情、ドラゴン相手でも抱かなかった。
「おまえ、主様を馬鹿にしたな」
きっといつもは愛らしい声なのだろう。
込められた殺気の量が、ハンパじゃない。
「喰い散らかしてやる」
「――――ひィッ!?」
あれ、私、今悲鳴、上げた?
あんな情けない声、私じゃない。私じゃない。
助け船を出したのは、信じられないことにラクターだった。
「やめろ、リーニャ。下がれ。こいつは俺が相手をする」
あれだけ殺気を放っていた獣人少女が、ラクターの指示に素直に従い、彼の元まで戻る。
その間、十秒ほど。
私は、ふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。
「……こいつは、俺が、相手をする……ですって?」
あのラクターが。
荷物持ちで私たちのオモチャにすぎなかった、ラクター・パディントンが。
ふざけるな。
ふざけるなよっ!
帽子のつばを握ろうとして、すでにどこかに弾き飛ばされたことを思い出す。それが余計に、私の怒りに油を注いだ。
「――――ッ!」
私は詠唱した。持ちうるレパートリーの中で、最大の魔法を練る。
もう知らない。もう手加減しない。話し合いがどうとか、もう関係ない。
いっぺん黒焦げになって、私の前にひざまずけ。
そうでなければ、私の気持ちはもう収まらない――!
「食らえ、極大火炎魔法!!」
最初に放ったけん制魔法とはぜんぜん違う。
正真正銘の最高火力。ドラゴンの翼を吹っ飛ばした私の全力が、巨大な火球となって一直線に飛ぶ。
――直撃。
そして霧散。
霧散? え?
爆音も、焦げた臭いも、黒煙すらなしで?
なんで。あんた。なんで無傷なままなの……?
「【楽園創造者】の力は、大賢者の魔法にも通用するんだな」
「……は?」
「今度はこっちの番だ。……つっても」
私の見間違いじゃなければ、ラクターは眉を下げていた。つまり、かわいそうな奴を見る目になっていた。
「お前の詠唱中に、もう仕込みは終わってたんだがな」
視界にふわりと浮かぶ光。
みっつの光点――いや、種か? 私を囲んでいた。
魔法使いとしての私の勘が「これはヤバい」と告げる。
「シード・ウェイブドラム」
どすん――と衝撃がきた。
視界が二重、三重にぶれる。
吐いた。
お腹の中を無理矢理ひっくり返されたように、吐いた。無様とか、そんなこと考える余裕もなかった。
崩れ落ちる。
がんがん頭が痛む。手先足先が震える。
これ……魔力による、衝撃波……? 私の魔法防御を、こんなあっさり、貫くなんて……。
「認める、ものですか……」
理解はした。でも受け入れてやらない。
私は立ち上がり、再び詠唱を始めた。さっき無効化されたことなんて忘れていた。ただ怒りと、プライドと、すぐそこまで迫った恐怖から逃げたい気持ちとで、私は私の覚えている魔法を手当たり次第に放った。
大地の大魔法は、より大きな地面の隆起魔法によって相殺された。
風の大魔法は、腕の一振りでかき消された。
水の大魔法は、発動前に無効化された。
私は手当たり次第に魔法を放ち続けた。本当に、思いつく限り見境なく使った。
――気がつけば。
尻餅をつきながら、私は詠唱もどきを口走るだけになっていた。ただ口を動かしているだけだと自分で気づくまで、いったい、どのくらい無駄撃ちしてしまったのだろう。
ラクターは、私の二歩先まで来ていた。
なに……この現実。
「……アリア。お前、やっぱりとんでもないものを隠していたんだな」
「……あ……を」
「お前が大地の魔法を使ったときに出てきたよ。凄まじい魔力を凝縮した結界魔法が、ここの地下からな。ずいぶん雑に隠してくれたもんだ」
「……ち……は」
「答えろ。この魔法でなにをするつもりだった。周囲の生命力を奪い続ける危険な魔法を編み出してまで、お前はなにがしたかったんだ。アリア」
「そうよ」
急に、私の口はうまく回るようになった。
頭の片隅で、冷静な自分が言う。もういいだろうと。
ろうそくの火みたいに言い訳を重ねて、なんになるかと。
「大賢者が大魔法を創造することの、なにがいけないの。あれは私を追い出したクソ勇者専用。いくらあいつでも、この魔法が直撃すればタダじゃすまない」
「……まさかお前、王都にいる勇者にこの魔法を使うつもりだったんじゃないだろうな」
「そうよ! 感謝して欲しいわねラクター。あんただって、勇者スカルに捨てられた人間でしょ。恨みを晴らす魔法を私が創ってあげたんだから、あんたは私に感謝するべきなのよ。そうでしょ!?」
――だんだんと、私の中の冷静な自分が遠のいていく。
もしかしたら、今が引き返す最後のチャンスじゃないかと。
今が謝る最後のチャンスじゃないかと。
その声は、私の中からどんどん遠く――。
「だから私は、悪くない!」
「ふざけるなっ、アリア・アート!!」
初めて聞くような、ラクターの怒声だった。
その一喝で、私の身体から力が抜けた。
反論の言葉が、怒りとプライドが、さらさらと崩れていく。それが自分でわかる。
あっけなかった。
あ……そっか。私、こいつに負けたんだ。
よく見ればさ、傷一つ、与えられてないじゃん。
怒られて、一発で折れてんじゃん、私。
あは、あはは……ははは……。
うつむく。
――直後、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
私の魔力はもう残ってない。底が尽きた。けど、それでもなお私の身体から力が漏れ出ていく感覚がした。
うつむいた視界に、自分の手が映る。自分でも小さい手が、徐々に黒ずんでいく。
……あ。性悪聖女の呪い。
魔力が完全に枯渇したせいで、呪いが悪化してる?
