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4章 みんなの母親アオイはふんわりで怖い
第15話 家族院ののんびりお母さん
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ケセランたちもユウキを歓迎してくれている――。
ヒナタの言葉に同意するかのように、ケセランたちがぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。そのたびに、静かな湖面に水滴の落ちるような響きが重なる。不思議と落ち着いた気持ちになれた。
ユウキは胸元のケセランを撫でる。
「ありがとね、みんな」
ぽちゃん。
「あはは。でも、これ事情を知らなかったら水を出しっぱなしにしちゃったのかと思うかも」
「まさかまさか」
サキが手を振りながら否定する。
と――。
「あらー、たいへんたいへんー」
リビング奥からそんな声が聞こえてきた。次いでパタパタと足音も。言葉では「たいへん」と慌てているが、口調も歩調も、どことなくゆったりのんびりした印象だった。
ソファーに陣取っていたケセランの一匹がコロコロとダイニングルームへ転がっていく。
しばらくして、「あららー?」と首を傾げる声がした。
ヒナタが笑声を上げる。サキは天を仰いだ。
「むーん、そういえば我が家の『お母さん』はそういう子だったなあ」
「え? お母さん?」
ヒナタが手を引く。
「行こ、ユウキ。紹介してあげる」
ヒナタたちとともにダイニングルームへ。そこからさらに奥に繋がるキッチンへと向かう。
流し台の前にひとりの少女が立っていた。片腕に洗濯物を抱えたまま、不思議そうに首を傾げている。
若草色の髪をボブカットにした彼女は、全身からおっとりと穏やかな雰囲気を醸し出していた。同い年なのに落ち着いた子だなあ、とユウキは感心した。
「アオイ!」
ヒナタが声をかけると、若草色髪の少女は振り返った。困り顔だったのがほんわりと緩む。
「あらあ、お帰りなさいー、ヒナタちゃん。お昼寝は気持ちよかった?」
「うん、ただいま。それよりアオイ、紹介したい子がいるの」
ユウキの腕を抱き、前に出る。
「じゃーん。この子が天使様のおっしゃっていた、新しい院長先生。ユウキだよ!」
「えと。ユウキです。よろしくお願いします」
相手が『お母さん』と呼ばれている子だと意識して、ユウキは少し緊張した。ヒナタやサキのときと違う、少し肩に力の入った挨拶をする。
顔を上げると、ぎょっとした。若草色髪の少女――アオイが、すぐ目の前でこちらをのぞき込んできたからだ。
じーっと見つめられる。けど、サキとはちょっと違う。ぐいぐい観察するような感じじゃない。言ってみればそれは、寝起きでぼんやりしたまま壁の一点を見つめるような、そんな感じだ。
「あ、あの……アオイ、さん?」
「……」
「えっと」
「あー、はいー。よろしくお願いしますねぇ。ユウキちゃん」
ちゃん付け……とユウキは目を瞬かせた。
確かに生前は、周りが看護師やお医者さんばかりだったので『ちゃん付け』は普通だった。こうして同い年の女の子から言われるのは初めてだが……。
ワンテンポ、いやツーテンポは遅い返事だった。すごいマイペースさだ。
「アオイの名前はアオイと言いますー。あら? アオイの名前はアオイ……改めて口にすると不思議な感じですねえ。ふふっ」
「えっと。ユウキです。よろしく、アオイさん」
「アオイで結構ですよー。他の子たちも、そう呼んでますしー」
「そうなんだ。それでもすごいね。皆にもずっと、そういう丁寧な言葉遣いなの?」
「丁寧……」
アオイは指先に手を当てた。片手の洗濯物は決して落とさないようにしながら、そこそこ長い時間考え込む。
「丁寧、ですか?」
「うん」
「そうですかー。それはとても良いことですねぇ」
ふんわりと、まるで自分が手にしている洗濯物のような柔らかさで微笑むアオイ。釣られて微笑んでしまい、ユウキはまたも「すごいな、この子」と思ってしまった。
アオイは、足下に転がってきたケセランを拾い上げた。指先でちょんちょんとつつく。
「もう、駄目じゃないですか。アオイはてっきり、蛇口から水が出しっぱなしだと思って、慌ててしまったではないですかー」
「あ、それで『たいへんだ』って言ってたんだ」
「おかげですっごく急いで駆け込んでしまいましたよー」
すっごく急いで?
