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6章 やんちゃ少年レンといたずらスライム
第32話 楽しげに聖地へ響く
しおりを挟む善き転生者の魂が教えてくれた場所に向かって、ユウキたちは歩き出す。
さっきヒナタの言っていたことが、ユウキの頭から離れない。
「ねえ、ヒナタ。魔物が住んでるって、いったいどういうこと?」
「どういう……って、そのままの意味だけど」
「でも魔物だよ? 怖くないの?」
「怖く――ああ、そういうことか」
ヒナタは得心がいったようにうなずいた。
「ユウキの世界だと、魔物はきっととっても怖い存在なんだね」
「……レフセロスでは違うの?」
「うーん、詳しいことはサキやミオの方が知ってると思うけど……少なくとも、聖域に住んでる魔物は『お隣さん』って感じかなあ」
ヒナタいわく、魔物はこの聖域が誕生した当初から存在しているらしい。『魔物』という呼び名は、『魔力を受けた生き物』くらいの意味なのだそうだ。
ユウキが思うような、人間を襲ったり敵対したりする者たちではない。それを聞いてユウキは少し安心した。
「ただ、ちょっとやんちゃというか、いたずらっぽい子が多いんだよね。魔物って」
「そうなんだ」
「うん。レンそっくり。だからよく、レンは魔物と遊んだり喧嘩したりしてるよ」
「喧嘩……」
「見てると楽しそうなんだけどね、いっつも」
ヒナタが苦笑する。
魔物と喧嘩。全然想像ができないとユウキは思った。
――森をゆっくりと進んでいく。
梢がゆらゆらと揺れるのに合わせて、光のカーテンもゆっくりとはためく。
時々、風で落ちた葉っぱが枝に引っかかる音がしたり、遠くで鳥たちが気まぐれに鳴き声をあげたりしている。
しばらく歩いているはずなのに、全然、苦しくならない。汗もかかないほど、清々しい空気に包まれている。それどころか、歩けば歩くほど身体の底から力が湧いてくるような感覚がした。
たまにテレビや動画で、森林浴という言葉を聞いた。本当に自然には不思議な効能があるんだなあとユウキは実感する。
同時に、この聖域が平和で安全な場所であることも。
家族なのか、リスのような小動物が数匹、ユウキたちの頭上の枝を歩いていく。彼らはまるで挨拶をするように、わざわざ立ち止まってユウキたちに尻尾を振っていた。長いヒゲがぴくぴくと動く様子がとても可愛らしい。
「ふわあぁ……」
ヒナタが大きなあくびをした。
「なんだか眠くなってきちゃった」
「ええっ」
「だぁって、アオイお手製のスコーンにクッキーまで食べて、こんなに気持ちのいい森の中を歩いているんだもの。ふわぁ」
「もうちょっと頑張ろうよ。僕たちはレンやソラを捜しにきたんだからさ」
「むー」
もごもごと口を動かすヒナタ。いつもの元気娘がちょっとしぼんで見える。
お話しをすれば眠気が覚めるかなと思い、ユウキは話しかける。
「そういえば、ヒナタたちはどうやってもふもふ家族院に来たの?」
「うーん。実はよく覚えていないんだよね」
「そうなんだ」
「うん。天使様に導かれたって話は聞いてるんだけど、わたしたち皆、物心ついたときには家族院で暮らしてたからなあ」
何の気なしの台詞に、ユウキは驚いた。
自分たちで暮らせるぐらいになるまでは、どうやらチロロたち聖域の動物たちが育ての親になっていたようだ。だからあんなにも大人びていたのかとユウキは納得した。
ふと、気になったことを聞いてみる。
「ヒナタは、聖域の外に出ようと思ったことない?」
「外に? ないかなあ。必要なものは全部揃っているし、家族も森のみんなも優しいし大好きだし」
言ってから、「あ、そっか」とヒナタはつぶやく。
「レンは出たがってるかもね。外。だからよく、森の中へ探検に出かけるんだ、きっと」
「危ないよ」
「そうだね。でも、天使様によると、聖域の外には出られなくなってるみたいだよ?」
天使様によって創造されたこの土地は、強い加護とともに外敵の侵入を防ぐ城壁の役目を果たしているらしい。どれほど広いかはわからないが、聖域には『果て』があって、その向こうには大人たちが暮らす別の世界が広がっているという。
もふもふ家族院の子どもたちが聖域の外に出られないようになっているのは、外の世界から守ってくれているからじゃないかとヒナタは言った。
ユウキは天使様の姿を思い出す。子どもたちのことを本当に大切に慈しんでいる様子だった。ヒナタの言うことは、きっと本当なのだろう。
外、か――。
物思いに沈むユウキ。ふと、彼の肩をヒナタが軽く叩いた。
「ユウキ、ユウキ。これ一緒に食べよ」
見ると、近くの低木から摘んだらしい小さな赤い実を差し出してくる。まるで宝石みたいに綺麗だった。
ユウキとヒナタ、それぞれ一粒ずつ。
なぜか「せーの」とかけ声とかけて、ふたり同時に口に放り込む。
途端、ユウキは目を剥いた。
「……か、辛い!」
「んっんーっ、からーい。あはは、どうユウキ。すごいでしょコレ」
眠気覚ましだよー、といたずらっぽくヒナタが笑う。かく言う彼女も、刺激で目尻に涙を浮かべていた。
しばらく辛さに耐えていたふたりは、今度はふたりして大笑いした。
楽しげな声が、森に響き渡る。
ユウキの心の中で、「仕方のない子たちだな」と誰かが口元を緩めていた。
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