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覇王と国王
175ー2 王宮の闇(4)ー2
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俺の覇気で気を失ったマロウ王子と王弟シーブルが目を覚ますのを、皆は大臣会議が行われる会議室に移動して待つらしい。
目覚めた二人を尋問するのは、宰相サナへ侯爵と第二王子ログドル、そして騎士団長に決まった。
まあ、あの二人が自分を犯人だと認めるとも思えないし、次の王は自分だと言い出す可能性の方が大きい。だから尋問なんて役に立たないだろう。
……俺としたら、あの二人が共謀しているのか、それともシーブルが王妃を罠に嵌めたのかが分かれば、それでいい。
無駄に待つ時間がもったいないので、ワイコリーム公爵を連れて王城見学をすることにした。
そのうちにトーマス王子や学院長も駆け付けてくるだろう。
「マロウ王子をどうされるおつもりですか?」
城の最上階にある国王の図書室に入った時、ワイコリーム公爵が訊いてきた。
俺は歴代の国王が残してきた木簡や書籍を興味深く眺めながら、溜息を吐いた。
「それを決めるのは国王です。
ここで俺が何かを決めてしまうと、国王の役割も果たさねばならなくなる。
そんな時間、覇王である俺にはありません。
あのポーションは、第七王子として国王に与えた、最初で最後のチャンスですから」
「チャンス……ですか?」
「ええ、心を入れ替え、王として生き直すチャンスです」
ワイコリーム公爵はそれ以上何も言わなかった。
厳しすぎると感じたのか、俺がまだ、父親としての国王に期待していると感じたのかは分からない。
ふと視線を向けた本棚の上に【建国記】と書かれた本があった。
長いこと誰にも読まれていなかったのか、随分と古ぼけて埃をかぶっている。
俺は身体強化で飛び上がり、その本を掴んだ。
フーッと息を吹き掛け埃を払うと、丈夫な布で表装され、金糸で【建国記】と刺繡された表紙が現れた。
「いつから王族は、覇王の教えを忘れてしまったのでしょうか?
この本が木簡から紙に書き写された時代は、名君と名高い王が居た500年前くらいでしょうね。
ワイコリーム公爵、この本をぜひ読んでみてください。
そして、もしも国王が生まれ変わろうと努力するなら、誰よりも厳しく、王としての道を示してください」
俺はマジックバッグから清潔な布を取り出し、建国記を丁寧に包んでワイコリーム公爵に渡した。
自分の中にも流れている王家の血を思うと、情けなくて悔しくて……なんだか泣きそうになった。
王とは何なのか、王はどうあるべきなのかが建国記には書いてある。
それはきっと、覇王にも共通する教えだと分かっている。
でもまだ俺は、教えの半分にも辿り着けていない。魔獣の大氾濫は、もう始まったというのに。
『アコル、リーマス王子がラリエスと一緒に王の寝室に入ったわ。学院長や他の王子たちは会議室に向かったみたい』
「ありがとうエクレア。俺も直ぐに向かう。
王が生きることを選んだら、絶好のタイミングで合図を出すから、リーマス王子と一緒に会議室に来るよう伝えて」
『分かったわアコル。それから、毒を渡したのはシーブルで、ボトルの一部に毒を塗ったのは王妃。そして、毒の部分を通るようにワインを注いだのはマロウよ』
頼りになる優秀な妖精たちは、日頃から王妃や王子の様子を観察してくれていた。
王宮の妖精を束ねている一番魔力量の多い妖精が、率先して皆を動かしてくれたそうだ。
その妖精は、500年以上生きているトーブル先輩の契約妖精セルビアちゃんより長寿らしい。
俺はまだ会ったことはないが、王宮の立ち入り禁止書庫の本に宿っていて、動ける範囲が狭いのだという。
会議室に入ると、一番奥の席が空いていたので、俺は何も言わずその席に向かって歩き出す。
先程より随分と増えているメンバーが、俺を見て全員が起立し姿勢を正した。
俺が席の前まで到着すると、ワイコリーム公爵が「覇王様です」と俺を紹介し最上級の礼をとる。すると他の出席者も、椅子の横にずれて最上級の礼をとった。
