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6章 やんちゃ少年レンといたずらスライム
第33話 池のほとりで
しおりを挟むしばらく歩いていると、水音が聞こえてきた。間もなく、清流に出る。
透明度が信じられないほど高い。水底には緑色の鮮やかな苔が生えていた。天然のアクアリウムを見ている気分だ。
川縁で目を輝かせていると、隣でヒナタが川の水を手酌ですくった。ためらいなく飲み干す。「ぷはーっ」と、聞いているこちらが笑ってしまうような声を出す。
「ユウキも飲んでみなよ。おいしいよ」
一瞬、ためらう。いくら見た目が綺麗といっても生水だ。山間に流れる川の水は、いったん煮沸して消毒濾過すべきだと、ユウキはどこかで聞いたことがあった。
「……ま、いっか」
あっさり不安を拭い去ると、ヒナタと同じように手で水をすくう。指先に冷たさが染みた。
川の水を直に飲む。もちろん初めての経験である。ワクワクしないわけがない。
口に含んで、びっくりする。冷たい。ほんのり甘い。喉を通る感覚が気持ちいい。
「おいしい」
「でしょ。あの実を食べた後だから余計にねー」
「あれはヒナタが食べさせたんでしょ」
「えへ。ごめん」
舌を出す。ユウキはヒナタの赤い髪先を持ち上げた。彼女が気づかないうちに、髪が水に浸かりそうだったからだ。
それからふたりは、川沿いを上流に向けて歩き出す。レンたちの気配をこの先で感じたのだ。
やがて視界が開けた。両岸から樹の姿が消え、広い空間に出る。
――と。
「ヴォフッ!」
「うわっ!? ……って、チロロか。びっくりした」
急にすぐ近くで吠えかけられ、ユウキとヒナタは互いに手を取り驚く。
2メートル以上のもふもふフェンリルは、ユウキたちが下流から歩いてくるのにいち早く気づいていたらしい。彼はユウキを見ると、頭の中に語りかけてきた。
『どうしたお前たち。こんなところまで来て』
「あ、うん。おやつの時間になってもレンたちがなかなか戻らないから、探しに来たんだ」
大人フェンリルの言葉がわかるユウキは答える。隣でヒナタが羨ましそうに見ていた。
チロロは知性の感じさせる目を瞬かせる。
『そなたがもふもふ家族院に入るときに言わなかったか? 余が彼の子たちを見に行くと』
「アオイたちと話していて思ったんだ。僕、家族院の院長として皆のことを知りたいなって。だからできるだけ早く、レンたちともお話しがしたいと思ったんだ。それに、心配だったし」
『なるほど。この短い時間、そなたの人となりがよくわかったように思う』
低く喉を鳴らす。ふと、彼はいたずらっぽく言った。
『だがその顔。ヒナタもそうだ。そなたら、この森を探検気分で楽しんでおったな?』
「う……」
『図星か。まあいい。それでこそ人の幼子というものだ』
目を細めるチロロ。
ヒナタが袖を引いてきた。
「ねえ。チロロはなんて言ってるの? なんか機嫌が良さそうなんだけど」
「あ、うん……僕たちが楽しみながらここまで来てたのがバレたみたい」
「おお。さすがチロロ」
そう言うと、ヒナタはもふもふフェンリルの身体を撫でた。保護者代わりの彼は大人しくされるがままである。
「ところでチロロ。僕たちレンとソラを探しに来たんだけど、どこにいるの?」
『うむ。あそこだ』
チロロが一歩退く。池の様子がよく見えるようになる。湖面がキラキラと輝いていて、とても綺麗な場所だ。
ユウキたちが立っている場所から少し距離を置いて、池のほとりに少年がふたり、立っている。
ひとりは小柄だった。ヒナタにそっくりな真っ赤な髪をツンツン頭にしている。見るからに活動的そうな印象で、実際、身振り手振りを交えてしきりになにかを喋っていた。
もうひとりは銀髪の男の子。赤髪少年と違い、遠目でもおっとりした様子なのがわかる。こちらは赤髪少年を隣でなだめているように見えた。
『見えるか? 赤い髪がレンで、銀色の髪がソラだ』
「話に聞いていたとおりですぐにわかったけど……」
ユウキは口ごもった。少年たちの様子を不安げに見つめる。
「なんだか、揉めてない?」
『なに。ちょっとした喧嘩だ』
「え!? 喧嘩!?」
『いつものこと――とまでは言わんが、まあ、彼ららしい小競り合いだ』
彼ら――そういえば、喧嘩をしているなら、レンの相手はどこにいるのだろう?
『気になるなら行ってみるといい。そなたにとっても良い勉強となろう。余はここで見守っているとしよう』
チロロがドサッとその場に横座りする。
ユウキは今一度レンたちを見て、それから眦を決した。
「行こう、ヒナタ」
ユウキは少女の手を引いて、レンたちの元に向かった。
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