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産業革命
48 使節団(4)
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◇◇ 第三皇子 イツキノ ◇◇
本日は午前中を自由時間とし、午後から高等大学の講義を受ける。
朝食後、こっそりホワイティ商会へ行ってみた。もちろん王族という身分は隠し、一般の客を装ってだ。
店内は活気があり、多くの客は固形燃料とコンロなるものを買い求めていた。
前の冬は酷い寒波で、南に位置しているマセール王国でも薪不足は深刻だった。
「いらっしゃいませ。お探しの商品がございますか?」と、若い商会員が声を掛けてきた。
マセール王国の者であれば、第三皇子だと気付かれるかも知れないとドキドキしたが、どうやら彼は私を知らないようだ。
「私はマセール王国の貴族なのだが、商会長と面会することは可能だろうか?」
貴族だから便宜を図れという感じにはならないよう、もしも手が空いていたらでいいのだがと付け加えてみる。
「大変申し訳ございません。商会長は多忙でして只今不在でございます。商談であれば副商会長が対応いたしますが、如何いたしましょう?」
「いや、それならばいい。若い商会長に会ってみたいと思ったのだ。こちらのコンロと固形燃料を貰おう」
怪しいと警戒されないよう、笑顔で商品を購入しておく。
会えなかったのは残念だが、まだ滞在期間は2日ある。希望は持っておこう。
そして午後、うちの学園長の知人である高等大学副学長が、我々の案内人として希望した【マーヤ・リーデ】の講義に同行してくれた。
「これから向かう講義は、我が校の卒業生であり、名誉教授でもあられる聖人ホワイト様が行われる講義になります。
今回の講義には、教授や講師・主として最高学年の3年生、他学年の受講希望者が出席しています。
聖人ホワイト様の講義は、私も欠かさず受講しています」
案内人である副学長は、1回でも欠席したら時代に取り残されますからと付け加えて笑った。
……時代に取り残される? どういうことだろう?
「聖人ホワイト様は、この大学の卒業生なのか? それが今になって聖人に認定されたのか?」
うちの学園長が、首を捻りながら副学長に質問する。
確かに、先導者であられる方なら、在学中にそのお力を示されたはずだがと疑問に思う気持ちは分かる。
「はは、聖人ホワイト様は昨年入学され、1年で卒業試験に合格された天才だ。
まあ、講義を受けてみれば分かると思うが、固定観念を捨てないと講義内容が理解できないだろう。
我々も最初は大いに戸惑ったが、今ではその卓越した知性に感服し、学ぶことの面白さを実感している」
副学長は、60歳にして学生気分を味わえるとは幸せなことであり、自分が居る間に聖人ホワイト様に出会えたことを、心から神に感謝していると楽しそうに語った。
「昨年入学して1年で卒業? ではまだ19歳、いや20歳くらいか?」
「イツキノ第三皇子、聖人ホワイト様は13歳ですぞ。新しく最年少卒業記録を更新されたばかりじゃ。見た目で判断さることがないようご注意申し上げる。
自身が理解できなくとも、聖人ホワイト様への直接のご質問等はお控えください。
それから受講中はしっかりとノートを取るよう、研究所の所長から指示がでておるよ。その内容次第で、研究所の見学内容が変わるようじゃから頑張りなされ」
此処は学びの場、今回は見学ではなく受講希望でしたよねと、副学長は真顔で課題を出した。
我々一行は、大講堂の後ろの空いている席に座って聖人ホワイト様を待つ。
大講堂内を見回すと、3年生が最前列辺りに座り、その後ろの席には他の学年の学生も多く座っており、教授や講師たちは左右の席に座っている。
……これは、全学生や全教師が受講していると思った方がよさそうだ。
ドアが開くと同時に、最前列の学生が起立と号令を掛け、全員が立ち上がって深く頭を下げる。
普通の教授であれば、座ったまま軽く会釈をする程度なのだが、これが聖人である【マーヤ・リーデ】様の講義なのだと驚きながら、我々も慌てて立ち上がり頭を下げる。
期待に胸を膨らませ顔を上げると、教壇に立っている少女の姿が目に・・・
……あの美しい濃い紫の髪、顔は祖母に、いや私に似ているのか?・・・ああ間違いない。あれはミリアーノだ。私の、私のミリアーノだ。
「こんにちは、マシロ・オリエンテです。
本日の講義内容は、新しい商業の仕組みについてです。
現在、この大陸で一番大きな商業の組織と言えば商業連合になります。
そして、その下に商会や商団、商店などがありますが、これから先の時代を牽引していくのは、【会社】という組織になるでしょう。
現在の商会が目指すのは株式会社で、一般に対し株券なるものを発行し購入させることで会社の運営資金を調達したり、設立資金にしたりします。
一般に対し株券を発行できる会社は、現在の商会と同じように一定の条件をクリアし、株券を買った株主に対し、資本金や決算内容を公開する必要があります。
それでは、今の話を分かり易く説明していくので、しっかりついてきてください。瞬きをしていると置いていきますよ。
要点は簡潔に、分かり易く、そして詳細は口頭で説明します。
ノートの取り方は先日説明しましたね。これまでの教科書のように記入していくのではなく、展開方式で記入することを勧めます。
さあ一緒に、新しい時代を作っていきましょう!」
込み上げてくる涙を止めることなく、私はマシロ・オリエンテ、いや聖人ホワイト様であるミリアーノを見つめる。
「イツキノ様、お約束通りノートをお取りください」と、隣に座った副学長が声を掛けてきた。
「マ、マシロ・オリエンテだと!」
小声ながらも名を呼び捨てにした総務副大臣は、パッと振り返った前の席の学生たちに睨み付けられた。
