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7章 謳う魔法使いソラ
第44話 池を見つめるソラ
しおりを挟む「ソラ? どうしたの」
ユウキが歩み寄る。ソラはじっと水面を見つめていた。
レンとヒナタが呼んでいる。だがソラはその場から動こうとしない。
ソラ、と肩に手を置くと、初めて気づいたようにこちらを振り向いた。
「びっくりした……驚かさないでよ、ユウキ」
「ごめん。さっきから池の方をずっと見て、動かないから。ちょっと気になったんだ」
おやつ、食べに戻ろうよと声をかける。ところが、ソラは迷っていた。池の方を気にしている。
なにか、事情があるのだろうか。
ユウキも池を見る。スライム一家が水底に戻り、水面は澄み切って凪いでいた。
短い時間の付き合いだが、ソラが自分から積極的に喋る子ではないということは、薄々気づいていた。ユウキは少し考え、先を行くレンたちに声をかける。
「ごめん! 僕はもう少しここにいるよ。ソラと一緒に戻るから、皆は先に帰ってて!」
ソラが顔を上げる。ユウキは微笑みで返した。
「なに言ってんだよ。さっさと帰ろうぜ」
レンが不満げに言った。一方のヒナタは、ソラの様子に気づいているようだ。何事かレンに耳打ちしている。
ユウキは苦笑した。
「僕たちなら大丈夫だから。レンこそ、足を怪我していたんだから早く帰って休みなよ」
「……しょーがねーな」
レンが踵を返す。ヒナタが「後はよろしくね」と言い、レンの背中を押して家族院へ歩き出すた。
さすが、皆はソラのことをよくわかっているようだ。
ただ、フェンリルのチロロだけはのそりと引き返してきた。ユウキたちの側にどすんと座る。
『ユウキよ。そなたまで残る必要はないだろうに。全力で走って疲れているはずだ』
「大丈夫。僕はもふもふ家族院の院長先生だからね。それに、僕もソラのことをよく知る良い機会になるかもだし」
予感とともに告げる。
ソラは池に視線を戻していた。一心に、なにかを待っているように見える。
彼が声を掛けてくれるまで、待つ。
チロロに促され、ユウキは座った。保護者フェンリルのお腹に背中を預ける。相変わらず、どんなソファーよりもふわふわもふもふの感触だった。
改めて、ソラの様子を見る。
最初に顔を合わせたときの印象通り、どこかふんわりとした雰囲気を持つ男の子。レンと違ってサラサラした綺麗な銀髪とスッと整った目鼻立ちで、女の子のように見える。たぶん、髪型と服装が違っていたら、ユウキも誤解していたかもしれない。
変化のない水面を見続けている。それは『じーっと見ている』とも言えたし、『ぼーっと見ている』とも言えた。
気弱で自信なさそうなところはあるが、同時にぼんやりさんなところもあるのだろうか。
「ねえチロロ」
『なんだ』
「ソラがここに残ったことに、なにか心当たりはある?」
『なぜそれを余に聞く』
「ソラは誰かと話すのがあまり得意じゃないのかなって思うから。でも、皆が帰ろうとしたときに自分だけ残るなんて、よっぽどのことじゃないかな」
『まあ、思い当たることはある』
チロロは目を細めた。
『だが、そなたが考えるほど深刻な事態ではあるまい』
「そうなの?」
『以前にも似たようなことがあったからな。おそらく、大勢がいる前では落ち着けないのだろう。お互いに』
お互いに? ユウキは首を傾げる。
そのときだった。
「あ」
ソラが短く声を上げる。
同時に、水面に変化が現れた。
透明度の高かった水中に揺らめきが起こり、次いで、何かがぴょこんと飛び出してきたのだ。
頭のてっぺんと目だけを出しているが、あれは間違いなく、スライムだった。
「けど、僕とかけっこした子とは違う……?」
あのやんちゃスライムと比べ、一回り身体が大きい。黒い目がシンプルな形をしているのは共通点だが、どこか、自信なさそうにも見える。そう考えると、身体半分しか水面から出していないのは、恥ずかしがっているせいなのかもしれない。
もしかして、やんちゃスライムのきょうだいなのだろうか。
「こんにちは、ルル」
ソラが穏やかに微笑んで挨拶した。
ルルというのは、あのスライムの名前だろう。ソラの呼びかけに対し、ルルは「みょ……」と消え入りそうな声で返事をした。
ユウキは納得した。この恥ずかしがり屋のスライムとお話をするために、ここまで辛抱強く待っていたのだ。
けど、いったいなんの話をするのだろう。
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