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第25話 それでも
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「これは一体……」
俺は顔をしかめながら洞窟をのぞき込む。
すさまじい臭気が立ち上ってきた。思わず口元を押さえる。
陽光に照らされているのは、ほとんどが白骨化した亡骸だ。それでもこの臭いということは、見えない範囲にまだまだ多くの骸が転がっているということ。
ここまでの惨状となると……勇者パーティにいたころを含めても数えるほどしかない。で、そういうときは大抵、とんでもない化け物が潜んでいたものだ。
「リーニャ。なにか感じるか」
「うー……」
リーニャは髪をやや逆立てながら唸っている。
「主様、ここ、すごく嫌」
「そうか。やはり奥になにか隠れてやがるんだな」
「そうだけど、そうじゃないの」
リーニャと目が合う。くしゃりと、泣く寸前のような表情をしていた。
「ここの皆、すごく辛そう。苦しそう」
「……この亡骸の山か」
「主様。たぶんこの子たち、たくさん逃げてきた。怯えて、苦しんで、それでめちゃくちゃにされた。そんな嫌なにおいがするの……」
俺の腕にしがみついてくる。その手に力がこもっていた。
ラクター様、とアルマディアが声をかけてくる。
『これは推測ですが……この惨状、聖森林の動物たちが姿を消した理由ではないでしょうか』
「森の動物たちがここに追い立てられ、まとめて惨殺された、と」
『もちろん、カリファのすべての動物たちが集まったわけではないでしょう。ですが、なにかを恐れて隠れようとしたのは確かだと思います。現に――』
アルマディアが俺の右手を動かし、洞窟の奥を指差す。
『あちらの方から、大きな敵意の塊を感じます。それと、かすかですが神力も』
「なに? 大神木のか」
『わかりません。敵意の方が強すぎて……いかがされますか?』
俺は目を閉じ、考えた。
十秒か、二十秒か、それくらいだったと思う。
目を開けた俺は、意を決して洞窟へと降りた。
途端に密度を増す臭気。加えて、肌にまとわりつく気持ちの悪い殺気を感じた。気配を察するのに長けたスカウトでなくても、余裕で気づくレベルだ。
『ラクター様、お気を付けて。野盗とは桁違いの相手です』
「わかってる。だが、それより前にやることがある」
アルマディアの戸惑いが伝わってきた。
眉根を寄せ、気持ち悪さに耐えながら辺りを見回す。
差し込んだ陽光に照らされた白骨、陽光も届かない場所の亡骸。
リーニャによれば、それらはすべて理不尽な苦しみを味わわされた者のなれ果てだという。
弱肉強食は世の常だ。この異世界ならなおさらだろう。
だが――。
「食って、食われて、生き残る。そんなシンプルな生き方さえ全否定するようなやり方は、リスペクトの欠片も感じねぇ」
手を掲げた。
「こいつらを土に還す。せめて、地上と同じ景色の中で」
神力を高めていく。視界の端に映ったGPメーターが、消費予測量を点滅表示する。
アルマディアがゆっくりと寄り添うように言った。
『消費GP値増大。これから先の戦闘行動に支障が出る危険性は非常に高くなります。それでも、よろしいですか』
「……それでも、だ」
『承知しました』
神力が解放される。
――『楽園創造』。
神力の輝きが洞窟内に広がっていく。
イメージは、ここまで歩いて目にしてきた、カリファ聖森林の姿。
ここで生きてきた奴らが、当たり前に目にしてきたであろう光景。
無骨な岩ばかりの空間に、緑がさした。
地面が柔らかな土壌に変化し、木が生え、草が生え、苔が広がる。
ほどよい熱が生まれ、臭気を払う風が生まれ、洞窟内なのに昼間の明るさが生まれた。
それにともない、白骨化した亡骸たちが土と同化していく。
「……か、ふっ……」
神力の放出が止まる。
俺はその場に膝をついた。手が震える。神力枯渇の症状が出始めていた。
汗を拭いながら辺りを見回す。
どうやらこの場所は洞窟の突き当たり部分だったらしい。とりあえず視界に映る範囲には、『楽園』を広げられたようだ。