とりあえず怒っているのだろう。ほんの少しだけ眉を下げて、アオイは変わらぬ口調で注意する。
ユウキは他の家族たちを振り返った。ヒナタもサキも、ちょっと呆れた表情で首を横に振るだけである。どうやら、いつものことのようだ。
全然怒ってるように見えないのはすごいなと、ユウキは改めて感じ入った。
ヒナタの言葉に同意するかのように、ケセランたちがぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。そのたびに、静かな湖面に水滴の落ちるような響きが重なる。不思議と落ち着いた気持ちになれた。
ユウキは胸元のケセランを撫でる。
「ありがとね、みんな」
ぽちゃん。
「あはは。でも、これ事情を知らなかったら水を出しっぱなしにしちゃったのかと思うかも」
「まさかまさか」
サキが手を振りながら否定する。
と――。
「あらー、たいへんたいへんー」
リビング奥からそんな声が聞こえてきた。次いでパタパタと足音も。言葉では「たいへん」と慌てているが、口調も歩調も、どことなくゆったりのんびりした印象だった。
ソファーに陣取っていたケセランの一匹がコロコロとダイニングルームへ転がっていく。
しばらくして、「あららー?」と首を傾げる声がした。
ヒナタが笑声を上げる。サキは天を仰いだ。
「むーん、そういえば我が家の『お母さん』はそういう子だったなあ」
「え? お母さん?」
ヒナタが手を引く。
「行こ、ユウキ。紹介してあげる」
ヒナタたちとともにダイニングルームへ。そこからさらに奥に繋がるキッチンへと向かう。
流し台の前にひとりの少女が立っていた。片腕に洗濯物を抱えたまま、不思議そうに首を傾げている。
若草色の髪をボブカットにした彼女は、全身からおっとりと穏やかな雰囲気を醸し出していた。同い年なのに落ち着いた子だなあ、とユウキは感心した。
「アオイ!」
ヒナタが声をかけると、若草色髪の少女は振り返った。困り顔だったのがほんわりと緩む。
「あらあ、お帰りなさいー、ヒナタちゃん。お昼寝は気持ちよかった?」
「うん、ただいま。それよりアオイ、紹介したい子がいるの」
ユウキの腕を抱き、前に出る。
「じゃーん。この子が天使様のおっしゃっていた、新しい院長先生。ユウキだよ!」
「えと。ユウキです。よろしくお願いします」
相手が『お母さん』と呼ばれている子だと意識して、ユウキは少し緊張した。ヒナタやサキのときと違う、少し肩に力の入った挨拶をする。
顔を上げると、ぎょっとした。若草色髪の少女――アオイが、すぐ目の前でこちらをのぞき込んできたからだ。
じーっと見つめられる。けど、サキとはちょっと違う。ぐいぐい観察するような感じじゃない。言ってみればそれは、寝起きでぼんやりしたまま壁の一点を見つめるような、そんな感じだ。
「あ、あの……アオイ、さん?」
「……」
「えっと」
「あー、はいー。よろしくお願いしますねぇ。ユウキちゃん」
ちゃん付け……とユウキは目を瞬かせた。
確かに生前は、周りが看護師やお医者さんばかりだったので『ちゃん付け』は普通だった。こうして同い年の女の子から言われるのは初めてだが……。
ワンテンポ、いやツーテンポは遅い返事だった。すごいマイペースさだ。
「アオイの名前はアオイと言いますー。あら? アオイの名前はアオイ……改めて口にすると不思議な感じですねえ。ふふっ」
「えっと。ユウキです。よろしく、アオイさん」
「アオイで結構ですよー。他の子たちも、そう呼んでますしー」
「そうなんだ。それでもすごいね。皆にもずっと、そういう丁寧な言葉遣いなの?」
「丁寧……」
アオイは指先に手を当てた。片手の洗濯物は決して落とさないようにしながら、そこそこ長い時間考え込む。
「丁寧、ですか?」
「うん」
「そうですかー。それはとても良いことですねぇ」
ふんわりと、まるで自分が手にしている洗濯物のような柔らかさで微笑むアオイ。釣られて微笑んでしまい、ユウキはまたも「すごいな、この子」と思ってしまった。
アオイは、足下に転がってきたケセランを拾い上げた。指先でちょんちょんとつつく。
「もう、駄目じゃないですか。アオイはてっきり、蛇口から水が出しっぱなしだと思って、慌ててしまったではないですかー」
「あ、それで『たいへんだ』って言ってたんだ」
「おかげですっごく急いで駆け込んでしまいましたよー」
すっごく急いで?
とりあえず怒っているのだろう。ほんの少しだけ眉を下げて、アオイは変わらぬ口調で注意する。
ユウキは他の家族たちを振り返った。ヒナタもサキも、ちょっと呆れた表情で首を横に振るだけである。どうやら、いつものことのようだ。
全然怒ってるように見えないのはすごいなと、ユウキは改めて感じ入った。
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