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5章 箱推し天使様の日常
第25話 箱推し天使様
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おもむろに水晶玉の前に陣取る天使マリア。美しい白翼が、機嫌良さそうにパタパタ揺れ始める。
「では――いざ!」
魔力を流す。
親友の横顔を、天使ルアーネは目を細めてみていた。
(まったく。子どもみたいな顔しちゃって、まあ)
微笑ましい。このときばかりは、純粋な少女を見つめる姉になった気持ちだった。
水晶玉が輝き、部屋の空間に映像を映し出す。
緑豊かな森の中。その中にある、美しく気品のある建物。
マリアが己の権限で創り出した『もふもふ家族院』――とかいう施設だとルアーネは思い出す。
「うんうん。今日も清浄な空気に満ちていますね。善きかな善きかな」
「ふふっ」
マリアがうんうんとうなずく様子に、思わずルアーネは噴き出した。
これは魔法で映し出された異世界の映像。現地の空気をそのまま感じ取れるわけではない。
天使マリアほどの力をもってすれば、水晶玉を経由して魔力を送ることぐらいは可能だろうが……。
映像が家の中に移っていく。聖域内のことなら、この水晶玉でなんでも見通すことができる。ここで暮らす者たちの私生活もバッチリ見える。
ルアーネは腕組みをした。親友の倫理観は信じているが、下界の人間にもプライバシーというものがある。度が過ぎるようなら止めようと密かに構える。
映像が、ダイニングルームとキッチンを映し出した。
数人の少年少女が、仲良さそうにたわむれている。キッチンで作業している男の子、あれが話題のユウキ少年だろうかとルアーネは思った。
(なるほど、確かに不思議な雰囲気を持つ子だな。無邪気で純粋なようで、落ち着いている。これも生前の経験がなせる業か)
ユウキ少年の生い立ちはルアーネも資料を通して知っている。当然、気の毒だと思う気持ちが強い。
ルアーネは微笑んだ。
(上手くやっているようだ。幸せそうなら、それで良い)
「きゃああああっ、ユウキッ。相変わらず可愛いッ!!」
「……」
真面目な思考をぶった切る嬌声に、ルアーネは半眼になる。
皆の憧れ天使マリア様が、画像にすがりついて息を荒げていた。
「アオイ、相変わらず天然おっとり! でも怒ったら怖いって、もう鉄板のギャップだわ!」
「……」
「ヒナタッ! いつも場を明るくしてくれる子! ヒナタがいると画面が栄えるわー!」
「……」
「そしてサキ! この猪突猛進ぶりが可愛いッ! やはりマッドサイエンティストはちょっとお馬鹿さんじゃないとね!」
「……おい」
「ルアーネッ!!」
しまったこっちに矛先が来た、と親友天使はうんざりした。
「見た!? 見たでしょ!? 今のあの子たち! この空気感、これぞ平和であり楽園の体現じゃないかしら!?」
「お前……」
「なあに? わからないの? あ、そうよね。まだ始まったばかりだし……ちょっと待ってて」
マリアが部屋の隅に走る。棚に並べられていた可愛らしい人形を数体、手に取ってくる。
天使が手ずから縫った、もふもふ家族院の子どもたちである。
「まずね、この子! ヒナタ! この明るい髪色とツインテールが可愛いでしょ? 踊るのが大好きで、ぴょんぴょんこの髪が動くのよ。まさしく神の踊りでしょう!? そう思わない!?」
「……」
「ねえなんでちょっと引き気味なの!?」
「『ちょっと』じゃねえ。ドン引きしてるんだよ」
げっそりしながら答える。
「マリアよぉ。お前が健気で可愛い子が好きなのはよーく知ってるが、もうちょっと抑えられないもんかね?」
「仕方ないじゃない。この子たちを可愛いって思う気持ちは溢れ出るものなんだから。湧水を根絶することが不可能であるようなものだわ。この世に水がある限りね」
「喩えが壮大すぎるんよ」
「だって可愛いんだもの! 素晴らしいんだもの! この子たちがいれば私は勝てるわ!」
「何にだ」
ルアーネは額を押さえた。この部屋に来てから何度同じ仕草をしたかわからない。
これが天使マリアの、もうひとつの顔。
もふもふ家族院の子どもたち全員を心の底から溺愛する、ちょっと危ない『箱推し天使』である。
ルアーネは言った。
「お前、そんな有様なのによくユウキ少年と一緒にいて平気だったな」
「平気なものですかっ!!」
血走った目と必死な表情で否定された。
「あの顔、あの声、あの優しさ! 推しに優劣を付けないと誓った私でも、思わずその誓いをかなぐり捨てたくなるような尊さに溢れていたッ……! それが、それが目の前に実在して、触れて、会話までできるなんて、何度ここが天上世界かと思ったことか。何事もなく家族院へ送り出した私をむしろ称えて欲しいくらいです」
「それはホントよく我慢したと思う」
「推しと接するには節度が大事なのです。節度が」
「ホントか?」
「……なぜそこを疑うのです?」
「さっきまでぶっ飛んだ言動かましといて、なぜそこを疑われないと思ったのか」
「失礼な。私はもふもふ家族院の皆を正しく推しているの。推しの幸せを願う者として、清く正しく推し活しているのです」
