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02話 護衛騎士は命を救われる
しおりを挟む 王城内には王国騎士団の修練場がある。
ティリアが婚約を破棄されてから3日後。神罰で呪われたとされる護衛騎士ライル・グローツと、元近衛騎士団長でありライルの父親でもあるグローツ子爵の試合が、今まさに始まらんとしていた。
(ライル。どうか無事に)
ティリアは手を組んで祈る。主家の務めとして、フローレンス公爵家からは公爵とティリアが試合を見届けに来ていた。
「金輪際、貴様を息子とは思わん」
「俺は恥じるべき事など何もやっておりません」
「黙れ痴れ者が!」
ライルは黒髪で見目麗しい18歳だ。「護衛騎士の身でありながら、主君のティリアと男女の関係になっていた」と、貴族界隈で噂の的となっている。
根も葉もない噂だが、ティリアが婚約を破棄されてしまった事で、半ば真実のように語られていた。それにより現在、ライルはティリアの護衛騎士を解任されてしまっている。
「引導を渡してやる」
ライルの弁明は聞き入れられず、グローツ子爵家の伝統に従い決着をつける事となった。勝てばライルの意見は肯定され、負ければ否定される。答えは決闘の勝敗に委ねられたのだ。
そして多くの騎士達が見守る中、試合開始の時刻が訪れる。
「子爵アガン・グローツ。護衛騎士ライル・グローツ。この試合は王国法により正式に認められたものだ。起こり得る結果に関しては全て不問となる。よいな?」
「「はっ!」」
第1騎士団長の宣告に対し、双方が騎士の礼をとる。しかしライルと相対するグローツ子爵の目には、明らかな殺意があった。
「始め!」
「はぁあっ!」
グローツ子爵が一気に間合いを詰め、渾身の力で剣を振り下ろす。
「なっ!?」
ライルが肩上に構えた剣は、驚く程アッサリと折れた。神罰で力を失った状態では、剛勇で名を馳せたグローツ子爵の剣を止められるはずもなかった。
(殺される)
迫り来る死に抗う術などない。恐るべき魔力を纏った剣は、ライルの金属鎧を紙のように切り裂いて、肩口からめり込んでいく。
試合用の剣であるにも関わらず、致命傷となる一撃だった。殺意を持った強者の技には、刃の有る無しなど関係なかったからだ。
スローモーションのように意識が朦朧としていく中、ライルは倒れながらグローツ子爵の顔を見る。
『死ね。恥晒しめ』
怜悧な目がそう語っていた。
死を悟ったライルは最期に願う。
(ティリア様。どうか……お幸せに)
ライルの周囲に血溜りが広がっていく。死を決定付ける凄惨な光景だった。
「ライルッ!」
ティリアは走るが、フラフラとした足取りで足元がおぼつかない。息を呑む騎士達を押し分けながら駆け寄ると、事切れようとしているライルを無我夢中で抱き締めた。
「ライル! ライル! いや……嫌ぁあああああああああああああ!」
ティリアの全身から眩い光が放たれた。
『おおおおおおお!』
驚愕の声が響く。白き光に呼応するように、致命傷であるはずのライルの傷がみるみるうちに塞がっていったからだ。
「あれは……まさか蘇生魔法なのか?」
フローレンス公爵が呆然と呟いた。
フローレンス縁の者には、回復魔法を扱える者が少数ながら存在する。ティリアもその数少ない内の一人だが、それは重症者を治す程度のものでしかない。死の淵から命を引き戻せるような力では断じてなかった。
「ライル! 死なないで!」
ティリアは必死に呼び掛けながら、蘇生魔法の行使を続ける。頬を一筋の汗が伝い、眉根を寄せた美しい顔は段々と青白くなっていった。
伝説の蘇生魔法を使えた者は、長い大陸史の中でも片手で数えられる程しか存在しない。膨大な魔力量保持者であるのに加え、回復魔法の使い手として天賦の才を有する必要があるからだ。
そのような人間は歴史上でも極僅かだった。更に蘇生魔法の使用にあたっては、己が有する魔法的素養を全て消費してしまう。蘇生魔法を使用すると、今後一切魔法が使えなくなるという事だ。
フローレンス公爵家に籍を置く者であれば、蘇生魔法についての深い知識を持っている。使用する際の矜持や心構えについても一通り習う。
だが諸々の条件を満たし、魔力を全て失ってまで行使しようとする者など、一人もいなかった。否、いないはずだった。今日この時までは。
「蘇生魔法を止めろティリア!」
フローレンス公爵は力の限り叫ぶ。ティリアを心配しての行動ではない。単に覚醒したティリアの事が惜しくなったからだ。
一生に一度しか使えないとはいえ、その価値は計り知れない。蘇生魔法の片鱗を見せたとなれば、たとえ婚約を破棄された傷物令嬢であろうと、他国の王太子に嫁がせる事も可能となるだろう。
そうなればミリーナとティリアがそれぞれ王太子妃となり、フローレンス公爵家にはより一層の繁栄が約束される。
「ティリア! 止めるんだ!」
(死に損ないなど見捨てろ!)
周囲の目がある為に表立っては言えないが、使い物にならなくなった男など捨て置けというのが、フローレンス公爵の本心だ。
だがティリアは一顧だにせず、ライルの回復だけを一身に祈り続ける。
「ライル! ライル!」
(死なないで!)
