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第5話 〈side:勇者〉姫様へアピールするも……
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――俺は勇者スカル・フェイス。
いずれこの国を背負って立つ男だ。何せ、俺は他の奴らが誰も装備できない勇者の武具を持っているんだからな。
当然、特別待遇されるべきだ。
城へ向かうのに、最高級の馬車に乗っているのも当然である。
「今日は気分がいいぜ」
自分で言うのもアレだが、俺は上機嫌だった。
ラクターのおかげである。
無能を追放するのがこんなに気持ちのいいものは知らなかった。酒場を出ていくあいつの後ろ姿は、今思い出しても笑えてくる。
奴の言動にはいつもイライラさせられていたが、こんな気分にさせてくれたのなら、全部許してもやってもいいとさえ思える。
ふ、我ながら器が広い。力の強さに加えてこの度量の大きさ。どうしたもんか。
「イリス姫も、ようやく俺の素晴らしさに気付いたようだな。ははは」
あの手紙がその証拠だ。
そうとわかれば、さらなるアピールだ。相手は王族。勇者のありがたさを知ってもらうことは、俺の今後に直結する。
一応、エリスとアリアも誘ったが、彼女たちはついてこなかった。呼ばれていないから、ともっともらしい理由をつけていたが……。
まあいいさ。むしろ俺ひとりの方が都合が良い。
それにしても、エリスもアリアも相変わらずカワイイところがある。あいつら、きっと嫉妬しているんだな。姫はまだ年若いが、極上の美少女だから。
俺を取られたら太刀打ちできないと考えても仕方ない。
まったく勇者はツラい。
――王城に到着。
勇者らしく堂々と入城しようとするが、何故か衛兵たちに阻まれた。
「勇者スカル様。登城のご予定はうかがっていませんが、本日はどのような御用向きで?」
「予定だと?」
カチンときた。こいつら、俺を誰だと思っているのか。いちいちお伺いを立てるのが勇者のやることだと言うつもりか。
俺は深呼吸した。ここで取り乱しては勇者の名折れ。できるだけ穏やかに、笑顔を浮かべて答える。
「イリス姫様に会いに来たんだ。温かいご声援をいただいてね。勇者としてお礼を述べるのは当然のことだと思わないかい?」
「なるほど。では、あちらの控え室でお待ちください。謁見の許可を――」
「許可? 俺を馬鹿にしているのか。いいから通せ!」
道理を知らない雑魚衛兵を押しのける。なんて失礼な奴だ。これだから下っ端はいけない。
衛兵たちが背後で何か言っている。無視したいが、騒がれるのも気分が悪い。
そのとき。
まるで俺の正しさを証明するかのように、イリス姫がやってきた。
イリス・シス・ルマトゥーラ。気品ある金色の髪、少し気弱そうな瞳、何より大きな胸――すべて俺の好みの子だ。
唯一の欠点は、姫がいつも連れている大きな白オオカミ。
動物を『テイム』――手懐ける力を持っているらしいが、獣臭いのは勘弁してほしい。まあ護衛にはぴったりだろうが。
偶然の出逢いに、姫は驚いているようだった。俺はさっそく、その場にひざまずく。
「イリス姫。ご機嫌麗しゅう。今日も相変わらず可憐でいらっしゃる」
「勇者……スカル様」
この子は声も可愛らしい。
さらにアピールをしようとしたところ、俺と姫との間に白オオカミがのそりと割り込んだ。小さく唸り声まで上げている。
なんだコイツ。ぶった斬ってやろうか。
「パテルル、だいじょうぶ。下がって」
姫が声をかけると、白オオカミは一歩下がった。
まだ俺を見て唸っているのが気に入らないが、まあいいとする。
「麗しきイリス姫。今日は貴女のご慧眼に感謝と決意をお伝えに来ました。自分を英雄と表現してくださったことに」
「……手紙を、読まれたのですね」
「はい」
全力の笑顔で答える。どうやら俺の微笑みはオーラがあるらしい。これで落ちなかった女性はいない。
ダメ押しとばかり、俺は自分がどれほど英雄に相応しいか、イリス姫がどれほど正しいことをしたかをアピールした。
本当に気分がいい時間だった。
「あなたのお話はわかりました。スカル様」
「ありがとうございます」
「ところで、ラクター・パディントンはどうしていますか? 今日は一緒ではないのですか?」
――頭を下げていたので、頬がひくついたのを見られずに済んだ。
おいおい姫様。なんてことをおっしゃるんだ。せっかく英雄が気持ちよく話しているというのに。
その話題はさっさと切り上げたくなったので、俺はずばりと真実を伝えた。
「彼はもう我らの仲間ではありません」
「え……?」
「無能な男でしたので、先ほど追放しました」
顔を上げた俺は、思わず口を閉ざした。
……なにをそんなに驚いた表情をしているのだろう。
さすがの俺も意図がつかめず、首を傾げる。
「てっきり姫様もご承知のことかと思いましたが?」
「……っ!」
だからなぜ、彼女は唇を噛む?