最初のころと比べて、効果範囲が広がっている。レベルアップしているのは間違いないということか。
『レベルを13に上昇させます。GP残量、危険水域。回復するまで、これ以上の使用は推奨できません。……ラクター様』
「なんだよ」
『あなたに限りない敬意を。私はこの森に縁が深い女神でありながら、脅威のことばかり考えておりました。対してあなた様は、森に生きる者たちの尊厳を護った。私は女神失格です』
「普通は『敵を前にしてなんて愚かな』って笑うとこだぜ」
『ラクター様……』
「お前ならこういうときも容赦なくからかってくると思ってたんだがな」
『私をなんだと思っていらっしゃるのですか』
少し怒ったような女神の返事に、俺は口元を緩めた。
横から軽い衝撃。リーニャが俺に抱きついてきた。
抱きつきの力が半端ない。自分の頭を、俺の頬と首筋あたりに擦り付けてくる。獣耳が何度も俺の頬に触れてこそばゆかった。
「リ、リーニャ? どうした」
「リーニャ、主様に出会えて本当によかった。主様の僕になれて本当によかった」
……どうやら、俺が『楽園創造』で動物たちを弔ったことに感謝しているようだ。
ま、ちょっと大げさな気もするが、悪くない気持ちだ。
俺の信念――一生懸命な奴をリスペクトするってのを果たせたのだから。
自己満足万歳って奴だ。はは。
それにしても――リーニャの距離が近い。超近い。
気がつけば頬と頬が触れ合って、彼女の息づかいがすぐそばだった。
腕や足も、なんか絡まってきている。
「リーニャ、ぜったいに主様を護る。リーニャのぜんぶは主様のもの。主様の前に立ちはだかるもの、邪魔するもの、リーニャぜったい許さない。リーニャのすべてにかけて、主様の心に応える」
「リ、リーニャ?」
『完全にスイッチが入りましたね』
おいなんてことを言うんだ女神。
『絶対的な忠誠を誓うということでしょう。どうかリーニャの想い、受けてあげてください』
「リーニャだけじゃないよ?」
すっ、と頬を離したリーニャ。どこかとろんとした瞳がものすごく蠱惑的で、俺は思わず息を呑んだ。
――ん? リーニャだけじゃない?
「みんなも、そう言ってる」
神獣少女が告げた直後――楽園に異変が起こった。
俺は顔をしかめながら洞窟をのぞき込む。
すさまじい臭気が立ち上ってきた。思わず口元を押さえる。
陽光に照らされているのは、ほとんどが白骨化した亡骸だ。それでもこの臭いということは、見えない範囲にまだまだ多くの骸が転がっているということ。
ここまでの惨状となると……勇者パーティにいたころを含めても数えるほどしかない。で、そういうときは大抵、とんでもない化け物が潜んでいたものだ。
「リーニャ。なにか感じるか」
「うー……」
リーニャは髪をやや逆立てながら唸っている。
「主様、ここ、すごく嫌」
「そうか。やはり奥になにか隠れてやがるんだな」
「そうだけど、そうじゃないの」
リーニャと目が合う。くしゃりと、泣く寸前のような表情をしていた。
「ここの皆、すごく辛そう。苦しそう」
「……この亡骸の山か」
「主様。たぶんこの子たち、たくさん逃げてきた。怯えて、苦しんで、それでめちゃくちゃにされた。そんな嫌なにおいがするの……」
俺の腕にしがみついてくる。その手に力がこもっていた。
ラクター様、とアルマディアが声をかけてくる。
『これは推測ですが……この惨状、聖森林の動物たちが姿を消した理由ではないでしょうか』
「森の動物たちがここに追い立てられ、まとめて惨殺された、と」
『もちろん、カリファのすべての動物たちが集まったわけではないでしょう。ですが、なにかを恐れて隠れようとしたのは確かだと思います。現に――』
アルマディアが俺の右手を動かし、洞窟の奥を指差す。
『あちらの方から、大きな敵意の塊を感じます。それと、かすかですが神力も』
「なに? 大神木のか」
『わかりません。敵意の方が強すぎて……いかがされますか?』
俺は目を閉じ、考えた。
十秒か、二十秒か、それくらいだったと思う。
目を開けた俺は、意を決して洞窟へと降りた。