「ライル!」
するとライルの身体が小さく震えた。
「……リア……様」
ティリアの願いが通じたのか、ライルはゆっくりと目を開けた。
「ああ……ライル」
縋って泣き崩れたが、その時には既に、ティリアの身体からは一切の魔力が失われていた。
奇跡に沸く騎士達を他所に、フローレンス公爵は憎らし気に2人の様子を眺めていた。
ティリアが婚約を破棄されてから3日後。神罰で呪われたとされる護衛騎士ライル・グローツと、元近衛騎士団長でありライルの父親でもあるグローツ子爵の試合が、今まさに始まらんとしていた。
(ライル。どうか無事に)
ティリアは手を組んで祈る。主家の務めとして、フローレンス公爵家からは公爵とティリアが試合を見届けに来ていた。
「金輪際、貴様を息子とは思わん」
「俺は恥じるべき事など何もやっておりません」
「黙れ痴れ者が!」
ライルは黒髪で見目麗しい18歳だ。「護衛騎士の身でありながら、主君のティリアと男女の関係になっていた」と、貴族界隈で噂の的となっている。
根も葉もない噂だが、ティリアが婚約を破棄されてしまった事で、半ば真実のように語られていた。それにより現在、ライルはティリアの護衛騎士を解任されてしまっている。
「引導を渡してやる」
ライルの弁明は聞き入れられず、グローツ子爵家の伝統に従い決着をつける事となった。勝てばライルの意見は肯定され、負ければ否定される。答えは決闘の勝敗に委ねられたのだ。
そして多くの騎士達が見守る中、試合開始の時刻が訪れる。
「子爵アガン・グローツ。護衛騎士ライル・グローツ。この試合は王国法により正式に認められたものだ。起こり得る結果に関しては全て不問となる。よいな?」
「「はっ!」」
第1騎士団長の宣告に対し、双方が騎士の礼をとる。しかしライルと相対するグローツ子爵の目には、明らかな殺意があった。
「始め!」
「はぁあっ!」
グローツ子爵が一気に間合いを詰め、渾身の力で剣を振り下ろす。
「なっ!?」
ライルが肩上に構えた剣は、驚く程アッサリと折れた。神罰で力を失った状態では、剛勇で名を馳せたグローツ子爵の剣を止められるはずもなかった。
(殺される)
迫り来る死に抗う術などない。恐るべき魔力を纏った剣は、ライルの金属鎧を紙のように切り裂いて、肩口からめり込んでいく。
試合用の剣であるにも関わらず、致命傷となる一撃だった。殺意を持った強者の技には、刃の有る無しなど関係なかったからだ。
スローモーションのように意識が朦朧としていく中、ライルは倒れながらグローツ子爵の顔を見る。
『死ね。恥晒しめ』
怜悧な目がそう語っていた。
死を悟ったライルは最期に願う。
(ティリア様。どうか……お幸せに)
ライルの周囲に血溜りが広がっていく。死を決定付ける凄惨な光景だった。
「ライルッ!」
ティリアは走るが、フラフラとした足取りで足元がおぼつかない。息を呑む騎士達を押し分けながら駆け寄ると、事切れようとしているライルを無我夢中で抱き締めた。
「ライル! ライル! いや……嫌ぁあああああああああああああ!」
ティリアの全身から眩い光が放たれた。
『おおおおおおお!』
驚愕の声が響く。白き光に呼応するように、致命傷であるはずのライルの傷がみるみるうちに塞がっていったからだ。
「あれは……まさか蘇生魔法なのか?」
フローレンス公爵が呆然と呟いた。
フローレンス縁の者には、回復魔法を扱える者が少数ながら存在する。ティリアもその数少ない内の一人だが、それは重症者を治す程度のものでしかない。死の淵から命を引き戻せるような力では断じてなかった。
「ライル! 死なないで!」
ティリアは必死に呼び掛けながら、蘇生魔法の行使を続ける。頬を一筋の汗が伝い、眉根を寄せた美しい顔は段々と青白くなっていった。
伝説の蘇生魔法を使えた者は、長い大陸史の中でも片手で数えられる程しか存在しない。膨大な魔力量保持者であるのに加え、回復魔法の使い手として天賦の才を有する必要があるからだ。
そのような人間は歴史上でも極僅かだった。更に蘇生魔法の使用にあたっては、己が有する魔法的素養を全て消費してしまう。蘇生魔法を使用すると、今後一切魔法が使えなくなるという事だ。
フローレンス公爵家に籍を置く者であれば、蘇生魔法についての深い知識を持っている。使用する際の矜持や心構えについても一通り習う。
だが諸々の条件を満たし、魔力を全て失ってまで行使しようとする者など、一人もいなかった。否、いないはずだった。今日この時までは。
「蘇生魔法を止めろティリア!」
フローレンス公爵は力の限り叫ぶ。ティリアを心配しての行動ではない。単に覚醒したティリアの事が惜しくなったからだ。
一生に一度しか使えないとはいえ、その価値は計り知れない。蘇生魔法の片鱗を見せたとなれば、たとえ婚約を破棄された傷物令嬢であろうと、他国の王太子に嫁がせる事も可能となるだろう。
そうなればミリーナとティリアがそれぞれ王太子妃となり、フローレンス公爵家にはより一層の繁栄が約束される。
「ティリア! 止めるんだ!」
(死に損ないなど見捨てろ!)
周囲の目がある為に表立っては言えないが、使い物にならなくなった男など捨て置けというのが、フローレンス公爵の本心だ。
だがティリアは一顧だにせず、ライルの回復だけを一身に祈り続ける。
「ライル! ライル!」
(死なないで!)
「ライル!」
するとライルの身体が小さく震えた。
「……リア……様」
ティリアの願いが通じたのか、ライルはゆっくりと目を開けた。
「ああ……ライル」
縋って泣き崩れたが、その時には既に、ティリアの身体からは一切の魔力が失われていた。
奇跡に沸く騎士達を他所に、フローレンス公爵は憎らし気に2人の様子を眺めていた。
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