会議室の中は、豪華な装飾は少ないが、右の壁には巨大なコルランドル王国の地図が、左の壁にはカラフルに色付けされた王都の地図が貼ってあった。
部屋の中心には、ドーンと大きくて長い会議用のテーブルがあり、俺から見た部屋の右側には、壁に沿って脇机が設置されており、数種類の飲み物が用意されていた。
左側の壁沿いには、書記用と思われる机が2つ置いてあった。
背後にある大きな窓は、重厚感のある深緑色のカーテンが閉められているから外は見えない。
昼間だというのに豪華な魔石ランプが灯されているところを見ると、重要な会議の時はカーテンは閉める決まりがあるのだろう。
「座ってくれ」と、俺は自分の席に着いてから皆の礼を解いた。
大きな長方形のテーブルの左右には、椅子が10脚ずつ置いてあるので、王以外に20人の大臣や副大臣たちが席に着けるようだが、今座っているのは10人だ。
本来なら必ず居るはずの重要人物の3人が、今日はこの場に居ない。
国王と、二大派閥のトップであるレイム公爵とヘイズ侯爵が居ないのだ。レイム公爵はヘイズ領からまだ戻っておらず、ヘイズ侯爵は地下室に監禁されている。
「それでは、国王の命があるうちに、最も重要な議題、ヘイズ領の次期領主について会議を始める」
俺はあえて自己紹介することもなく、会議の開始を宣言した。
「はあ? 今、最も重要な議題は、次期国王を誰にするかだろう」
トーマス王子の向かいに座っている男が、俺を完全にバカにしている態度で口を挟んできた。
「あれは誰だワイコリーム公爵?」と、俺は全く動じることもなく訊ねる。
「はい、デミル公爵です覇王様」と、ワイコリーム公爵はデミル公爵を睨みながら答えた。
マギ公爵もマリード侯爵も、デミル公爵に怒りの視線を向ける。
デミル公爵は、自分のことを知らなかった覇王に、プライドを傷付けられたのか、不機嫌そうに顔を歪ませる。
「さすがはデミル公爵。ドラゴンに襲われた領民を見殺しに、いや、意図的に見捨てることができる領主だけあって、貴公には優先順位が分からないようだ」
俺はハッキリと嫌味を言いながら、「バカなの?」って首を捻ってみせた。
「言葉が過ぎるのではないか第七王子?」と、続いて王弟シーブルが低い声で喧嘩を売ってきた。
この男は俺を覇王ではなく、王子として扱いたいようだ。
さっきまで気を失っていたと思うのだが、その原因が俺の覇気だと、どうやら分かっていないみたいだ。
……なるほど、どうしても最初の議題を、次期国王の話にしたいらしい。
目覚めた二人を尋問するのは、宰相サナへ侯爵と第二王子ログドル、そして騎士団長に決まった。
まあ、あの二人が自分を犯人だと認めるとも思えないし、次の王は自分だと言い出す可能性の方が大きい。だから尋問なんて役に立たないだろう。
……俺としたら、あの二人が共謀しているのか、それともシーブルが王妃を罠に嵌めたのかが分かれば、それでいい。
無駄に待つ時間がもったいないので、ワイコリーム公爵を連れて王城見学をすることにした。
そのうちにトーマス王子や学院長も駆け付けてくるだろう。
「マロウ王子をどうされるおつもりですか?」
城の最上階にある国王の図書室に入った時、ワイコリーム公爵が訊いてきた。
俺は歴代の国王が残してきた木簡や書籍を興味深く眺めながら、溜息を吐いた。
「それを決めるのは国王です。
ここで俺が何かを決めてしまうと、国王の役割も果たさねばならなくなる。
そんな時間、覇王である俺にはありません。
あのポーションは、第七王子として国王に与えた、最初で最後のチャンスですから」
「チャンス……ですか?」
「ええ、心を入れ替え、王として生き直すチャンスです」
ワイコリーム公爵はそれ以上何も言わなかった。
厳しすぎると感じたのか、俺がまだ、父親としての国王に期待していると感じたのかは分からない。
ふと視線を向けた本棚の上に【建国記】と書かれた本があった。
長いこと誰にも読まれていなかったのか、随分と古ぼけて埃をかぶっている。
俺は身体強化で飛び上がり、その本を掴んだ。
フーッと息を吹き掛け埃を払うと、丈夫な布で表装され、金糸で【建国記】と刺繡された表紙が現れた。
「いつから王族は、覇王の教えを忘れてしまったのでしょうか?
