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10話 思い掛けない提案

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『なぜ此処にいる? 貴様は迷い人ではあるまい』

 空間を震わせるような声だった。
 人語を操ることに多少驚きはしたが、こいつは悠久の時を生きるドラゴンだ。
 珍しい事ではないのかもしれない。

「裏切りに遭って俺はここにいる!」

 声を大にして答えた。

『ほう。貴様は愚者であったか』
「なんだと?」
『気に入らんか? であれば間抜けか? 阿呆か? はたまた未熟者か?』

 ――安い挑発だ。乗るな。

 俺は口を閉ざしたまま答えない。

『間抜けであるから信じ、阿呆であるから気付かない。未熟者であるから騙されるのだ。貴様は愚者以外の何者でもあるまい。ハーハッハッハァ――ッ!』

 ――そんなことは知ってる。言われるまでもないんだよ!

 歯噛みしながら拳を握り込んだ。

『何を無くした? 肉親か? 友か? つがいか? 金か? 住処か? それは取り返せるのか?』
「全部だっ! もう二度と戻らねーんだよっ! それ以上言うなら殺すぞっ!」

『ハーハッハッハァ――ッ! 人間如きが我を殺すと申すか。いいだろう。殺れるというのであれば殺ってみるがいい』

 ――ふざけやがって。

『貴様は愚かだ。だが、その恨みに染まった目は気に入った』

 地を揺らしながら歩いて来ると、目の前で立ち止まる。

『貴様の命は我が預ろう。憎しみの念を晴らしたいのであれば力添えをしてやる。ただし――』

 脅すように顔を近付けてきた。

『ガァアアアアア――ッ!』

 殺意の込もった咆哮だった。

『貴様が志半ばで折れる時、我がその身を喰らってやる。覚悟しておくことだ』
「好きにしろ。俺はお前を利用するだけだ」

 復讐さえ叶えばそれでいい。

『ククッ。物怖じもせぬか』

 ブラックドラゴンは上機嫌で俺を見た。

『名は何という?』
「ライル・グローツ。アーガス村の生まれだ」
『アーガス村?』

 ブラックドラゴンがピクリと動いた。

「知ってるのか?」
『我は遠見の術が使える。滅びた村であろう?』
「……そうだ。俺の親も村の人間も殺された」

 それから、俺が知っていることを洗いざらい喋っていった。
 集団暴走スタンピードが人為的なものであったことや妹のミーナが殺された事。
 修得したカウンターを使って戦っていくつもりである事。
 命に代えても復讐を成し遂げたい事をだ。

『それが貴様の望みか?』
「そうだ。それ以外に望むことはない」
『であれば、欠点を克服せねばならん』
「欠点?」

 ブラックドラゴンはフッと笑った。

『気付いておらんのか?』
「ああ」
『ふむ。こういうことだ――』

 ゴゥッ!

 ――なっ!? 《カウンター!》

 ギィンッ!

 間一髪でカギ爪の攻撃を跳ね返した。

「くっ!」

 たったの一撃で、俺はガクリと膝を着く。

『これが貴様の欠点だ』
「……てめぇ」
『てめぇではない。我の名はギザラム・シャザ・アンダーロードだ。覚えておけ』

「今まで手を抜いてたのかっ!」
『言ったはずだ。命を預ると。我は貴様を容易たやすく殺せる。それを努々ゆめゆめ忘れるな』

 ――くそっ。

「何でノーダメージなんだよ」

 ブラックドラゴンのカギ爪をカウンターで跳ね返したんだ。
 それなのにダメージが通らないのはおかしいだろ。

『古より生き続けた高位竜族を甘く見るな。神話の古竜エンシェントドラゴンへと至った我の鱗は神聖金属オリハルコンの強度を凌ぐ。生命力に至っては神をも超えるのだ。たとえ聖剣を手にした創世神が相手であろうとも、我を滅ぼすことなど出来ん』

「神でも滅ぼせない?」
『如何にも。我の神髄は力に非ず。神界の戦乱をも生き抜く守りの力と、無限の生命力にこそあり』

 圧倒的な守備力と体力を持っている……ということか。

『我の話はそんなところだ。貴様はどうだ? 欠点を理解したか?』
「ああ。さっきのでな」

 カウンターは「後の先を取るスキル」だ。
 攻撃されたことを確認してから・・・・・・スキルを発動させる必要がある。

 つまりインパクトの瞬間は、まだカウンターが発動していない。
 その瞬間のダメージだけは、跳ね返せずに身体に蓄積してしまうことになる。

 そんな状態が続けばどうなるか?

「長期戦になればなる程、俺が倒れる確率が上がるってことだろ?」
『如何にも』

 敵となる奴等は高位貴族の嫡男だ。
 加えて「栄誉ある冒険者達」という名声もある。
 そいつらに付き従う私兵達は、さぞ己の主に心酔していることだろう。

 ――つまり士気の高い千人超えの私兵が、俺の相手になる。

 しかもシュナイザー、ガーロン、ダンログと3人続く。
 誰か1人を討ち倒せば、残りの2人が手を組む可能性もあるだろう。

 ――俺の身体の方が先に悲鳴を上げるかもな。

 そして魔物相手と違って、人を殺すわけにはいかない。
 俺は相当の不利を覚悟して戦う必要があるだろう。
 更に言うなら、

 ――もし奴等が他貴族や王国軍まで動かしたら?

 最悪の事態まで考えると悩みは尽きそうにない。

「難しい戦いになりそうだ」
『貴様が皆殺しにするつもりで戦うのであれば、話は変わってくるがな』
「出来るわけないだろ」

 分かり切ってる事を言うな。

『甘い奴だ』
「これが普通だ」

 あのクズ共じゃあるまいし、無実の人間を殺せるわけがない。

『いいだろう。貴様に付き合ってやる』

 そして戦いに明け暮れる日々が始まった。
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