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10章 僕はもふもふ家族院の院長先生!!

第90話 史上最高の薬

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 クラウディアの身体から魔力が溢れる。
 彼女ほどの実力者になると、所持している魔法の種類も豊富。そのすべてが頭にインプットされているのだ。

 賢者が使おうとしているのは、調薬の魔法。
 その対象は、瓶の中の魔物スライム。赤黒い物体が、次第に透明な液体に分離していく。
 血清化の作業だ。

 作業を見守っていたユウキの肩に、聖女パトリシアが手を置いた。

「ユウキ君。癒やしの魔法をかけ始めたら、私の魔力の流れを真似してみて。大丈夫、ユウキ君なら必ずできるから。あの結界を生み出したくらいだもの」

 緊張していると見たのだろう。ユウキに語りかける声は優しく、穏やかで、力強かった。

「大事なのは誰かを救いたい、力になりたいという強い意志だよ」
「はい。その気持ちなら負けません」
「よろしい。ふふっ」

 小さく笑って、パトリシアはユウキの後ろに立った。いつでもフォローできるようにするためだろう。
 ユウキは言った。

「パトリシアさん、お姉さんみたいです」
「えっ!? そ、そうかな? えへ。えへへ」

 いつも年下扱いだったためか、パトリシアは満更でもない顔をした。
 その様子を、天使マリアがじっと見つめていた。

 ――血清化が進む。

 薬壺に魔物スライムから作った血清を投入するとき、一度、瓶の封印を解かなければならない。
 癒やしの魔法をかけるタイミングは、封印を解いて血清を投入した直後。
 一発勝負である。

 クラウディアが瓶を手に取る。

「……いくわよ。準備はいいわね?」

 うなずくユウキとパトリシア。
 賢者は瓶の蓋に手をやった。

「3、2、1――!」

 封印の解除と同時に、無色透明の液体を薬壺に投入する。
 魔物スライムが動き始める前に、クラウディアが再び瓶に封印を施した。

「ユウキ君!」
「はいっ!」

 ユウキたちはいっせいに癒やしの魔法を薬壺に向けて放った。聖なる魔力を薬に注ぎ込んでいく。
 ユウキはパトリシアの魔力の流れに全神経を傾けていた。彼女の魔法に寄り添うように、自らも癒やしの魔法を放っていく。
 良い感じだよ、と聖女が褒めてくれる。だが、ユウキは返事をする余裕がなかった。

 ――これが、プロの癒やし手の魔法なんだ。凄い。
 繊細で、一定で、力強い。

 ユウキは必死に魔法をかけながら、家族院の仲間たちの顔を思い浮かべた。
 もう一度、皆と笑い合いたい。明るい日射しの下で、皆と一緒に駆け回りたい。
 強く思った瞬間、ユウキの魔力がさらに溢れ出した。

 聖女が表情を強ばらせる。賢者クラウディアもまた、強すぎる魔力に眉根を寄せた。
 魔法のバランスが崩れる――。

『任せなさい』

 天使マリアが翼を広げる。
 部屋の中で吹き荒れかけていた魔力が、落ち着きを取り戻す。天使の力によってコントロールされたのだ。
 調和を保ったまま、魔力が高まっていく。
 部屋の中が眩い光に包まれた。

 どのくらい経っただろうか。ようやく、光が収まる。
 クラウディア、パトリシア、そしてユウキが、期せずして同じタイミングで大きく息を吐く。

 ユウキはテーブルに近づいた。薬壺の中をのぞき込む。
 そこには、薄らと輝く光の粒がぎっしりと詰まっていた。見ているだけで吸い込まれそうな、神秘的な光景である。
 一見すると、薬には見えない。ユウキは賢者にたずねた。

「成功、したの?」
「ええ」

 賢者は額を拭う。そして、口元に笑みを浮かべた。

「それも、私史上、最高のデキだわ」


 ――うむ。決して誇張表現ではなさそうだ。
 ――とても強い力を感じるわ。これなら希望が持てる。


 心の中の転生者たちが、クラウディアに同意した。
 賢者は薬壺の中身を別の瓶に移した。そして、ユウキに持たせる。

「調薬は大成功よ。これがあればもう大丈夫だから。安心なさい、ユウキ」
「あ……」

 神秘的な輝きに、思いが溢れる。
 ユウキは目尻に涙を浮かべながら、クラウディアに抱きついた。

「ありがとう、クラウディアさん!」
「ちょっ……!?」

 赤面しながら狼狽える賢者。パトリシアたち勇者一行は、その様子を微笑ましそうに見つめていた。一方の天使マリアは、またもじーっとクラウディアに視線を注いでいる。

 ――その後、賢者から薬の使い方を聞いたユウキは、勇者一行に頭を下げた。

「本当に、ありがとうございました。僕、すぐに皆のところに戻ります」

 賢者と聖女が顔を見合わせる。

「ねえ、やっぱり私たちも付いていこうか?」
『いえ、それには及びません。あなた方には私からも大いなる感謝を』

 功績を認めつつ、マリアがやんわりと同行を断る。
 すると、「ちょっとそこで待ってなさい」とクラウディアが踵を返した。部屋を出てしばらく、彼女は一冊の本を持ってきた。
 ユウキに差し出す。

「これ。大事な本だから、見終わったら必ず返しなさい。……そう、ミオに言っておいて」

 ピクニックのときミオが読みたいと言っていた本だとわかり、ユウキは笑顔で受け取った。

「はい。きっとミオも喜びます」

 頭を下げる。賢者は「ふん」と恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 
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