「じゃあ聞くが、ユウキ少年に変な真似はしなかっただろうな? 思わず変な声を出したりしなかったか?」
「………………」
「視線を外すな。水晶玉の前に戻るな、コラ」
「では――いざ!」
魔力を流す。
親友の横顔を、天使ルアーネは目を細めてみていた。
(まったく。子どもみたいな顔しちゃって、まあ)
微笑ましい。このときばかりは、純粋な少女を見つめる姉になった気持ちだった。
水晶玉が輝き、部屋の空間に映像を映し出す。
緑豊かな森の中。その中にある、美しく気品のある建物。
マリアが己の権限で創り出した『もふもふ家族院』――とかいう施設だとルアーネは思い出す。
「うんうん。今日も清浄な空気に満ちていますね。善きかな善きかな」
「ふふっ」
マリアがうんうんとうなずく様子に、思わずルアーネは噴き出した。
これは魔法で映し出された異世界の映像。現地の空気をそのまま感じ取れるわけではない。
天使マリアほどの力をもってすれば、水晶玉を経由して魔力を送ることぐらいは可能だろうが……。
映像が家の中に移っていく。聖域内のことなら、この水晶玉でなんでも見通すことができる。ここで暮らす者たちの私生活もバッチリ見える。
ルアーネは腕組みをした。親友の倫理観は信じているが、下界の人間にもプライバシーというものがある。度が過ぎるようなら止めようと密かに構える。
映像が、ダイニングルームとキッチンを映し出した。
数人の少年少女が、仲良さそうにたわむれている。キッチンで作業している男の子、あれが話題のユウキ少年だろうかとルアーネは思った。
(なるほど、確かに不思議な雰囲気を持つ子だな。無邪気で純粋なようで、落ち着いている。これも生前の経験がなせる業か)
ユウキ少年の生い立ちはルアーネも資料を通して知っている。当然、気の毒だと思う気持ちが強い。
ルアーネは微笑んだ。
(上手くやっているようだ。幸せそうなら、それで良い)
「きゃああああっ、ユウキッ。相変わらず可愛いッ!!」
「……」
真面目な思考をぶった切る嬌声に、ルアーネは半眼になる。
皆の憧れ天使マリア様が、画像にすがりついて息を荒げていた。
「アオイ、相変わらず天然おっとり! でも怒ったら怖いって、もう鉄板のギャップだわ!」
「……」
「ヒナタッ! いつも場を明るくしてくれる子! ヒナタがいると画面が栄えるわー!」
「……」
「そしてサキ! この猪突猛進ぶりが可愛いッ! やはりマッドサイエンティストはちょっとお馬鹿さんじゃないとね!」
「……おい」
「ルアーネッ!!」
しまったこっちに矛先が来た、と親友天使はうんざりした。
「見た!? 見たでしょ!? 今のあの子たち! この空気感、これぞ平和であり楽園の体現じゃないかしら!?」
「お前……」
「なあに? わからないの? あ、そうよね。まだ始まったばかりだし……ちょっと待ってて」
マリアが部屋の隅に走る。棚に並べられていた可愛らしい人形を数体、手に取ってくる。
天使が手ずから縫った、もふもふ家族院の子どもたちである。
「まずね、この子! ヒナタ! この明るい髪色とツインテールが可愛いでしょ? 踊るのが大好きで、ぴょんぴょんこの髪が動くのよ。まさしく神の踊りでしょう!? そう思わない!?」
「……」
「ねえなんでちょっと引き気味なの!?」
「『ちょっと』じゃねえ。ドン引きしてるんだよ」
げっそりしながら答える。
「マリアよぉ。お前が健気で可愛い子が好きなのはよーく知ってるが、もうちょっと抑えられないもんかね?」
「仕方ないじゃない。この子たちを可愛いって思う気持ちは溢れ出るものなんだから。湧水を根絶することが不可能であるようなものだわ。この世に水がある限りね」
「喩えが壮大すぎるんよ」
「だって可愛いんだもの! 素晴らしいんだもの! この子たちがいれば私は勝てるわ!」
「何にだ」
ルアーネは額を押さえた。この部屋に来てから何度同じ仕草をしたかわからない。
これが天使マリアの、もうひとつの顔。
もふもふ家族院の子どもたち全員を心の底から溺愛する、ちょっと危ない『箱推し天使』である。
ルアーネは言った。
「お前、そんな有様なのによくユウキ少年と一緒にいて平気だったな」
「平気なものですかっ!!」
血走った目と必死な表情で否定された。
「あの顔、あの声、あの優しさ! 推しに優劣を付けないと誓った私でも、思わずその誓いをかなぐり捨てたくなるような尊さに溢れていたッ……! それが、それが目の前に実在して、触れて、会話までできるなんて、何度ここが天上世界かと思ったことか。何事もなく家族院へ送り出した私をむしろ称えて欲しいくらいです」
「それはホントよく我慢したと思う」
「推しと接するには節度が大事なのです。節度が」
「ホントか?」
「……なぜそこを疑うのです?」
「さっきまでぶっ飛んだ言動かましといて、なぜそこを疑われないと思ったのか」
「失礼な。私はもふもふ家族院の皆を正しく推しているの。推しの幸せを願う者として、清く正しく推し活しているのです」
「じゃあ聞くが、ユウキ少年に変な真似はしなかっただろうな? 思わず変な声を出したりしなかったか?」
「………………」
「視線を外すな。水晶玉の前に戻るな、コラ」
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