上 下
51 / 77

51話 魔導超越者は怒らせるべきじゃない(バトル回)

しおりを挟む
「ターゲットとなる魔物は、どこにいるのでしょうか?」
「王都郊外の西方に、今日魔物が現れる事は《未来視》で分かっている。瘴気を探ってみるがいい。其方であれば探知できるであろう?」

(探索魔法で瘴気を探れと?)

 ライルは眉をひそめた。探索魔法で瘴気を見つけるのはマイナーな技術だ。しかしシーダ姫は、ライルが瘴気を探せる事を知っている。

「ああ、そんな顔をするな。わたしが其方について知っているのは、時渡りの魔女アリサから、其方について詳しく聞かせてもらったからだ」

「アリサさんを知っているんですか?」
「うむ。魔女ネットワークの同志だからな」

(魔女ネットワーク?)

 聞き慣れない単語だったが、アリサとシーダ姫が知り合いだというのは理解した。

「まあ、それはどうでもいいのだ。とにかく任務を遂行してくれ」
「分かりました」

 ライルは素直に瘴気を探っていった。すると、

「西方8km程先の森の中。少し大きめの魔物がいますね。サーベルタイガー系の魔物でしょうか――こちらに気付いたようですっ!」
「迎撃態勢をとれっ!」

 シーダ姫が叫ぶと、兵は隊列を組んで盾とランスを構えた。

「迎え撃つぞライル!」
「はい!」

 瘴気を取り込んだサーベルタイガーは、サーベルタイガー・ロードへと変貌していた。探索魔法にも反応するような高位の魔物だ。

(動きが速いな)

 驚異的な速度で、こちらに向かって疾走してくる。

(猶予は、時間にして1分もなさそうだ)

 ライルは素早く印を切り、迎撃用の魔法を練っていく。

印詠省略ロジックカット
魔法混合創成クロスマジック
威力増幅ダメージブースト
自動追尾オートトラッキング

 そしてターゲットのいる方向に狙いを定め、

「《火矢ファイヤーアロー》」

 虚空に出現した巨大な火矢が、魔物へと向かって飛んで行く。サーベルタイガー・ロードは飛来物に気付いて左に躱したが、自動追尾の火矢は目標に命中するまで止まらない。

(当たれっ!)

 ドンッという爆発音と共に、1km程先で火の手が上がる。小高い丘が視界を遮っている為詳細は確認出来ないが、ライルは命中した事を確信した。

『おおおおおお!』

 そこかしこで歓声が上がる。だがシーダ姫の顔は優れない。

「あの程度の力なのか? 聞いていた話と随分違うな。腑抜けた魔法だ」
「はい?」

 ライルは聞き返すが、シーダ姫は前方から目線を逸らさない。

「魔物はまだ死んでおらんぞ。油断するな」

 その言葉にハッとなり、ライルは探索魔法を再度使用して瘴気を探る。魔物は健在だった。ただしライルの存在を警戒しているようで、その歩みはかなり慎重になっている。

「ライル。瘴気を得た魔物は知恵を付けるが、それは知っているか?」
「いえ」

 シーダ姫は、風に靡く髪を後ろに撫でつける。

「知恵を付けた魔物は、己を傷付けた相手を決して忘れん。そして、相手に最もダメージのある報復をする」

「最もダメージのある報復ですか?」
「つまり報復のターゲットとなるのは、其方に近しい者だ」

「まさか、そんな事が?」
「わたしが嘘を吐く意味があるとでも?」

 ライルは答えに窮する。

「手負いとなった魔物は、其方の魂の匂いを覚えにやって来るぞ。それを取り逃せば、誰ぞ其方と縁の深い者を殺しに行くであろうな」

(ティリア様!?)

「来たようだな。必ず仕留めろ。後悔したくなければな」

 ブスブスと煙を上げながら近付いてくるのは、サーベルタイガーの3倍の体躯はあろうかという魔物だ。未だ距離が離れている為、その表情を窺い知る事は出来ないが。

 だが攻撃を仕掛けてきたライルに対し、負の感情を抱いているのは間違いない。

(殺す)

 サーベルタイガー・ロードを睨み付けながら、ライルはかつてない程に集中した。全身全霊を掛けて凄まじき力を生み出していく。

魔法混合創成クロスマジック
威力増幅ダメージブースト
自動追尾オートトラッキング

「塵一つ残さん。《火矢ファイヤーアロー!》」

 絶大な魔力が更に膨れ上がり、それは虚空に生まれた灼熱の矢に全て注ぎ込まれていく。

「いけっ!」

 射殺すかのような視線で見据え、魔物へと向かって解き放つ。

 標的を燃やし尽くす豪炎の矢が虚空を飛翔する。サーベルタイガー・ロードは回避行動を取るが。

「燃えろっ!」

 ライルの怒気に呼応するかの如く、火矢は瞬時に方向を変えた。魔物の胸部へと突き刺さり、炎熱の業火となって一気に燃え上がる。

「ガァ――――――――ッ!」

 遠く離れているにも関わらず、耳をつんざくような断末魔が響く。ライルはトドメとばかりに、詠唱しながら一心不乱に印を切った。《印詠省略ロジックカット》さえも受け付けない、古代の最上位魔法を発動させる為にだ。

「お、おい待てライル! これ以上はやり過ぎだ!」
「死ね! 《深紅の殲滅炎クリムゾンフレア》」
「もう死んでる――」

 とてつもない轟音と共に、炎の柱が天を突く。昼空が赤く染まるような驚異的な光景だった。異質過ぎて誰も言葉を発せない。

 誰もがこの状況に対して畏怖の念を抱き、ライルに向かって臣下の礼をとる者さえいた。

「何て奴だ……其方は」

 ようやく絞り出したシーダ姫の声は、前方を睨み付けるライルの耳には届かなかった。

「心ここにあらずか。とりあえず、其方の怒りを買うべきじゃないと分かっただけでも僥倖だ」

 シーダ姫は最大限の賛辞を贈るが、ライルは灰となっていく魔物から目を離さないまま佇んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。

香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー 私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。 治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。 隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。 ※複数サイトにて掲載中です

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

処理中です...