途端に密度を増す臭気。加えて、肌にまとわりつく気持ちの悪い殺気を感じた。気配を察するのに長けたスカウトでなくても、余裕で気づくレベルだ。
『ラクター様、お気を付けて。野盗とは桁違いの相手です』
「わかってる。だが、それより前にやることがある」
アルマディアの戸惑いが伝わってきた。
眉根を寄せ、気持ち悪さに耐えながら辺りを見回す。
差し込んだ陽光に照らされた白骨、陽光も届かない場所の亡骸。
リーニャによれば、それらはすべて理不尽な苦しみを味わわされた者のなれ果てだという。
弱肉強食は世の常だ。この異世界ならなおさらだろう。
だが――。
「食って、食われて、生き残る。そんなシンプルな生き方さえ全否定するようなやり方は、リスペクトの欠片も感じねぇ」
手を掲げた。
「こいつらを土に還す。せめて、地上と同じ景色の中で」
神力を高めていく。視界の端に映ったGPメーターが、消費予測量を点滅表示する。
アルマディアがゆっくりと寄り添うように言った。
『消費GP値増大。これから先の戦闘行動に支障が出る危険性は非常に高くなります。それでも、よろしいですか』
「……それでも、だ」
『承知しました』
神力が解放される。
――『楽園創造』。
神力の輝きが洞窟内に広がっていく。
イメージは、ここまで歩いて目にしてきた、カリファ聖森林の姿。
ここで生きてきた奴らが、当たり前に目にしてきたであろう光景。
無骨な岩ばかりの空間に、緑がさした。
地面が柔らかな土壌に変化し、木が生え、草が生え、苔が広がる。
ほどよい熱が生まれ、臭気を払う風が生まれ、洞窟内なのに昼間の明るさが生まれた。
それにともない、白骨化した亡骸たちが土と同化していく。
「……か、ふっ……」
神力の放出が止まる。
俺はその場に膝をついた。手が震える。神力枯渇の症状が出始めていた。
汗を拭いながら辺りを見回す。
どうやらこの場所は洞窟の突き当たり部分だったらしい。とりあえず視界に映る範囲には、『楽園』を広げられたようだ。
最初のころと比べて、効果範囲が広がっている。レベルアップしているのは間違いないということか。
『レベルを13に上昇させます。GP残量、危険水域。回復するまで、これ以上の使用は推奨できません。……ラクター様』
「なんだよ」
『あなたに限りない敬意を。私はこの森に縁が深い女神でありながら、脅威のことばかり考えておりました。対してあなた様は、森に生きる者たちの尊厳を護った。私は女神失格です』
「普通は『敵を前にしてなんて愚かな』って笑うとこだぜ」
『ラクター様……』
「お前ならこういうときも容赦なくからかってくると思ってたんだがな」
『私をなんだと思っていらっしゃるのですか』
少し怒ったような女神の返事に、俺は口元を緩めた。
横から軽い衝撃。リーニャが俺に抱きついてきた。
抱きつきの力が半端ない。自分の頭を、俺の頬と首筋あたりに擦り付けてくる。獣耳が何度も俺の頬に触れてこそばゆかった。
「リ、リーニャ? どうした」
「リーニャ、主様に出会えて本当によかった。主様の僕になれて本当によかった」
……どうやら、俺が『楽園創造』で動物たちを弔ったことに感謝しているようだ。
ま、ちょっと大げさな気もするが、悪くない気持ちだ。
俺の信念――一生懸命な奴をリスペクトするってのを果たせたのだから。
自己満足万歳って奴だ。はは。
それにしても――リーニャの距離が近い。超近い。
気がつけば頬と頬が触れ合って、彼女の息づかいがすぐそばだった。
腕や足も、なんか絡まってきている。
「リーニャ、ぜったいに主様を護る。リーニャのぜんぶは主様のもの。主様の前に立ちはだかるもの、邪魔するもの、リーニャぜったい許さない。リーニャのすべてにかけて、主様の心に応える」
「リ、リーニャ?」
『完全にスイッチが入りましたね』
おいなんてことを言うんだ女神。
『絶対的な忠誠を誓うということでしょう。どうかリーニャの想い、受けてあげてください』
「リーニャだけじゃないよ?」
すっ、と頬を離したリーニャ。どこかとろんとした瞳がものすごく蠱惑的で、俺は思わず息を呑んだ。
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