頭がぼんやりしてくる。
ラクターがなにか言っているけど、耳に入ってこない。
なのに、自分の心臓の音だけはやたらでかく聞こえてくる。
頭に霞がかかったようになる。
視界が二重写しに。
心臓の音が、少しずつゆっくりに。遠く。
そのときになって、後悔の気持ちがわき上がってきた。
「ごめ……なさい……」
――と口にしていた。
もう一度「ごめんなさい」と言おうとして、視界が一気にブラックアウトした。
私は思った。
あ、死んだ――と。
え、ウソ。マジ? どうしてこいつが知ってるの?
もしかして気づいた? この森に入り浸っているから?
いつ? どうやって調べた?
それにさっきの魔法。
もしかして、『以前と違う』ってそういうこと……?
――ああ、ダメ。ダメ。
余計なことを考えたら、集中力が鈍る。
ラクターごときを相手に、そんな無様はさらせない。
気にするな。あれはきっとなにかの間違い。偶然。そうだ。落ち着け私。あいつが私より上だなんて、あるわけがない。
あっては、ならない。
だって私は、大賢者アリア・アートなのだから。
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だが私は徐々に落ち着きを取り戻していた。大丈夫。これだけ口が回れば、私は大丈夫。ビビってない。ラクターなんかに、恐れをなしていない。
――視界が。
急に。
開けた。
お気に入りの帽子が上空に弾き飛ばされたのだと、数秒後に気づく。
目の前には、取り巻き女のひとりが迫っていた。
獣耳。見開かれた目に、細まった黄金色の瞳孔。セクハラ勇者が好きそうな美人――だけど、私はまったく可愛いと思えなかった。思う余裕がなかった。
脳裏によぎったのはただひとつ――殺される!
こんな感情、ドラゴン相手でも抱かなかった。
「おまえ、主様を馬鹿にしたな」
きっといつもは愛らしい声なのだろう。
込められた殺気の量が、ハンパじゃない。
「喰い散らかしてやる」
「――――ひィッ!?」
あれ、私、今悲鳴、上げた?
あんな情けない声、私じゃない。私じゃない。
助け船を出したのは、信じられないことにラクターだった。
「やめろ、リーニャ。下がれ。こいつは俺が相手をする」
あれだけ殺気を放っていた獣人少女が、ラクターの指示に素直に従い、彼の元まで戻る。
その間、十秒ほど。
私は、ふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。
「……こいつは、俺が、相手をする……ですって?」
あのラクターが。
荷物持ちで私たちのオモチャにすぎなかった、ラクター・パディントンが。
ふざけるな。
ふざけるなよっ!
帽子のつばを握ろうとして、すでにどこかに弾き飛ばされたことを思い出す。それが余計に、私の怒りに油を注いだ。
「――――ッ!」
私は詠唱した。持ちうるレパートリーの中で、最大の魔法を練る。
もう知らない。もう手加減しない。話し合いがどうとか、もう関係ない。
いっぺん黒焦げになって、私の前にひざまずけ。
そうでなければ、私の気持ちはもう収まらない――!
「食らえ、極大火炎魔法!!」
最初に放ったけん制魔法とはぜんぜん違う。
正真正銘の最高火力。ドラゴンの翼を吹っ飛ばした私の全力が、巨大な火球となって一直線に飛ぶ。
――直撃。
そして霧散。
霧散? え?
爆音も、焦げた臭いも、黒煙すらなしで?
