聖女の死後は引き受けた ~転生した私、新米女神の生前の身体でこっそり生きる~

和成ソウイチ

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【89】聞きたくなかった

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 アムルちゃん一家が手配した馬車に揺られること、しばらく。
 レギエーラ郊外に設けられた特設の闘技場にやってきた。

 石を円形に積み上げて観客席としている。見た目は簡素だけれど、大きさは立派なものだ。
 なんでこんなでっかい施設に今の今まで気付かなかったんだろうな、私。
 観客席はすでに満員だ。まるで雨後のタケノコのように湧いて出てきている。

「荒んでますね主様」
「心の中で愚痴を言うのも許されぬのか」

 闘技場の壁面をよく見ると、あちこちに欠落があったり、補修の跡が見えたりした。
 それだけでも、闘技大会の激しさがしのばれるというものだ。帰りたい。

 出場者の出入口周辺には、数多くのテントが張られていた。各地から集まった猛者達が、各々待機する場所だろう。
 オーラだけで大炎上しそうな雰囲気に包まれている。

 オーラは参加者用のテントからだけではなかった。闘技場をぐるりと囲うように、様々な出店が軒を連ねている。中には、かなり大掛かりな店舗を設けているところもあった。
 なにこれ、怖い。
 もし私が断ってたら、ここの人たち全員から袋叩きに遭ってたかもしれないってこと? ひいぃぃ……。

「レギエーラの闘技大会は、街の有力者が持ち回りで主催しているんですよ、お姉様」
「そう……。じゃあ今年はアムルちゃんたちの当番というわけなんだね」
「え? 違いますよ」

 にっこりと天使の微笑みを見せるアムルちゃん。よく見ると、聖女の使いの姿に変身している。

「お姉様が参加するイベントに我が一族が関わらないわけにはいきません。神への信仰心、お姉様の聖なるお酒、極めつけは限定生産のお姉様卓上立像でもって、快く主催者の座を譲って頂きました」
「私の常識では、それは買収と言って罰の対象なのですが」
「なんと! それではお姉様直々に罰を与えてくださると!?」
「その手には乗らないよ」
「では代わりにヒビキちゃんから。さあヒビキちゃん、お姉ちゃんに罰を与え――あぅぅぅぅっ」

 アムルちゃんの柔らかほっぺを引っ張る。実に嬉しそうにうめき声を上げる踊りの天使。デスノート持ちの我が天使もきゃっきゃと喜んでいた。
 教育とは何と難しいことか。

 ――アムルちゃんのお母様の、元気に腹を揺さぶる大声が聞こえてくる。

 広い闘技場に、お母様のテンションと迫力はぴったりとマッチしていた。何度も言うけど聖職者とは何か問いかけたくなる。

 しばらくして、テントからぞろぞろと参加者達が出てきて、闘技場内に入っていく。

「闘技大会は、いくつかの種目に分かれていますの。ざっくり言うと、個人戦、団体戦、集団戦、特別戦の四つですわ」
「結構、たくさんあるんだね。てか、前に聞いたときより増えてない?」
「数日がかりのイベントですから。商人たちも張り切っています。ここで一番の売り上げを達成した店に、お姉様立像の販売権を与えることになっていますので、皆、命懸けですわ」

 それは聞きたくなかった。

「ちなみにご説明しますと、集団戦は大人数での生き残り戦、特別戦は選ばれた者のみが参加できるメインイベントですわ。想像しただけでワクワクします!」
「……私が参加するのは……」
「全部ですわ」

 それも聞きたくなかった。

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