その殺気にも近い視線を浴びせられた我々は、誤魔化すようにノートを広げペンを手に取った。
本日は午前中を自由時間とし、午後から高等大学の講義を受ける。
朝食後、こっそりホワイティ商会へ行ってみた。もちろん王族という身分は隠し、一般の客を装ってだ。
店内は活気があり、多くの客は固形燃料とコンロなるものを買い求めていた。
前の冬は酷い寒波で、南に位置しているマセール王国でも薪不足は深刻だった。
「いらっしゃいませ。お探しの商品がございますか?」と、若い商会員が声を掛けてきた。
マセール王国の者であれば、第三皇子だと気付かれるかも知れないとドキドキしたが、どうやら彼は私を知らないようだ。
「私はマセール王国の貴族なのだが、商会長と面会することは可能だろうか?」
貴族だから便宜を図れという感じにはならないよう、もしも手が空いていたらでいいのだがと付け加えてみる。
「大変申し訳ございません。商会長は多忙でして只今不在でございます。商談であれば副商会長が対応いたしますが、如何いたしましょう?」
「いや、それならばいい。若い商会長に会ってみたいと思ったのだ。こちらのコンロと固形燃料を貰おう」
怪しいと警戒されないよう、笑顔で商品を購入しておく。
会えなかったのは残念だが、まだ滞在期間は2日ある。希望は持っておこう。
そして午後、うちの学園長の知人である高等大学副学長が、我々の案内人として希望した【マーヤ・リーデ】の講義に同行してくれた。
「これから向かう講義は、我が校の卒業生であり、名誉教授でもあられる聖人ホワイト様が行われる講義になります。
今回の講義には、教授や講師・主として最高学年の3年生、他学年の受講希望者が出席しています。
聖人ホワイト様の講義は、私も欠かさず受講しています」
案内人である副学長は、1回でも欠席したら時代に取り残されますからと付け加えて笑った。
……時代に取り残される? どういうことだろう?
「聖人ホワイト様は、この大学の卒業生なのか? それが今になって聖人に認定されたのか?」
うちの学園長が、首を捻りながら副学長に質問する。
確かに、先導者であられる方なら、在学中にそのお力を示されたはずだがと疑問に思う気持ちは分かる。
「はは、聖人ホワイト様は昨年入学され、1年で卒業試験に合格された天才だ。
まあ、講義を受けてみれば分かると思うが、固定観念を捨てないと講義内容が理解できないだろう。
我々も最初は大いに戸惑ったが、今ではその卓越した知性に感服し、学ぶことの面白さを実感している」
副学長は、60歳にして学生気分を味わえるとは幸せなことであり、自分が居る間に聖人ホワイト様に出会えたことを、心から神に感謝していると楽しそうに語った。
「昨年入学して1年で卒業? ではまだ19歳、いや20歳くらいか?」
「イツキノ第三皇子、聖人ホワイト様は13歳ですぞ。新しく最年少卒業記録を更新されたばかりじゃ。見た目で判断さることがないようご注意申し上げる。
自身が理解できなくとも、聖人ホワイト様への直接のご質問等はお控えください。
それから受講中はしっかりとノートを取るよう、研究所の所長から指示がでておるよ。その内容次第で、研究所の見学内容が変わるようじゃから頑張りなされ」
此処は学びの場、今回は見学ではなく受講希望でしたよねと、副学長は真顔で課題を出した。
我々一行は、大講堂の後ろの空いている席に座って聖人ホワイト様を待つ。
大講堂内を見回すと、3年生が最前列辺りに座り、その後ろの席には他の学年の学生も多く座っており、教授や講師たちは左右の席に座っている。
……これは、全学生や全教師が受講していると思った方がよさそうだ。
ドアが開くと同時に、最前列の学生が起立と号令を掛け、全員が立ち上がって深く頭を下げる。
普通の教授であれば、座ったまま軽く会釈をする程度なのだが、これが聖人である【マーヤ・リーデ】様の講義なのだと驚きながら、我々も慌てて立ち上がり頭を下げる。
期待に胸を膨らませ顔を上げると、教壇に立っている少女の姿が目に・・・
……あの美しい濃い紫の髪、顔は祖母に、いや私に似ているのか?・・・ああ間違いない。あれはミリアーノだ。私の、私のミリアーノだ。
「こんにちは、マシロ・オリエンテです。
本日の講義内容は、新しい商業の仕組みについてです。
現在、この大陸で一番大きな商業の組織と言えば商業連合になります。
そして、その下に商会や商団、商店などがありますが、これから先の時代を牽引していくのは、【会社】という組織になるでしょう。
現在の商会が目指すのは株式会社で、一般に対し株券なるものを発行し購入させることで会社の運営資金を調達したり、設立資金にしたりします。
一般に対し株券を発行できる会社は、現在の商会と同じように一定の条件をクリアし、株券を買った株主に対し、資本金や決算内容を公開する必要があります。
それでは、今の話を分かり易く説明していくので、しっかりついてきてください。瞬きをしていると置いていきますよ。
要点は簡潔に、分かり易く、そして詳細は口頭で説明します。
ノートの取り方は先日説明しましたね。これまでの教科書のように記入していくのではなく、展開方式で記入することを勧めます。
さあ一緒に、新しい時代を作っていきましょう!」
込み上げてくる涙を止めることなく、私はマシロ・オリエンテ、いや聖人ホワイト様であるミリアーノを見つめる。
「イツキノ様、お約束通りノートをお取りください」と、隣に座った副学長が声を掛けてきた。
「マ、マシロ・オリエンテだと!」
小声ながらも名を呼び捨てにした総務副大臣は、パッと振り返った前の席の学生たちに睨み付けられた。
その殺気にも近い視線を浴びせられた我々は、誤魔化すようにノートを広げペンを手に取った。
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