貴女の目の前にいるのは勇者だぞ? 英雄だぞ? 普通、ありがたがるものではないのか?
お、そうだ。とっておきの土産話をしてやろう。そうすれば彼女も乗ってくるに違いない。
「そんなことより姫様。先日の獣退治のことはお話しましたかな。あのときはさすがの俺も――」
「もういいです」
……は?
「下がってください。今日はもう、あなたの顔を見たくありません」
……なんだって? なに言ってるんだ、この姫は。
だがイリス姫は背を向けてしまっている。何度か声をかけてみたが返事をくれなかった。
わけがわからない。大人しくて素直と評判の姫だが、こんなワガママで感情的なところもあったとは。
まあ、いい。今日のところは引き下がろう。俺は度量の大きい男なのだから。
こちらを見ない姫に礼をするのも少々癪だったので、そのまま静かに踵を返す。
「勇者スカル・フェイス。あなたには、いずれ報いが訪れるでしょう」
姫が何か言っていたが、気にするほどではないと思って立ち去った。
だってそうだろう。
この国に、俺の気分をわざわざ害するような間抜けは存在しない。存在しないのだ。
◆◇◆
「はぁ……」
イリス・シス・ルマトゥーラは、隅の椅子に座り大きくため息をついた。
元気がない主を心配して、パテルルが鼻先を頬に寄せてくる。ホワイトウルフの雌、イリスにとって大事な友人の心遣いに、柔らかく微笑んだ。
イリスは勇者スカルがとても苦手である。
先ほどの立ち話も、イリスとしては精一杯の気力を振り絞ったもの。だが、勇者はそんな彼女の心情などまったくお構いなしであった。
勇者へ宛てた手紙、そしてそこに込めた暗号は、イリスにとって精一杯の抵抗と、勇者としてスカルを信じるための試金石のつもりだった。
だが――むしろそれが、望まない結果を生み出したことにイリスは憤慨し、そしてひどく落ち込んだ。
「まさか、ラクターさんが追放されるなんて。なんてひどいことを」
勇者パーティの中で一番多く接する機会があったのがラクター・パディントン。一行の雑務を一手に引き受けていた彼は、イリスとも何度も顔を合わせていた。
あの簡単な暗号も、ラクターから教わったもの。
臆病で他人に強く言えないイリスのために、「心の中に溜め込むのはよくありません。いっそ、暗号で書き出してみては?」と申し出てくれたのだ。
それは、イリスにとって勇気を出すおまじない。
怖い人ばかりの勇者パーティの中で、唯一ラクターだけが親身になってくれた。
最初はとっつきにくい人だと思っていたけれど……。
こちらが必死に何かを成し遂げようとしたとき、彼は必ず手を差し伸べてくれた。全力で、助けになってくれた。
彼がいたから、勇者スカルとも何とか話ができていたのに。
パテルルが頬を舐めてくる。イリスは彼女の毛並みを撫でた。
「パテルルも、ラクターさんがいないと寂しいよね」
――決めた。
イリスは立ち上がる。
励ましてくれた。勇気をくれた。だから今度は、私が励まそう。
ラクター・パディントンは無能なんかじゃない、と。
そのためには、彼がどこに行ったのか突き止めなければ。
「力を貸してくれる? パテルル」
「うぉふっ」
イリスは微笑んだ。
もう、見せかけの勇者には頼らない。
私にとっての勇者は、あのひとだ。
いずれこの国を背負って立つ男だ。何せ、俺は他の奴らが誰も装備できない勇者の武具を持っているんだからな。
当然、特別待遇されるべきだ。
城へ向かうのに、最高級の馬車に乗っているのも当然である。
「今日は気分がいいぜ」
自分で言うのもアレだが、俺は上機嫌だった。
ラクターのおかげである。
無能を追放するのがこんなに気持ちのいいものは知らなかった。酒場を出ていくあいつの後ろ姿は、今思い出しても笑えてくる。
奴の言動にはいつもイライラさせられていたが、こんな気分にさせてくれたのなら、全部許してもやってもいいとさえ思える。
ふ、我ながら器が広い。力の強さに加えてこの度量の大きさ。どうしたもんか。
