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大商人への道
351ー1 最悪の魔獣大氾濫(3)ー1
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午後8時過ぎ、領都レイムの被害状況の報告を受けた。
旧市街地は、公共施設が多く一般住居が少なかったこともあり、死者20人、ケガ人50人、家を失った住民は300人くらいで、火災の規模からしたら奇跡的な数ではないだろうか。
ケガ人の多くは火傷をしていて、薬草不足の現状では治療も難しい。
今回は王立高学院特別部隊も出動しないから、もしも助けるなら個人の立場で動くしかない。
……まあ俺は、優秀で優しい身内には甘い。
レイム公爵夫人には、うちの家族が警護などでお世話になっているし、これまでも様々な分野で支援して貰っている。
つい最近では、優秀な事務官を5人も学園都市に貸してもらった。
「伯母上、実は、実験段階でまだ人間には使用したことがない薬があります。
安全性を確かめるためにも、火傷による重症患者を2人、秘密裏に連れてきていただけませんか?
効果があれば10時間ほど様子を診た後、問題なければ他のケガ人に使用できます」
「まあ、そんな貴重な新薬を使っていただけるのですか?」
領主屋敷には火傷に有効な薬が無かったので、夫人は驚いたように俺を見て確認する。
「治験者にするようで申し訳ないのですが・・・」
「いいえ覇王様、実は酷い火傷をした者の中に、分家の伯爵家当主がいます。彼はレイム高学院の学院長で、今日は図書館に居て逃げ遅れました」
必死な表情で話す家令は、助かる可能性があるなら是非助けて欲しいと頭を下げた。
軽傷者に使って病状を悪化させることはできないから、重傷者を……と言ったんだが、助けたい人物を殺すことはできないな。
……あれは魔力が強すぎるから飲むポーションには出来ない。塗り薬だな。
大人数にも対応できるよう、魔術具を使って作りたいとお願いし、公爵邸の離れを借りて塗り薬を創る。
勿論、核となる素材はブラックドラゴンの雌の翼だ。
小瓶100個分の人間用だから、3センチ四方を使えば十分だと思う。
……これで人間の皮膚が再生するなら、多くのケガ人を助けられる。
……迷いはある。魔力量の増加など、どんな副作用があるか分からない。
翼の小片を持つ手が震える。
きっとブラックドラゴンの魔力のせいだ。うん。
集中するため大きく息を吸って、【上級魔法と覇王の遺言】の中の一節を思い出しながら、ゆっくりゆっくり息を吐く。
覇王の行く道に正解はない。
手を差し伸べると決めたら立ち止まるな。
闇の中でも、気付きは突然降ってくるし、道もまた突然開かれる。
覇王の覇気は、唯一絶対の力であることを忘れるな。
……今できる最善を尽くすしかない。覇気? 覇気を使ってみるか。
魔術具内に入れた素材に向かって、俺は願いを込めて覇気を放つ。
すると七色の光の粒が素材に降り注ぎ、ブラックドラゴンの翼の色が白に変色し禍々しさが消えた。
「よし!」と気合を入れ、俺は魔術具のスイッチを入れた。
「信じられません。あれだけの酷い火傷が・・・」
大きく目を見開き、それ以上言葉が続かないのは家令だ。
「まあ、これは神の奇跡かしら? いえ、覇王様の奇跡ですわね」
右手を頬に当て、信じられないと首を横に振っているのは伯母上だ。
結論から言うと、新しい塗り薬は、塗って10秒後から皮膚の再生が始まった。
火傷部分だけではなく、裂傷も塞がった。
骨折には効果がなかったが、予想以上というか、予想通りというか、恐ろしいほどの再生力だった。
ただ、再生した皮膚は肌色ではなく白に近い色で、元の皮膚より厚みがない。
それでも重傷者の呼吸は安定し、治験者となってくれた伯爵は意識を取り戻した。
その様子を確認した家令は、もう一人の重傷者の手当を行っていく。
アシストするのはエクレアと、伯母上の契約妖精ロザリエちゃんだ。
ロザリエちゃんは、レイム公爵屋敷自慢の庭園にある、樹齢600年を超える木に宿っていた妖精で、賢者妖精ロルフ同様に子供サイズに姿を変えられる。
翌朝、患者に副作用が出ていないことを確認し、決して薬を素手で触るなと指示を出してから、俺はランドルに乗りリドミウム領の南へと向かった。
旧市街地は、公共施設が多く一般住居が少なかったこともあり、死者20人、ケガ人50人、家を失った住民は300人くらいで、火災の規模からしたら奇跡的な数ではないだろうか。
ケガ人の多くは火傷をしていて、薬草不足の現状では治療も難しい。
今回は王立高学院特別部隊も出動しないから、もしも助けるなら個人の立場で動くしかない。
……まあ俺は、優秀で優しい身内には甘い。
レイム公爵夫人には、うちの家族が警護などでお世話になっているし、これまでも様々な分野で支援して貰っている。
つい最近では、優秀な事務官を5人も学園都市に貸してもらった。
「伯母上、実は、実験段階でまだ人間には使用したことがない薬があります。
安全性を確かめるためにも、火傷による重症患者を2人、秘密裏に連れてきていただけませんか?