なんで。あんた。なんで無傷なままなの……?
「【楽園創造者】の力は、大賢者の魔法にも通用するんだな」
「……は?」
「今度はこっちの番だ。……つっても」
私の見間違いじゃなければ、ラクターは眉を下げていた。つまり、かわいそうな奴を見る目になっていた。
「お前の詠唱中に、もう仕込みは終わってたんだがな」
視界にふわりと浮かぶ光。
みっつの光点――いや、種か? 私を囲んでいた。
魔法使いとしての私の勘が「これはヤバい」と告げる。
「シード・ウェイブドラム」
どすん――と衝撃がきた。
視界が二重、三重にぶれる。
吐いた。
お腹の中を無理矢理ひっくり返されたように、吐いた。無様とか、そんなこと考える余裕もなかった。
崩れ落ちる。
がんがん頭が痛む。手先足先が震える。
これ……魔力による、衝撃波……? 私の魔法防御を、こんなあっさり、貫くなんて……。
「認める、ものですか……」
理解はした。でも受け入れてやらない。
私は立ち上がり、再び詠唱を始めた。さっき無効化されたことなんて忘れていた。ただ怒りと、プライドと、すぐそこまで迫った恐怖から逃げたい気持ちとで、私は私の覚えている魔法を手当たり次第に放った。
大地の大魔法は、より大きな地面の隆起魔法によって相殺された。
風の大魔法は、腕の一振りでかき消された。
水の大魔法は、発動前に無効化された。
私は手当たり次第に魔法を放ち続けた。本当に、思いつく限り見境なく使った。
――気がつけば。
尻餅をつきながら、私は詠唱もどきを口走るだけになっていた。ただ口を動かしているだけだと自分で気づくまで、いったい、どのくらい無駄撃ちしてしまったのだろう。
ラクターは、私の二歩先まで来ていた。
なに……この現実。
「……アリア。お前、やっぱりとんでもないものを隠していたんだな」
「……あ……を」
「お前が大地の魔法を使ったときに出てきたよ。凄まじい魔力を凝縮した結界魔法が、ここの地下からな。ずいぶん雑に隠してくれたもんだ」
「……ち……は」
「答えろ。この魔法でなにをするつもりだった。周囲の生命力を奪い続ける危険な魔法を編み出してまで、お前はなにがしたかったんだ。アリア」
「そうよ」
急に、私の口はうまく回るようになった。
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ろうそくの火みたいに言い訳を重ねて、なんになるかと。
「大賢者が大魔法を創造することの、なにがいけないの。あれは私を追い出したクソ勇者専用。いくらあいつでも、この魔法が直撃すればタダじゃすまない」
「……まさかお前、王都にいる勇者にこの魔法を使うつもりだったんじゃないだろうな」
「そうよ! 感謝して欲しいわねラクター。あんただって、勇者スカルに捨てられた人間でしょ。恨みを晴らす魔法を私が創ってあげたんだから、あんたは私に感謝するべきなのよ。そうでしょ!?」
――だんだんと、私の中の冷静な自分が遠のいていく。
もしかしたら、今が引き返す最後のチャンスじゃないかと。
今が謝る最後のチャンスじゃないかと。
その声は、私の中からどんどん遠く――。
「だから私は、悪くない!」
「ふざけるなっ、アリア・アート!!」
初めて聞くような、ラクターの怒声だった。
その一喝で、私の身体から力が抜けた。
反論の言葉が、怒りとプライドが、さらさらと崩れていく。それが自分でわかる。
あっけなかった。
あ……そっか。私、こいつに負けたんだ。
よく見ればさ、傷一つ、与えられてないじゃん。
怒られて、一発で折れてんじゃん、私。
あは、あはは……ははは……。
うつむく。
――直後、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
私の魔力はもう残ってない。底が尽きた。けど、それでもなお私の身体から力が漏れ出ていく感覚がした。
うつむいた視界に、自分の手が映る。自分でも小さい手が、徐々に黒ずんでいく。
……あ。性悪聖女の呪い。
魔力が完全に枯渇したせいで、呪いが悪化してる?
頭がぼんやりしてくる。
ラクターがなにか言っているけど、耳に入ってこない。
なのに、自分の心臓の音だけはやたらでかく聞こえてくる。
頭に霞がかかったようになる。
視界が二重写しに。
心臓の音が、少しずつゆっくりに。遠く。
そのときになって、後悔の気持ちがわき上がってきた。
「ごめ……なさい……」
――と口にしていた。
もう一度「ごめんなさい」と言おうとして、視界が一気にブラックアウトした。
私は思った。
あ、死んだ――と。
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