深遠の先へ ~20XX年の終わりと始まり。その娘、傍若無人なり~

杵築しゅん

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新時代

82 対面と体面(2)

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 教会長と王孫ヒルトラが睨み合い、一触即発って物騒な事態になっているが、その場に居る者たちの態度は2つに分かれていた。
 王孫ヒルトラに賛同する者は見下すようににやけ、教会長と聖人に対し不敬すぎると王孫に不信感を抱く者は、危険を感じて王孫から離れていく。

 ……まあこの場に居る全員が腐っている訳じゃないわよね。多少の常識とか信仰心は残っているってところかしら。

 バラス教会の教会騎士2人が慌てて飛び出し、教会長を護るように王孫ヒルトラと対峙する。
 王孫の護衛の内バラス公爵家の騎士はヒルトラの前に出て、王宮騎士は首を横に振りながら後退る。
 常識ある王宮騎士なら、教会騎士と対戦することは教会法に反すると知っている。だからヒルトラに睨まれても動かない。

 仕方ない。常識が通じない者には非常識で対抗するしかないわ。
 私は先程空間収納に入れた柱の小さめなモノを、おバカ王孫の斜め後ろに空いたスペース目掛けて落ちろと命じる。
 
 ヒュー ドーン!と大きな音がして地面が揺れる。
 突然降ってきた白い柱の一部分を見て、皆は「ギャーッ!」と叫んで逃げ、王孫ヒルトラはその場で腰を抜かしている。
 教会関係者は「聖人様がお怒りだー!」と言って、その場に平伏した。

 いったい何が起こったんだ? って皆はキョロキョロしたり上空に視線を向けるが、何故柱が落ちてきたのか分からず戸惑っている。
 だが、教会関係者が平伏したままであることに気付くと、途端に不安になったようで、信仰心が少し残っていた者は同じように平伏していく。

「な、な、なんだこれは! おい、俺を起こせ! 護衛は何をしている、王孫であるこの私の身を危険に曝した教会の奴等を斬れ!」

 まさか本当に聖人様のお怒りが?・・・と考え、しーんと静まり返っていた時、全く空気が読めない王孫ヒルトラは、信じられない命令を出した。
 教会の奴等を斬れ?・・・それは流石にヤバイだろうと、傍観者たちは顔を引き攣らせ視線を逸らす。

「愚か者め! 無知で無能なお前のせいで、天はお怒りだ!
 お前の暴言も愚行の数々も、神々の耳に届いてしまった。
 予言者である私は、多くの民を守るため、昨年各国の王やマセール王に厄災に備え民を救済せよと命じた。
 もしも命に背けば、天罰が下るぞと忠告もしておいた。

 だがどうだ、国も領主も民を救済せず、あろうことか王族や公爵である者が、民ばかりか教会を攻撃し聖人である私を貶めた。
 もはや手遅れだ! 領都バラスに居る愚か者たちのせいで・・・
 ああ、神々よ、どうか善良な民はお救いください。この国を滅ぼすのはお待ちください!」

 私は皆から見える聖堂の屋上に姿を現し、聖布を頭から被り【聖なる杖】を右手に持って、大袈裟に天に向かって叫ぶ。
 次に右手を天に向けて伸ばし、顔を上に向け、【聖なる杖】をそれらしくクルリと3度回す。
 私の声を聞き姿を見た教会長は、「ああ、聖人エレル様だ!」と叫んで再び平伏した。

 一部の者を除き、多くの者が慌てて跪いたり平伏し、さっきのアレは本当に聖人様の怒り? いえ、神々の怒りなのかと、降ってきた白い柱を見て体を震わせる。

 その様を見た私は、バラス公爵屋敷で倒れずに残っていた見張り塔の上部に転移し、屋敷の中でも教会からよく見えるであろう部分に向かって、空間収納から大きな柱を落とす。
 落とすと同時に、今度は聖堂の扉の前に転移した。

 ドーン、ガラガラドシャーと大きな音がして、地面が揺れた。
 音のする方に視線を向けた者たちは、先程まではあった公爵屋敷の迎賓館が、無残に崩れ砂埃を巻き上げる様を見てしまう。
 その表情は恐怖で引き攣り、息をするのを忘れたように青ざめていく。

 ……あの迎賓館は、地震で大きくひび割れていたから、余震が来たら間違いなく崩れる建物だった。だから遠慮なんてしない。


「なんてこと、愚かな王族と公爵、そして教会を敬わぬお前たちのせいで・・・
 ああ、ダメよ、そ、そんな・・・まだ天はお怒りだわ。
 教会長、避難している信者全てを連れ、今直ぐに領都バラスを出なさい!
 動ける者にケガ人を運ばせ、住民にも急いでこの街から出るよう伝えなさい。
 教会は緊急事態を告げる鐘を鳴らし、3時間以内に教会を閉めて逃げなさい」

 さっきまで屋上に居た聖人が突然目の前に現れ、皆の目は一層恐怖の色に染まる。立ったままだった者も、ガクガクと足を震わせ平伏していく。
 この街から逃げろ? えっ? 王族と公爵とお前たちのせい? お前たちって、自分も含まれるのか? って思考しているであろう者たちに視線を向ける。

「この愚か者たちを、天は許されるかしら? えっ? 全財産を差し出し償うか、命を・・・命を差し出せと? でも、お怒りは解いてはいただけないのですね」

 私はガクリと大きく肩を落とし、「天罰が下るわ」と悲しそうに言って、教会長に急げと命じる。

「は、はい、直ぐに動きます」と、平伏したままで教会長は了解した。

 天罰という言葉を聞いた者たちは、王孫ヒルトラを含め絶望的って顔をしたので、私はちょっとだけ溜飲を下げた。

 私は再び教会裏に転移し、小さな小屋を出して聖人の衣装を着替える。
 教会の前庭では、突然姿を消した聖人に、人々の恐怖心はマックスになる。
 遠巻きに教会の様子を見ていた善良な住民たちは、「お前たちのせいで神様がお怒りになったじゃないか!」とか「聖人様を害するような王子は死をもって償え!」などと声を上げ始める。


 教会の鐘塔から、緊急事態を知らせる鐘の音が響き渡る。
 何事だろうかと集まった住民に、教会長は先程起こったことを包み隠さず話し、神を信じる者と天罰を畏れる者は、2時間以内に街から出ていくよう指示を出した。
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