効果があれば10時間ほど様子を診た後、問題なければ他のケガ人に使用できます」
「まあ、そんな貴重な新薬を使っていただけるのですか?」
領主屋敷には火傷に有効な薬が無かったので、夫人は驚いたように俺を見て確認する。
「治験者にするようで申し訳ないのですが・・・」
「いいえ覇王様、実は酷い火傷をした者の中に、分家の伯爵家当主がいます。彼はレイム高学院の学院長で、今日は図書館に居て逃げ遅れました」
必死な表情で話す家令は、助かる可能性があるなら是非助けて欲しいと頭を下げた。
軽傷者に使って病状を悪化させることはできないから、重傷者を……と言ったんだが、助けたい人物を殺すことはできないな。
……あれは魔力が強すぎるから飲むポーションには出来ない。塗り薬だな。
大人数にも対応できるよう、魔術具を使って作りたいとお願いし、公爵邸の離れを借りて塗り薬を創る。
勿論、核となる素材はブラックドラゴンの雌の翼だ。
小瓶100個分の人間用だから、3センチ四方を使えば十分だと思う。
……これで人間の皮膚が再生するなら、多くのケガ人を助けられる。
……迷いはある。魔力量の増加など、どんな副作用があるか分からない。
翼の小片を持つ手が震える。
きっとブラックドラゴンの魔力のせいだ。うん。
集中するため大きく息を吸って、【上級魔法と覇王の遺言】の中の一節を思い出しながら、ゆっくりゆっくり息を吐く。
覇王の行く道に正解はない。
手を差し伸べると決めたら立ち止まるな。
闇の中でも、気付きは突然降ってくるし、道もまた突然開かれる。
覇王の覇気は、唯一絶対の力であることを忘れるな。
……今できる最善を尽くすしかない。覇気? 覇気を使ってみるか。
魔術具内に入れた素材に向かって、俺は願いを込めて覇気を放つ。
すると七色の光の粒が素材に降り注ぎ、ブラックドラゴンの翼の色が白に変色し禍々しさが消えた。
「よし!」と気合を入れ、俺は魔術具のスイッチを入れた。
「信じられません。あれだけの酷い火傷が・・・」
大きく目を見開き、それ以上言葉が続かないのは家令だ。
「まあ、これは神の奇跡かしら? いえ、覇王様の奇跡ですわね」
右手を頬に当て、信じられないと首を横に振っているのは伯母上だ。
結論から言うと、新しい塗り薬は、塗って10秒後から皮膚の再生が始まった。
火傷部分だけではなく、裂傷も塞がった。
骨折には効果がなかったが、予想以上というか、予想通りというか、恐ろしいほどの再生力だった。
ただ、再生した皮膚は肌色ではなく白に近い色で、元の皮膚より厚みがない。
それでも重傷者の呼吸は安定し、治験者となってくれた伯爵は意識を取り戻した。
その様子を確認した家令は、もう一人の重傷者の手当を行っていく。
アシストするのはエクレアと、伯母上の契約妖精ロザリエちゃんだ。
ロザリエちゃんは、レイム公爵屋敷自慢の庭園にある、樹齢600年を超える木に宿っていた妖精で、賢者妖精ロルフ同様に子供サイズに姿を変えられる。
翌朝、患者に副作用が出ていないことを確認し、決して薬を素手で触るなと指示を出してから、俺はランドルに乗りリドミウム領の南へと向かった。
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