「イリス姫も、ようやく俺の素晴らしさに気付いたようだな。ははは」
あの手紙がその証拠だ。
そうとわかれば、さらなるアピールだ。相手は王族。勇者のありがたさを知ってもらうことは、俺の今後に直結する。
一応、エリスとアリアも誘ったが、彼女たちはついてこなかった。呼ばれていないから、ともっともらしい理由をつけていたが……。
まあいいさ。むしろ俺ひとりの方が都合が良い。
それにしても、エリスもアリアも相変わらずカワイイところがある。あいつら、きっと嫉妬しているんだな。姫はまだ年若いが、極上の美少女だから。
俺を取られたら太刀打ちできないと考えても仕方ない。
まったく勇者はツラい。
――王城に到着。
勇者らしく堂々と入城しようとするが、何故か衛兵たちに阻まれた。
「勇者スカル様。登城のご予定はうかがっていませんが、本日はどのような御用向きで?」
「予定だと?」
カチンときた。こいつら、俺を誰だと思っているのか。いちいちお伺いを立てるのが勇者のやることだと言うつもりか。
俺は深呼吸した。ここで取り乱しては勇者の名折れ。できるだけ穏やかに、笑顔を浮かべて答える。
「イリス姫様に会いに来たんだ。温かいご声援をいただいてね。勇者としてお礼を述べるのは当然のことだと思わないかい?」
「なるほど。では、あちらの控え室でお待ちください。謁見の許可を――」
「許可? 俺を馬鹿にしているのか。いいから通せ!」
道理を知らない雑魚衛兵を押しのける。なんて失礼な奴だ。これだから下っ端はいけない。
衛兵たちが背後で何か言っている。無視したいが、騒がれるのも気分が悪い。
そのとき。
まるで俺の正しさを証明するかのように、イリス姫がやってきた。
イリス・シス・ルマトゥーラ。気品ある金色の髪、少し気弱そうな瞳、何より大きな胸――すべて俺の好みの子だ。
唯一の欠点は、姫がいつも連れている大きな白オオカミ。
動物を『テイム』――手懐ける力を持っているらしいが、獣臭いのは勘弁してほしい。まあ護衛にはぴったりだろうが。
偶然の出逢いに、姫は驚いているようだった。俺はさっそく、その場にひざまずく。
「イリス姫。ご機嫌麗しゅう。今日も相変わらず可憐でいらっしゃる」
「勇者……スカル様」
この子は声も可愛らしい。
さらにアピールをしようとしたところ、俺と姫との間に白オオカミがのそりと割り込んだ。小さく唸り声まで上げている。
なんだコイツ。ぶった斬ってやろうか。
「パテルル、だいじょうぶ。下がって」
姫が声をかけると、白オオカミは一歩下がった。
まだ俺を見て唸っているのが気に入らないが、まあいいとする。
「麗しきイリス姫。今日は貴女のご慧眼に感謝と決意をお伝えに来ました。自分を英雄と表現してくださったことに」
「……手紙を、読まれたのですね」
「はい」
全力の笑顔で答える。どうやら俺の微笑みはオーラがあるらしい。これで落ちなかった女性はいない。
ダメ押しとばかり、俺は自分がどれほど英雄に相応しいか、イリス姫がどれほど正しいことをしたかをアピールした。
本当に気分がいい時間だった。
「あなたのお話はわかりました。スカル様」
「ありがとうございます」
「ところで、ラクター・パディントンはどうしていますか? 今日は一緒ではないのですか?」
――頭を下げていたので、頬がひくついたのを見られずに済んだ。
おいおい姫様。なんてことをおっしゃるんだ。せっかく英雄が気持ちよく話しているというのに。
その話題はさっさと切り上げたくなったので、俺はずばりと真実を伝えた。
「彼はもう我らの仲間ではありません」
「え……?」
「無能な男でしたので、先ほど追放しました」
顔を上げた俺は、思わず口を閉ざした。
……なにをそんなに驚いた表情をしているのだろう。
さすがの俺も意図がつかめず、首を傾げる。
「てっきり姫様もご承知のことかと思いましたが?」
「……っ!」
だからなぜ、彼女は唇を噛む?