この本が木簡から紙に書き写された時代は、名君と名高い王が居た500年前くらいでしょうね。
ワイコリーム公爵、この本をぜひ読んでみてください。
そして、もしも国王が生まれ変わろうと努力するなら、誰よりも厳しく、王としての道を示してください」
俺はマジックバッグから清潔な布を取り出し、建国記を丁寧に包んでワイコリーム公爵に渡した。
自分の中にも流れている王家の血を思うと、情けなくて悔しくて……なんだか泣きそうになった。
王とは何なのか、王はどうあるべきなのかが建国記には書いてある。
それはきっと、覇王にも共通する教えだと分かっている。
でもまだ俺は、教えの半分にも辿り着けていない。魔獣の大氾濫は、もう始まったというのに。
『アコル、リーマス王子がラリエスと一緒に王の寝室に入ったわ。学院長や他の王子たちは会議室に向かったみたい』
「ありがとうエクレア。俺も直ぐに向かう。
王が生きることを選んだら、絶好のタイミングで合図を出すから、リーマス王子と一緒に会議室に来るよう伝えて」
『分かったわアコル。それから、毒を渡したのはシーブルで、ボトルの一部に毒を塗ったのは王妃。そして、毒の部分を通るようにワインを注いだのはマロウよ』
頼りになる優秀な妖精たちは、日頃から王妃や王子の様子を観察してくれていた。
王宮の妖精を束ねている一番魔力量の多い妖精が、率先して皆を動かしてくれたそうだ。
その妖精は、500年以上生きているトーブル先輩の契約妖精セルビアちゃんより長寿らしい。
俺はまだ会ったことはないが、王宮の立ち入り禁止書庫の本に宿っていて、動ける範囲が狭いのだという。
会議室に入ると、一番奥の席が空いていたので、俺は何も言わずその席に向かって歩き出す。
先程より随分と増えているメンバーが、俺を見て全員が起立し姿勢を正した。
俺が席の前まで到着すると、ワイコリーム公爵が「覇王様です」と俺を紹介し最上級の礼をとる。すると他の出席者も、椅子の横にずれて最上級の礼をとった。
会議室の中は、豪華な装飾は少ないが、右の壁には巨大なコルランドル王国の地図が、左の壁にはカラフルに色付けされた王都の地図が貼ってあった。
部屋の中心には、ドーンと大きくて長い会議用のテーブルがあり、俺から見た部屋の右側には、壁に沿って脇机が設置されており、数種類の飲み物が用意されていた。
左側の壁沿いには、書記用と思われる机が2つ置いてあった。
背後にある大きな窓は、重厚感のある深緑色のカーテンが閉められているから外は見えない。
昼間だというのに豪華な魔石ランプが灯されているところを見ると、重要な会議の時はカーテンは閉める決まりがあるのだろう。
「座ってくれ」と、俺は自分の席に着いてから皆の礼を解いた。
大きな長方形のテーブルの左右には、椅子が10脚ずつ置いてあるので、王以外に20人の大臣や副大臣たちが席に着けるようだが、今座っているのは10人だ。
本来なら必ず居るはずの重要人物の3人が、今日はこの場に居ない。
国王と、二大派閥のトップであるレイム公爵とヘイズ侯爵が居ないのだ。レイム公爵はヘイズ領からまだ戻っておらず、ヘイズ侯爵は地下室に監禁されている。
「それでは、国王の命があるうちに、最も重要な議題、ヘイズ領の次期領主について会議を始める」
俺はあえて自己紹介することもなく、会議の開始を宣言した。
「はあ? 今、最も重要な議題は、次期国王を誰にするかだろう」
トーマス王子の向かいに座っている男が、俺を完全にバカにしている態度で口を挟んできた。
「あれは誰だワイコリーム公爵?」と、俺は全く動じることもなく訊ねる。
「はい、デミル公爵です覇王様」と、ワイコリーム公爵はデミル公爵を睨みながら答えた。
マギ公爵もマリード侯爵も、デミル公爵に怒りの視線を向ける。
デミル公爵は、自分のことを知らなかった覇王に、プライドを傷付けられたのか、不機嫌そうに顔を歪ませる。
「さすがはデミル公爵。ドラゴンに襲われた領民を見殺しに、いや、意図的に見捨てることができる領主だけあって、貴公には優先順位が分からないようだ」
俺はハッキリと嫌味を言いながら、「バカなの?」って首を捻ってみせた。
「言葉が過ぎるのではないか第七王子?」と、続いて王弟シーブルが低い声で喧嘩を売ってきた。
この男は俺を覇王ではなく、王子として扱いたいようだ。
さっきまで気を失っていたと思うのだが、その原因が俺の覇気だと、どうやら分かっていないみたいだ。
……なるほど、どうしても最初の議題を、次期国王の話にしたいらしい。
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