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10章 僕はもふもふ家族院の院長先生!!

第79話 見る影なく

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 少年院長と保護者フェンリルは二階へと上がる。

 まずユウキは、アオイの部屋を訪ねることにした。家事を引き受ける彼女は、家族の中で一番の早起きだ。
 アオイの部屋にはヒナタもいる。

 もふもふ家族院では相部屋が多く、アオイとヒナタも同室なのだ。
 ヒナタが、ひとりでは寂しいからという理由もある。ミオはああいう性格だから誰かと同室なんて受け入れづらいだろうし、サキはサキで、研究熱心かつ散らかし放題な部屋なため、誰かが一緒に過ごすことそのものが難しい。
 どちらかというと朝は弱い方のヒナタが、半分寝ぼけながらも朝食のテーブルに着けるのは、アオイの力が大きいのだ。

 アオイに事情を聞けば、他の子も状況がわかるかもしれない。
 そう思ったユウキだったが、二階の廊下に立った瞬間、考えを改めた。

 廊下はシンと静まりかえっている。重苦しい、と言っていい。
 朝から誰も通っていないはずなのに、どこか生温かい空気を感じた。
 チロロは子どもたちの匂いを感じると言った。どこかに出かけたわけではない。皆、部屋の中にはいるはず。
 この段階で、ユウキはただごとじゃないと思うようになっていた。表情を引き締める。

 ユウキは小声で、転生者たちに声をかけた。

「もしかしたら、皆の力を借りるかも」


 ――任せよ。
 ――遠慮なく頼りなさい。


 力強く応えてくれる転生者の魂たち。それらに勇気づけられ、ユウキはアオイたちの部屋へ向かった。

 扉の前に立ち、小さく深呼吸。控えめに、ノックをした。
 反応がない。
 今度は音が響くよう、もう少し強めに扉を叩いた。
 だがそれでも、反応がない。

 チロロと顔を見合わせる。
 ユウキが声かけとともに扉を開けようとしたとき、部屋の中から足音がした。扉に近づき、やがてゆっくりと扉が開く。
 ユウキは、反応があったことにまず安堵した。

 しかし、現れた姿を見た瞬間、絶句してしまう。

「……あ。おはよう、ユウキ……」

 出てきたのは早起きのアオイではなく、ヒナタの方だった。
 寝間着姿で、いつもはツインテールにしている赤い髪は寝癖が付くままになっている。それだけならまだ、寝起きにお邪魔したとユウキも考えることができた。

「ヒナタ……その」

 言葉が続かない。

 ヒナタは、彼女の代名詞である活発さが完全に消えていた。表情も胡乱うろんで、笑おうとして失敗しているように見えた。開きかけの扉に寄りかかり、立っているのがやっとの様子である。
 初めて見るような憔悴ぶりだった。

 ショックを受けたのはチロロも同様だったようで、声をかけるのも忘れて立ち尽くしている。どうやらヒナタは意識もぼんやりしているらしく、チロロの存在に気づいていなかった。

 ユウキは、彼女の肩越しに室内の様子を見た。右側にシーツのめくれたベッド。ヒナタのものだろう。そしてその反対側、入り口から向かって左側にアオイのベッドが見えた。
 もふもふ家族院ののんびりお母さんは、ベッドに横になったまま動かない。眠っているのか、こちらを顧みる余裕もないのか。

 愕然。同時に、強く胸を締め付けられるユウキ。

 彼の表情に気づいたヒナタが、少しだけ声を大きくして言った。

「大丈夫だよぉ……ちょっと、寝坊しちゃっただけ、だから……ほら、元気げんき――」

 扉から手を離して、その場で踊ろうとするヒナタ。
 空元気だった。
 そして、それはすぐにボロが出る。

「……あ、れ?」

 一回転もできずにバランスを崩し、倒れそうになる。慌ててヒナタを抱き留めたユウキは、またも目を大きく見開いた。
 ……熱い。
 服越しでもヒナタの身体が高熱を出しているのがわかった。

 ユウキの腕の中で、ヒナタが苦笑する。

「あはは……しっぱいしちゃった……。でも、ちょっと休めばだいじょうぶ、だから」
「ヒナタ。もうしゃべらなくていいよ」

 口を開くのもつらそうな様子に、思わずユウキはそう言った。
 発熱、それも高熱を出したときのしんどさはユウキも覚えがある。ベッドから部屋の扉までのわずかな距離だって、動くのは苦痛だったはずだ。
 その証拠に、ユウキに抱き留められてからのヒナタはぐったりしていた。精も根も尽き果てた感じだ。

 ――もしかしたら体調を崩しているのかもしれない、と予想はしていた。
 だが、まさかここまでひどい状態だとは思わなかった。

 ユウキはヒナタをベッドに運ぶ。ベッドもシーツも、熱を持っていた。だが思ったよりも湿っていない。それほど汗をかいていないのだ。
 つまり、身体に熱がこもったまま、それを下げることができずにいる。

 ユウキは眉間に深い皺を刻んだ。じわじわと焦りが出てくる。

 そのとき。

「これは」

 ユウキはヒナタの身体に起きた別の異変に気づいた。

 彼女の首筋や額。
 そこに小さく発疹が出ていたのだ。

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