貴女の目の前にいるのは勇者だぞ? 英雄だぞ? 普通、ありがたがるものではないのか?
お、そうだ。とっておきの土産話をしてやろう。そうすれば彼女も乗ってくるに違いない。
「そんなことより姫様。先日の獣退治のことはお話しましたかな。あのときはさすがの俺も――」
「もういいです」
……は?
「下がってください。今日はもう、あなたの顔を見たくありません」
……なんだって? なに言ってるんだ、この姫は。
だがイリス姫は背を向けてしまっている。何度か声をかけてみたが返事をくれなかった。
わけがわからない。大人しくて素直と評判の姫だが、こんなワガママで感情的なところもあったとは。
まあ、いい。今日のところは引き下がろう。俺は度量の大きい男なのだから。
こちらを見ない姫に礼をするのも少々癪だったので、そのまま静かに踵を返す。
「勇者スカル・フェイス。あなたには、いずれ報いが訪れるでしょう」
姫が何か言っていたが、気にするほどではないと思って立ち去った。
だってそうだろう。
この国に、俺の気分をわざわざ害するような間抜けは存在しない。存在しないのだ。
◆◇◆
「はぁ……」
イリス・シス・ルマトゥーラは、隅の椅子に座り大きくため息をついた。
元気がない主を心配して、パテルルが鼻先を頬に寄せてくる。ホワイトウルフの雌、イリスにとって大事な友人の心遣いに、柔らかく微笑んだ。
イリスは勇者スカルがとても苦手である。
先ほどの立ち話も、イリスとしては精一杯の気力を振り絞ったもの。だが、勇者はそんな彼女の心情などまったくお構いなしであった。
勇者へ宛てた手紙、そしてそこに込めた暗号は、イリスにとって精一杯の抵抗と、勇者としてスカルを信じるための試金石のつもりだった。
だが――むしろそれが、望まない結果を生み出したことにイリスは憤慨し、そしてひどく落ち込んだ。
「まさか、ラクターさんが追放されるなんて。なんてひどいことを」
勇者パーティの中で一番多く接する機会があったのがラクター・パディントン。一行の雑務を一手に引き受けていた彼は、イリスとも何度も顔を合わせていた。
あの簡単な暗号も、ラクターから教わったもの。
臆病で他人に強く言えないイリスのために、「心の中に溜め込むのはよくありません。いっそ、暗号で書き出してみては?」と申し出てくれたのだ。
それは、イリスにとって勇気を出すおまじない。
怖い人ばかりの勇者パーティの中で、唯一ラクターだけが親身になってくれた。
最初はとっつきにくい人だと思っていたけれど……。
こちらが必死に何かを成し遂げようとしたとき、彼は必ず手を差し伸べてくれた。全力で、助けになってくれた。
彼がいたから、勇者スカルとも何とか話ができていたのに。
パテルルが頬を舐めてくる。イリスは彼女の毛並みを撫でた。
「パテルルも、ラクターさんがいないと寂しいよね」
――決めた。
イリスは立ち上がる。
励ましてくれた。勇気をくれた。だから今度は、私が励まそう。
ラクター・パディントンは無能なんかじゃない、と。
そのためには、彼がどこに行ったのか突き止めなければ。
「力を貸してくれる? パテルル」
「うぉふっ」
イリスは微笑んだ。
もう、見せかけの勇者には頼らない。
私にとっての勇者は、あのひとだ。
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